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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

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54 歓声の向こう側


「もう朝か……」


 全身がぎしぎしと悲鳴を上げている。

 戦いの疲れに加え、慣れないソファで横になっていたせいだろう。


 あくびを噛み殺しながら立ち上がり、固まった体をゆっくりほぐす。


 執務用の机と応接用のソファが置かれただけの簡素な部屋。

 だが今は、この殺風景さがちょうどいい。


 窓から差し込む朝日を浴び、本部の外へ広がる光景に目をこらした。


「ブリュス・キュリテールは倒したものの、って話だよな……」


 現場の混乱は続いている。

 死傷者の救護と搬送に人手を割かれ、勝利の余韻などどこにもない。


 机の上の水差しを取り、コップに一杯注ぐ。

 オーヴェル湖からもたらされる自然の恵みで喉を潤し、静かに息を吐いた。


 飲み干すのを待っていたかのように、ノッカーが鳴る。


「起きてたのね」


 羊皮紙の束を抱えたシルヴィさんが入ってきた。


「ちょうど目が覚めたところですよ」


「寝込みを襲えなかったかぁ……残念」


「朝から何言ってるんですか」


 艶やかな笑みと軽口。でも、声色はどこか柔らかい。


 鎧を脱いだシルヴィさんは、いつもの黒いインナー姿だ。

 本部をこの格好で歩き回る胆力はさすがと言うべきだろう。


「ここに出入りする冒険者、ほとんど男なんですよ」


 向けられる視線の質に、本人も気付いているはずだ。


 今は同じパーティだ。

 リーダーとして、言うべきことは言わなくては。


 危惧しているそばから、腰をしならせて歩く姿が妙に艶めかしい。

 インナーに革のショートブーツという組み合わせ。無自覚に視線を集める。


「これだけ人が出入りする場所なんですから、少しは身なりを……」


「今さら? あたしはいつだってこれなんだから、構わないでしょ」


 書類を机に置き、頬杖をつく。

 前屈みの姿勢から覗く谷間と、突き出されたお尻が目立つ。


「リーダー命令です。それに、ブリュス・キュリテールを討った以上、俺たちを見る目はさらに厳しくなる。相応の品位も求められるんですよ」


「面倒なのは他に任せるわ。あたしはどっちかって言うとお色気担当だし……でも、これからはセリーヌがいるし、お役御免かしらね」


 俺が使っていたコップに水を注ぎ、一気に飲み干す。

 憂いを帯びた横顔が、わずかに曇る。


「そんなことありませんよ。シルヴィさんだけの良さがありますから」


 ソファに放っていた外套(がいとう)を手に取り、シルヴィさんの背中へ掛ける。


「それに、シルヴィさんが性的な目で見られると、俺がモヤモヤするんで」


「なになに? どういうこと?」


 せっかく掛けた外套を落とし、机に両手を突いて身を乗り出してきた。

 両腕に挟まれた胸が強調され、目に悪い。


「誤解しないでください。そういう目を向けてくる奴らが不快だ、ってことですよ」


「なによ……嫉妬してるって、はっきり言ってよ……そしたらあたしも、この体はリュシーのものだって宣言して振ってあげるのに」


「体を隠すことはしないんですね」


「これはあたしの主義なの。何者にも縛られないって意思表示よ。本当はもっと身軽でいたいくらいなんだから」


「それは自粛してください」


「安心して。脱ぐのはリュシーの前だけって決めてるから。今のところはね」


「そういうことじゃなくて……」


 向けられる好意が申し訳なく思えてくる。

 シルヴィさんが心の天秤へ乗せている愛情に、俺が乗せられる重さでは釣り合わない。


 アンナの言葉がよみがえる。


『思わせぶりな態度を続けて、シル姉を弄ぶのだけはやめて』


 視線を落とした俺に、シルヴィさんは小さく笑った。


「そんな顔しないで。わかってるから……昨日の戦いで、悟ったのよ」


「何をですか」


「あたし、リュシーに依存しすぎてた。だから反省中なの」


 軽い口調だが、揺らぎはない。


「依存とまでは思いませんけどね」


「いいの。あたしの問題だから……ほら、簡易報告書。詳細は闇夜の銀狼の傭兵団がまとめてくれるって」


 羊皮紙を受け取る。


「王国軍が千二百、冒険者が五百。大部隊だったけど、終わってみれば散々ね」


 用紙を見ると同時に、シルヴィさんが話し始めた。


「王国軍の生き残りは半数以下。歩兵隊長と重装隊長が亡くなったそうよ。冒険者も確認を急いでいる最中だけど、生き残ったのは多くて二百名くらいじゃないか、って」


 数字だけが並ぶ。


「二百人で二十億。ひとり一千万ブラン……命の値段にしては軽いな」


「あたしは、お金だけで集まったとは思ってない。国を守る意志もあったはずよ」


 窓の外へ向けられた眼差しに、切なさが滲む。


「亡くなった人は残念だけど、遺体は必ず回収してもらうわ。王都に送って、合同で埋葬してもらう手はずになってるから」


「王都っていえば、俺たちも……」


 再びノッカーが鳴る。


「リュシアン、入るわよ」


「どうぞ」


 訪ねてきたはセシルさんだ。シルヴィさんを見て、眉を寄せた。


「どうしてここにいるの」


「あら、セシルお姉様。また、あたしたちの逢瀬を邪魔しに?」


 抱き付いてこようとするシルヴィさんを避ける。


「アンジェルニー城から招集がかかってるでしょ。支度は終わった?」


「セシル姉ちゃんも、相変わらず心配性だね」


「リュシアンがのんびりしすぎなの。昨日の戦いもあんたが計画的に行動していれば、もっと被害を抑えられたかもしれないでしょ」


「返す言葉がねぇ……」


「後始末は任せて。マリーとデリア、それから助祭のブリジット。三人はヴァルネットの工房に戻るって」


 報告は淀みない。


「拳聖のマルクさんは、クリスタとソーニャが看病してくれてる。賢聖のレリア様もいるから心配いらないわ。ジェラルドたちも残ってくれてるし」


「兄貴たちが?」


「聞いてない? エドモン君の診察によると、特殊な薬草があれば解毒できるかもしれないって。ナルシス君と、マルクさんのお弟子さんも連れて、薬草を探しに行くそうよ」


「だったら俺も」


「馬鹿ね。式典はどうするの」


「後回しでいいだろ」


 深い溜め息を吐かれた。


「ヴィクトル王からの招集よ。国を救った英雄として立つの。あんたが背負うものは、もう個人の問題じゃないの」


 胸の奥に、重い何かが落ちる。


「しかも、あんたが連れてきたお友達も、付いていくって張り切ってるわよ」


 守り人の面々が頭をよぎる。


 ラモナ島の七日。

 王都の式典。


 歓声の向こうで、何かが待っている。


 時間は、待ってくれない。

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