マリエルの娘。
帰郷してから二ヶ月が経とうとしていた。
俺としては早い目にリットリオに向かいたかったが・・・。そうも行かない事態に陥っていた。
朝食を取り、鍛錬を終えたら体を拭いてそろそろ旅支度をー、なんて考えていると私室のドアが元気よく開かれる。困った事態を引き起こしている張本人のご登場だ。
「若旦那様、今日は何をおしえてくれるの?」
開かれた扉から負けない位元気に飛び込んでくる一つの影。その影はスキップでもしそうなほど元気かつ上機嫌に苦笑する俺の手を取って踊り始める。
困るほど元気なお転婆娘、マリエルの娘マルレーンだ。目の覚めるような金髪にくりくりとした瞳はそっくりだが性格は母親に似ずお転婆らしく物怖じしない性格も手伝って積極的に遊びに来る。
「マルレーン、部屋に入るならノックしなさい。」
手を引いてくるくると彼女が望むようにエスコートしながら俺はため息混じりにそう言うが何時も何時もそれは徒労に終わっていた。
いくら失礼な振る舞いといえど子供にきつく言うのは辛いし大人気ない、前世で孫どころか息子すら出来なかった俺にはマルレーンがかわいくて仕方ないのもあるが。
世話係で長く世話になったマリエルの娘ということもあってついつい甘やかしてしまうのだ。俺が怒らないのを見透かしているかのようにいつも元気にはーい、と答えてくれるがいままで守ったためしが無い。
ちなみにマルレーンに教えているのは柔道。 倒木を相手に鍛錬に励んでいたところを目撃されそれ以来ヒマを見つけてはマルレーンは俺に指導を請うようになった。
「うーん、どうしたものか・・・。」
子供の手習い程度なら良かったが幸か不幸かマルレーンには柔道にセンスがあるため初心者の練習には収まらない技術指導が入っている。それ故に向いてないからやめときなさいというのも難しい。
「じゃあ鍛錬方法でも伝授しようか。」
「はーい!」
俺が席を立つとマルレーンも楽しそうについてくる。 小さい子はかわいいものだ、手が掛からず行方不明になっていてヴァルターをかまってやれなかったのでその反動だろうか。
「はやくはやく!」
マルレーンが俺の手を引いてはやく、と急かしてくる。 すれ違う使用人たちはみな微笑ましいものを見るように視線を投げてくる。 歳から考えて俺にもこんな娘が居ても良かったのだろうが嫁さんどころか10年は人間の姿ですらなかったので悔やんでも仕方ない。
手を引かれて屋敷の裏庭に行くとヴァルターが剣を振っている。 剣の振りに余計な力や歪みが入っていないところを見ると鍛錬を欠かしていないらしい。
「ヴァル、お前も鍛錬か?」
「兄さん、そうですが・・・兄さんも?」
時間はもうじきお昼にさしかかる頃合。 鍛錬は朝と夕方に済ませる俺が昼ごろに鍛錬をするというので驚いてるらしい。
「ああ、マルレーンに鍛錬の仕方をだな。」
そう言うとヴァルターの表情が曇った。 その理由はというと・・・。
「ヴァルター様! 隙あり!」 「え、ちょ・・・うわっ?!」
言うが早いかマルレーンがヴァルターに組み付いた。 練習着の襟と袖を掴んで豪快に投げ飛ばした。 まるで関節が連動しているかのような見事な払い腰である。
ヴァルターはなんと五つ下の彼女に柔道限定とはいえ勝てないのだ。
ふふーんと自慢げなマルレーン。マリエルは彼女が武術を習うことを良く思っていないがやらせている内は大人しいので半ばあきらめている。
父もヴァルターが投げられるのを見て驚いていたがマルレーンを叱るどころか逆にヴァルターを叱る有様だった。まあ、五つ下の使用人の娘に勝てないのはいただけないが・・・男として。
「にいざん・・・たじげで・・・!」
三角締めで失神寸前のヴァルター、しかしこの子なんでこんなにつよいんだ・・・。仕方なく引き剥がすとヴァルターが落ち着くのを待って鍛錬に参加させることにする。
「いいか、武術には何事も体力が肝心だ。」
そう言うと麻袋に土を詰める。そしてマルレーンに一つ、ヴァルターに二つ持たせた。重さは袋一つで五キロほど。
「兄さんこれは?」
「今からこれを持って走る、俺達は甲冑も着る。」
「・・・つかぬ事を聞きますがどこまで?」
俺はにっこりと笑って言った。
「山のてっぺんだ、往復したら俺と乱取りする。」
ヴァルターの顔から血の気が引くのがわかった。おーおー、アダムスター家の血が混じってるから大丈夫だって。母の血が濃いとしらんが。
「し・・・死ぬ・・・兄さん、もう山頂ですか。」
「もうじきだ、転ぶんじゃないぞ。」
坂の傾斜がキツイ山道を鎧に土の入った袋を担いで走る男二人と女の子一人。
裏庭から続く山道はそれほど高くないが山道の傾斜はキツい。
しかも俺とヴァルターは甲冑姿であるから非常にハードな鍛錬になる。先ほどからヴァルターは弱音を吐き続けているがそれでもなんとかついてきている。
「ヴァルター様、がんばってくださいまし!」
その横を甲冑無しとはいえ元気についてくるマルレーン。ヴァルターはそんな彼女を見て泣きそうになりながらも何とか山道の往復に成功した。




