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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

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53 宣告の後で


「くそっ!」


 遠ざかる魔獣を睨み、リュシアンは怒りを吐き出した。

 振り下ろした神竜剣の刃が地面へ食い込み、鈍い音を立てる。


 モニクが離れたことで暗黒結界は消滅し、漆黒の景色が本来の夜へと戻ってゆく。

 だが、胸の奥の闇だけは晴れない。


「ジェラルドは、僕が探しに行こう」


 青年の姿をしたテオファヌが告げた。


「助かります」


「俺たちも手伝います」


 リュシアンが弱く頭を下げると、水の民イヴォンが声を上げ、炎の民ヘクターが無言で頷いた。

 それぞれが、すでに動く覚悟を決めている。


 結界が消えた戦場には、王国軍と冒険者たちの姿が浮かび上がった。

 魔力灯が闇を押し返す。だが、空気は重いままだ。


「何が起こった? 説明しろ」


 エヴァリストがリュシアンに詰め寄る。

 臙脂色の鎧は砕け、血の跡が滲んでいる。それでも、瞳は軍団長としての光を失っていない。


『落ち着いてください。後で話します。ブリュス・キュリテールの討伐は完了しました。当面の危機は去った。それだけ伝えておきます。帰還しましょう』


 声が拡散され、周囲から歓声が上がる。戦い前の険悪な雰囲気は失われていた。


 だが、その歓喜はどこか遠い。


 リュシアンは軍団長と三名の隊長を呼び止めた。


「新たな敵が現れました。拠点はラモナ島です。七日以内に攻め込まなければ、凶暴化した魔獣を世界中へ放つと宣言しています」


「魔獣を飼い慣らしているとでもいうのか? しかも、たったの七日だと?」


 空気が変わる。


「奴らの仲間と以前に戦いましたが、魔獣を操る者がいました。同様の技術だと思います」


 さすがに理力の宝珠の存在を明かすわけにはいかない。リュシアンは情報を伏せた。


「敵は何者だ」


 深手を負いながらも、エヴァリストの目は濁っていない。


「声を聞いただけで、顔まではわかりませんでした。ですが、ブリュス・キュリテールの騒ぎは陽動だった可能性が高い」


「第一波は防いだ、ということか」


「そうですね。余計な騒動は避けたいので、今はあなたたちだけの胸に留めておいてください。それから、ラモナ島へ攻め込むことになった際には、王国軍からも再度手を借りたいんです。兵と船を集めておいてください。今後の動きは後日改めて……」


 短い言葉だけを残し、別れる。


 勝利の喧騒の中に、確かな温度差があった。


「すっきりしない勝利だな」


 リュシアンは加護の腕輪を使い、下半身だけとなってしまった魔獣を映写に収めた。


「ったく。ちまちまやってんじゃねぇよ」


 豪快な声と共に現れたのは剣豪アクセルだ。


「こういうのは、大胆かつ派手にやるもんだ」


 自慢の大剣を一閃。大蛇が根元から断たれた。


「これくらいなら持って帰れるだろ。冒険者ギルドに展示でもしてもらうか?」


 丸太のような大蛇を担ぎ上げる姿は、もはや怪力の域を超えている。


「これは後で仲間たちに運ばせる。あいつらは、マルクさんの様子を見に行ってるからな」


「毒を受けたとか……心配ですよね」


 押し黙るリュシアンの周りに、レオン、シルヴィ、アンナが集った。

 遅れてやってきた、ナルシスとエドモンも合流している。


「フェリクスが生きていてくれたのは嬉しいけど、まさか敵側に寝返ったなんてね……祝杯どころか、やけ酒ね」


 シルヴィの顔には疲労が濃い。結わえていた髪は解け、乱れている。


「だけど、みんなが無事で良かったよ。アンナも秘薬のお陰で命を救われたし、マリーちゃんに感謝だね」


 アンナは他人事のように笑う。シルヴィは、驚きと呆れを含んだ顔をした。


「大丈夫なの? おかしなところがあったらちゃんと言いなさいよ。あなたに何かあったら発狂しちゃうわよ」


「大丈夫だよ。シル(ねえ)は心配性なんだから」


 無邪気な顔でシルヴィに抱きつくアンナを見て、エドモンがたまらず口を開いた。


「それがですね、全然、大丈夫じゃないんスよ。火凶星(かきょうせい)のデニスって大猿と戦って、全身の骨がぐちゃぐちゃに……」


「エド君!」


 アンナの蹴りが、エドモンの尻を打った。


「ちょっ、何するんスか!?」


「余計なことは言わなくていいの」


「待ちなさい。詳しく聞かせなさいよ」


 迫るシルヴィの姿に、アンナとエドモンの顔が引き攣ってゆく。


 彼らと入れ替わるように、びゅんびゅん丸の手綱を引いたナルシスが、笑みを浮かべてリュシアンに近付いた。


「念願の討伐だというのに冴えないな、リュシアン・バティスト」


「うるせぇよ。っていうか、おまえはランクSにも達してねぇだろうが。勝者の輪に入ってくるんじゃねぇよ。帰れ」


「酷い言い草だな……君の剣になると約束したじゃないか。なぁ、レオン・アルカン」


「馴れ馴れしい」


「ぐぬぅ……」


 ふたりに拒絶され、ナルシスは渋い顔になる。


「酷いじゃないか、君たち。僕は悲しいよ。マルティサン島という場所は、人の心すら変えてしまうほど恐ろしい場所なのか……」


 肩を落としたナルシスが不憫になり、リュシアンはやり過ぎたと苦笑を浮かべた。


「ほんの冗談だ。ナルシスが、兄貴やエドモンの仲を取り持ってくれたのは感謝してるよ。ありがとな」


「その通りだ。もっと感謝したまえ」


「やっぱり、面倒くせぇわ……」


 軽口が交わされ、空気がわずかに緩む。


 だが、それがあるから立っていられる。


 やがて、レオンが腕を組んだ。


「で、どうする」


 真っ直ぐな視線がリュシアンを捉えた。


「戦うの?」


「言っただろ」


 即答だった。


「あいつはもうフェリクスさんじゃない。ただの怪物だ。必要なら斬る」


 一瞬の沈黙が場を支配する。


「安心した」


 レオンの声は冷えている。


「迷いがあるなら、見限っていたところだ」


「神器は戻った。あとは宝珠だ」


「それで終わる?」


「終わらせる」


 視線がぶつかる。


 確認ではない。覚悟の共有だ。


「最後まで頼む」


「言われなくても」


 短い拳の衝突。


 リュシアンは守り人たちの輪へ向かった。

 すぐさまセリーヌが駆け寄ってくる。


「皆、ラモナ島へ向かうと決めました。理力の宝珠を取り戻すまで、わたくしたちの戦いも終わりません」


 震えていない。強い声だ。


「最後まで共に歩ませてください」


「こちらこそ、頼む。一晩ゆっくり休んで、その後を考えよう」


 夜が、薄くなる。


 遺体の回収と葬儀は、王国軍の歩兵隊と冒険者たちが行うことになっている。


 セリーヌはイリスの埋葬を希望したが、胴元であるリュシアンのパーティがひとりを手厚くしては角が立つ。


「代わりといってはなんですが、ひとつお願いがございます」


 セリーヌとコームに頼まれたリュシアンは、紛失した魔導通話石の探索と回収を行った。


 魔導通話石を探しながら、リュシアンは空を見上げる。


「東の空が白む……七日か……」


 それは猶予ではない。


「宣告だ……」


 夜が明けても、終わらない。


 戦いは、形を変えただけだ。


 ラモナ島が、静かに彼らを待っている。

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