04 念願のふたり旅
馬車の中でも献身的に癒やしの魔法を続けてくれているセリーヌ。聞きたいことは山ほどあるが、竜眼の書き換え期限である二十四時間には半日以上。情報を引き出すには早い。
馬車には、三人組の冒険者と商人がふたり。他に親子の姿もある。向かい合わせに設置された木製ベンチは既に満席だ。
当たり障りない話をしながら移動は続き、日没頃には野営施設へ到着。だが施設と言っても、馬を休ませ寝泊まりする建物が一件あるのみで、防御壁も一層。まぁ、こんなところに予算を割くのも馬鹿らしいのだろう。
「セリーヌ。宿舎を使ったことは?」
「もちろんありますよ。馬車に乗り合わせた方々と一緒に、調理と食事。私、共同作業は好きですから」
「俺、調理って苦手なんだ。常に裏方だし」
「食堂で働いていらっしゃるのに?」
「御用聞きと、運ぶのが専門。後、つまみ食いとかな。毒味のつもりだからな」
セリーヌは肩を揺らして笑う。
「リュシアンさんといると本当に退屈しませんね。では、御者さんが用意してくださっている食材の運搬はお願いしますね。腕の具合は大丈夫ですか?」
「問題ない。任せとけって」
宿舎の中へ荷物を運び、全員で食事を済ませた。食後は男女別々の階に分かれるのだが、大浴場もそれなりに綺麗で、快適な時間を過ごすことができた。
翌朝は五時起床。朝食後に全員で宿舎の清掃を済ませ、馬車は再び進み出す。そうして夕刻には、最初の目的地であるシャンパージェへ到着した。
人口一万人ほどの街。奥に連なる山々から良質な鉱石が取れるわけだが、さすが鉱業の街。いかつい男たちが多い。筋骨隆々の体は泥まみれだが、皆一様に活き活きとしている。彼等のエネルギーが街の原動力なのだろう。
土が剥き出しの通りを歩くと、酒場はどこも満員。喧噪がそこかしこから聞こえてくる。
「活気に溢れた街ですね」
「圧倒されるな……あんな連中が仲間にいたら、がっちり守ってくれそうだよな? フェリクスさんと、ぶよぶよのエドモンだし」
「エドモンさんに失礼ですよ」
「そう言いながら、笑ってるじゃねぇか」
「これはその……活気に圧倒されて、楽しいから笑っているのです」
「ふ〜ん……」
「本当ですよ!」
「ふ〜ん……」
ムキになるところが可愛い。俺はもう、ニヤける口元を隠すのに必死だ。こんな旅なら悪くない。いつまでも続けていたい。
そうして、街の中心部にある商店へ。
「じゃあ、魔導杖を探すか。俺もついでに魔法石を補充したいんだ。って、そういえば……」
「どうされました?」
「魔法石じゃなく魔力石を買って、セリーヌに術を封じて貰えば格安で済むよな?」
「構いませんが、それに魔力を使い果たすと戦いに支障が生じませんか? 自然回復にも十分な睡眠が必要ですし」
「だな……」
待て。魔力映写でセリーヌの容姿を記録して、貼り付けたらどうだろうか。『私が魔法を込めました』とすればバカ売れだ。美人魔導師の魔法石。いや、ここはストレートに、セリーヌの魔法石と命名すれば。
「冒険者を辞めて、魔法石屋でもやるか」
「どうされたのですか、急に?」
「いや。なんでもない」
所詮、ただの妄想か。
ふたりで武器屋を巡り、ようやく納得できる程度の魔導杖を見付けた。深い緑に染められた全形へ、金色の精巧な装飾が施されている。上物とは言いがたいが、魔力を帯びている一品。これなら竜術にも耐えられる。
そして思った通り、魔法石はお手頃価格だ。ヴァルネットでの購入は、人件費や輸送代も上乗せされる都合上、一個六百ブランから。それがなんと、最低三百五十ブランとは。
破砕後の展開効果を確認しながら、炎、水、氷、雷、土の属性をここぞとばかりに買い込んで店を出た。そうして、今晩の寝床を押さえるために宿を目指したのだが。
「一部屋しかない、だと?」
「へぇ、すみませんねぇ。鉱山に魔獣が出たとかで、冒険者の方たちが大勢で……」
五十歳程度の中年店主は申し訳なさそうに頭を下げ、禿げ上がった頭部を擦っている。
「それでどこも一杯なのか。そういえば、馬車の中にも冒険者がいたな」
背後に立つセリーヌを振り返った。
「とりあえず、セリーヌだけでも泊まれ」
「リュシアンさんはどうなさるのですか?」
「俺はいい。酒場に朝までいても構わねぇし」
「あの……ご迷惑でなければ、同じ部屋でも構いませんが」
「本気かよ!?」
困り果てて視線を逸らすと、ニヤつく店主と目が合った。
この野郎、全てを見通したような顔をしやがって。俺がシルヴィさんだったら、酒瓶の底でグリグリの刑だぞ。
「余所の宿も今夜は一杯です。ウチが見付かっただけでも奇跡ですよ。お連れ様もああ言ってるんですから、早急なご決断を!」
