17 一翼を担う存在へ
「えへへ。驚いた? 本当はみんなで来るはずが、シル姉とレン君が腕試しって、勝手に護衛依頼を受けちゃったんだよ。アンナは昨日、その下見に行ってたってわけ」
「そういうことか」
十席ほど置かれたテーブル。シルヴィさんは店の中心にある一席へ座り、豪快にエールを飲んでいる。そして一番端のテーブルには、レオンがひとりで座っている。
「なんなんだ。このまとまりのなさ……」
「ん? レン君はいつもあんな感じだから。みんなとあんまり関わろうとしないんだ」
「陰のある方が格好いい、ってか?」
「わかんない。ほら、せっかくみんな揃ったんだし、一緒に楽しもうよ」
「ちょっと待ってくれ」
手を取ってくるアンナを制し、食事を摂るレオンへ近付いた。
俺に気付いているはずなのに、こちらを見ようともしない。無愛想で近寄りがたい印象だが、そのままにしておくのもなんだか違うような気がしていた。
「今日も色々と助かったよ。向こうのテーブルで、みんな揃って飲み直さないか?」
「遠慮しておくよ。俺は、あんたたちと馴れ合うつもりなんてないから」
「は?」
思わず声を上げた瞬間、座を立ったレオンが鋭い視線を向けてきた。
「どうしてあそこで、盗賊に情けをかけるかな? 俺なら間違いなく殺してた。その甘さは命取りだよ。いや、自分の命だけならいい。あんたはこの街を報復の危険に晒したんだ。それをもっと自覚した方がいい」
「それは……わかってる」
正論過ぎて言葉が出なかった。自分でも思っていたことだから尚更だ。
レオンは溜め息と共に行き過ぎる。
「今日はあんたの指示に従ったけど、今後はそうはいかない。剣の腕だけじゃ生きて行けないし、心の強さも磨くべきだと思うけど」
「レン君、どこ行くの?」
「外で剣の素振りだよ。腕が鈍る」
アンナに素っ気なく答え、通りへ消えた。
「あんまり気にしない方がいいよ。もう終わった事だし、今は忘れようよ」
アンナに背中を押され、シルヴィさんのいる席へ。あそこだけは嫌だ。
「そうそう。明日辺りには、フェリさんも到着すると思うよ」
「フェリクスさんが? 一体、何が始まるっていうんだよ!?」
「なんか、大事な話って言ってたけどさ」
「俺がらみか……」
四人掛けのテーブル。狙ったようにシルヴィさんの向かいの席が引かれ、やむなくそこへ座る。
「リュシー。随分、遅かったじゃない。あの娘とお楽しみだったわけ?」
「そんなわけないでしょうが。こっちは色々と後始末があったんですよ」
「あんまり遅いから勝手に始めちゃったわよ。このお店、お酒も料理も美味しそうだったから待ちきれなくて」
隣の席には、ビキニアーマーをはじめとする防具一式が脱ぎ捨てられている。目の前で酒を飲む姿はほとんど下着同然だが、これがいつもの光景だから仕方ない。
呆れていると、イザベルさんが俺の分となる大サイズのジョッキを運んできた。そこには、エールが並々と注がれている。
せめて中ジョッキにしてくれよ。
「リュシアン、みんな羽振りがいいんだねぇ。今日なんて、この店を貸し切りだよ!」
イザベルさんはすこぶる上機嫌だ。恐らくかなりの額を貰ったんだろう。
「あんたも今日はジャンジャン飲みな! お腹は空いてないかい?」
「この辺のヤツを適当につまむから」
ぽっちゃり女神は満面の笑みで、カウンターの奥へ戻っていった。
溜め息と疲れを流し込むように、エールの入ったジョッキを口へ運ぶ。程良い苦みが舌の上を滑り、飲み下した途端に喉の奥が熱くなる。だが、決して不快というわけじゃない。
ランクール産の大麦と、奥地の清流から作られるこのエールは、地元だけでなく遠方から訪ねてくる人もいるほどだ。樽買いしていく商人も珍しくない。
「そういえばシルヴィさん。しばらくこの街に滞在するって、どういうことですか?」
「シル姉、そこまで話しちゃったの? 内緒にしとこうって言ったじゃん」
アンナは頬を膨らませ、果実酒の入ったグラスを口へ運ぶ。
「ゴメンね。つい、うっかり」
「うっかりし過ぎ。いっつもそうなんだから」
「オッケー……デザート、好きなだけ食べていいから許して」
「わ〜い!」
単純だな。
「旦那、お久しぶりです」
「おう。相変わらずの食いっぷりだな」
右手にジョッキ、左手には骨付き肉を持ち、隣へ並び立つ大きな影。エドモンだ。
「暑苦しいから、とりあえず座れ」
隣のテーブルから椅子を一つ拝借。こいつが入っただけで圧迫感が凄い。
「碧色の閃光。この街での評判は上々っスね! また、一緒に冒険したいっスよ」
「もうすぐ約束の一年だろ? みんなが来たのは、やっぱりそれ絡みなのか?」
「ま、ま、そんな話しは置いといて。今日はとことん飲むしかないっス」
適当に流す辺りが怪しすぎるんだが。
「そうよ、リュシー。一年ぶりの再会を祝う素敵な夜なんだから! 今夜は寝かさないから、覚悟しておいてね……」
なんだか色んな意味で怖い。
「うわぁ……シル姉が今夜も暴走しそう。でも、リュー兄がいるからいっか」
「おい、アンナ。何も良くねぇだろうが!」
その後、シルヴィさんに散々煽られ、宴は盛大に行われたのだった。
☆☆☆
「飲み過ぎた……」
店の外へこっそり逃げだし、街路に設けられたベンチで涼む。夜風が何とも心地良い。
「あいつら大丈夫かな?」
クレマンさんとイザベルさんはすでに引き上げ、床に就いている。レオンは未だに戻って来ないし、アンナとエドモンは確実に潰されるだろう。まぁ、野宿も慣れた連中だ。床に寝られるだけでも充分か。
見上げた空には満天の星。こうして夜が明け、また次の朝が来る。いつも通りの穏やかな朝が来るのだ。
セリーヌが目覚めたら、仮面の男の話をしておこう。あいつは死んだ。もう、ランクールが襲われることもないと。
吸い込まれそうな星空を見ていると、突然に首へ何かが絡み付いてきた。息ができない。
「あれぇ? 星を見るような、ロマンチックな趣味なんてあったっけ?」
ちょっと待て。俺が星になる。
首へ回されていた腕を引きはがすと、後頭部には何とも言えない柔らかな感触。
「シルヴィさん。外に出るときは、もう少しまともな格好をしてください」
「いいじゃない、誰もいないんだし。何なら、全部、脱いじゃおうかしら?」
「自重してください。そして、後頭部に当たっている物を早くどけてくれ」
「なぁに? コレのこと?」
「揺するな! 理性が崩壊するっての」
振りほどきながらベンチを立つと、いたずらめいた怪しい笑みを浮かべている。セリーヌに匹敵するその胸は、やはり犯罪級だ。
「崩壊しちゃえば? 久しぶりにリュシーの顔を見たら、うずいてきちゃった」
シルヴィさんはベンチへ座ると、唇に指を当て前屈みの姿勢を取った。胸の谷間を強調しながら、無言で俺を見つめているんだが。
「はいはい。大人しく寝てください」
「なによ。あんなに激しく愛し合った仲じゃない……お姉さん、悲しい」
「そんな前の話を持ち出されても……もう、忘れましょうよ」
「あら、残念。あの娘の影響かしら? 性格はわからないけど、外見はリュシー好みよね……相変わらず、顔立ちと胸の大きさが優先なのね……可愛い」
「だから、可愛いって言うな!」
目の前の妖艶な笑みに引き込まれそうになる。あの頃の記憶が脳裏を過ぎる。
冒険者としての仕事に明け暮れながらも、賑やかだった五人の日々。慌ただしくも充実した時間を過ごしていた。
「まぁ、何にしても元気そうで安心したわ。ヴァルネット、素敵な街ね……リュシーが気に入るのもわかるわ」
「えぇ。第二の故郷って感じかな」
「フェリクスが来たら忙しくなるわよ。覚悟しておいてね。それこそ、こんな風に星を見上げる暇もないかもね」
「何をするつもりなんですか?」
「始まるのよ。時代に大きなうねりを引き起こすような、革命が……」
「革命?」
「そうよ。ここからは私たちが時代を創るの。あなたには、その一翼を担う存在になってもらうわ」
「時代を、創る?」
あの日に聞いた、竜の言葉が蘇る。
『これは運命の悪戯か? あるいは、時代が汝を選んだか?』
まるで、見えない力が俺の運命を揺り動かそうとしているかのようだ。抗うことなど許されず、翻弄されるしかないのだろうか。
☆☆☆
一抹の不安を残し、新しい朝がやってきた。
二階の空き部屋で雑魚寝していた俺たち。温もりに包まれながらも、なんだか息苦しい。
「んがっ!」
なぜかシルヴィさんの胸へ抱き寄せられ、深い谷間へ顔を埋めて眠っているんだが。
久しぶりに味わった至福の弾力。これはこれで嬉しいが、色々とまずい。名残惜しく思いながらも、それを引き剥がしにかかる。
「んんっ……はぁんっ……」
顔を動かした直後、艶めかしい声を出された。どうして被害に遭っているはずの俺が、こんなに焦っているのだろうか。
脱出の最中、不意に右手の紋章が目に飛び込んできた。アザのように薄かったそれがどす黒く濁り、右腕も浅黒く変色している。
どうやら、新たな問題の発生らしい。
QUEST.03 ムスティア大森林・洞窟編 <完>
<DATA>
< リュシアン=バティスト >
□年齢:24
□冒険者ランク:A
□称号:碧色の閃光
[装備]
竜骨魔剣
スリング・ショット
冒険者の服
< セリーヌ=オービニエ >
□年齢:23
□冒険者ランク:D
□称号:泥酔美女(仮)
[装備]
蒼の法衣
神竜衣プロテヴェリ
< ナルシス=アブラーム >
□年齢:20
□冒険者ランク:C
□称号:涼風の貴公子
[装備]
細身剣
華麗な服
< シルヴィ=メロー >
□年齢:25
□冒険者ランク:S
□称号:紅の戦姫
[装備]
斧槍・深血薔薇
深紅のビキニアーマー
< レオン=アルカン >
□年齢:24
□冒険者ランク:A
□称号:二物の神者
[装備]
ソードブレイカー
軽量鎧
< アンナ=ルーベル >
□年齢:22
□冒険者ランク:A
□称号:神眼の狩人
[装備]
双剣
魔導弓
軽量鎧
< エドモン=ジャカール >
□年齢:23
□冒険者ランク:S
□称号:真理の探求者
[装備]
魔導杖
朱の法衣
ラフスケッチ画:やぎめぐみ様
twitter:@hien_drawing