「う〜ん……」
「わかりました。大サービスで、二名様分の料金から三割引で構いません」
必死に目配せしてくる所がニクい。なるほど、あんたの意図は全てわかった。
「そうかぁ〜。そう言うんなら仕方ないなぁ〜。店主の熱意には負けたよ〜」
芝居感が丸出しだが許してくれ。
「ありがとうございます!」
台帳へ記入を済ませ、こっそりとふたり分の料金を手渡すと、今宵はお楽しみください、などという悪魔のささやき攻撃。部屋へ向かう足取りまで意気揚々としてしまう。
いかん。落ち着け、俺。あの禿げ親父は侮れない。同様の手口で、数多のカップルを結びつけてきたに違いない。
当然ながら部屋はシングル。ベッドは譲り、床で寝ることにした。
「それにしても、セリーヌから同じ部屋で良いなんて言うとは意外だな」
何気なく言うと、トランクを部屋の隅へ置いたセリーヌは慌てて胸元を押さえた。
「不穏な動きを見せれば、魔法で攻撃します」
「信用ねぇな……下着姿のおまえを見ても、手を出さず必死に耐えたんだぞ」
素直に落ち込んでしまうんだが。
「はわわっ……すみません! そこまでのつもりではなく、軽い冗談ですから」
するとセリーヌは、気を取り直すように手を打ち鳴らした。
「すぐ食事にされますか? 一階の食堂で、夕食を用意してくださると仰っていましたよ」
「その前に、すっきりしておきたいんだ」
もう二十四時間は確実に経過したはず。今こそ、全てを知る時だ。
「え? えぇ!?」
目を丸くしたセリーヌが後ずさる。
「昨日から、ずっとモヤモヤしてた……」
竜術。竜臨活性。セリーヌは、何をどこまで知っているのだろうか。
「いえ……あの……急にそんなことを言われても……困ります……」
なぜか自らの体を抱きすくめ、強張った顔で後ずさりしてゆくセリーヌ。それを追って、壁際まで追い詰めるように近付くしかなくて。
「包み隠さず、俺に全部さらけ出してくれないか? もう、おまえしかいないんだ」
兄へ辿り着くには、彼女の情報が頼りだ。
「助けて頂いた御恩は感じていますが、それだけはできません! そのような行為は夫となる方だけという、長老の厳しい教えが!」
真っ赤な顔で、怯えたように告げられた。
「は?」
「え?」
その瞬間、全てが停止した。そして俺は、これまでのやり取りを思い返していた。
「あ……いや……そういう意味じゃなくて」
なんだか無性に恥ずかしく、顔が熱くなってきた。しかも、おまえしかいないだなんて、そのままじゃねぇか。
唖然とするセリーヌから慌てて後ずさり、距離を取りながら焦りを掻き消す。
「あれだ。実はさ、竜眼で消された記憶を取り戻したんだ……セリーヌの知ってることを、包み隠さず話してくれないか?」
「記憶を? まさか……どこまで?」
戸惑いを含んでいたその顔が、怒りと不審を込めた物へ急変してゆく。
「夜の河原で、神竜剣を賭けて戦っただろ。あの夜に交わした会話の全てだよ」
「そんな……どうして……」
「もう一度、書き換えようとしてもムダだからな。俺が記憶を取り戻してから、二十四時間以上が経過してる。もう消せないんだ」
前例の無い事態なのだろう。どうしていいか途方に暮れているようだ。
「俺は、行方不明の兄貴をずっと探してる。セリーヌの持ってる情報だけが頼りなんだ」
「気持ちの整理が付きません。混乱しています……少し、猶予を頂けませんか?」
「猶予?」
「はい。そうですね……リュシアンさんの右腕の呪いが解けた時。それでいかがですか? 私も、竜眼の力が効かなかった理由を知りたいのです。お互いに交換条件ということで、落ち着いたその時に話しませんか?」
心の奥で、妙な引っ掛かりを感じていた。
「交換条件にしては俺の情報は弱すぎるだろ。何か裏があるんじゃないのか? それこそ、今晩のうちに逃げ出すつもりか?」
「私のことを信用して頂けないのですか?」
薄闇に浮かぶセリーヌのシルエット。それを見ているだけで、傷付いた彼女の心が手に取るように伝わってきた。
「信用したいよ……でも、俺にとっては本当におまえだけが頼りなんだ。この機会を失ったら、もう兄貴には届かない気がして」
「どうすれば信用して頂けますか?」
俺だって本当は信じたい。これまで二人の間に築き上げてきた関係までが、全て崩れ去ってしまいそうな恐怖を感じている。
「俺に何かを預けてくれないか? 離れることができなくなるような何かを」
「神器以上に大切なものなど何も……それを失った今、私には何もありません」
俺は今、セリーヌを深く傷付けているに違いない。剥き出しになった彼女の心へ、言葉の刃を思い切り突き立てるように。