マリエルの娘2
山道の往復を終えて少し休憩を挟むと俺とヴァルター、マルレーンは体が冷えない内に乱取りの稽古を始める。
「さてまずはヴァルター、お前から行くぞ。」
「はい!」
返事をするとヴァルターが勢い良く飛びついてくる。襟と腕を掴んで体のバランスを崩そうとしてくる、がいかんせん正直すぎるな。しかも足腰の動きがバラバラでぎこちない。
「それじゃあだめだな。」
押してくるタイミングを狙って逆に俺が腕を引っ張るとヴァルターの体が軽々と宙を舞う。怪我をしないように足から降ろし、代わりに足を引っ掛けて転ばせる。
「いっ・・・たぁっ!」
背中をぶつけたのかごほごほと咳をしながらも立ち上がって再び組み付いてくる。こういう真面目なところがコイツの美徳だ。
すこし離れたところではマルレーンが数字を数えている。120まで数えたら交代だ。しかし90から進んでないように聞こえる。
「マルレーン、今いくつだ?」
「90です! 若旦那様!」
数回に一回投げられてやりながら体で技を覚えさせる。成功のイメージは何よりも重要だ。そしてさすがに気付いたのかヴァルターは五回目の90秒宣告に首をかしげていた。
「よし、終了だ。」
ヴァルターを解放してやると相当疲れたのか木に寄りかかって荒い息を整えている。まだまだ精進がたりないな体力はどの武術にも必要な重要な要素だ。
さて、今回のメインのマルレーンはというと先ほどからやる気満々で始まるのを待っている。
「さぁこい!」
手を叩いて促すとマルレーンは元気よく飛びついてくる。
華奢な体からは想像もつかない強い引きに思わずこちらも力が入る。
才能を磨くとはなんて楽しいことだろう。
若かりし頃、師と仰いだ人が小まめに俺をしごきにきた理由がわかった。
自分の教えを実践し、吸収してくれる人物が居ると楽しくてしょうがない。
昔の俺はしつこく鍛錬を強要する師匠に辟易としたものだがさもありなんと今になってはっきりと理解できた。
しかしここまで強いと女児として産まれたのが勿体無いくらいだ。
男ならヴァルターの三割増しでしごいてやるというのにマリエルから再三注意が来ているので本気の鍛錬は難しい。
腰の帯を掴んで空中に放り投げてやると体を捻って綺麗に着地し、再び掴みかかってくる。闘志も並の兵を越えんばかり。
女騎士というのも珍しくない世の中だが彼女が天賦の才を発揮する柔道は騎士の戦いでは活かすのが難しいから困ったものだ。幾つか剣を相手取った技術も教えたが剣をマルレーンが扱えるわけでなし、達人でも危険な素手対武器はあまりお勧めできない。
「マルレーン、ちょっといいか?」
「なんでしょうか?」
乱取りを早めに切り上げて俺はマルレーンに将来の夢を尋ねる。
それとなく聞くのもいいが性に合わないのでやめる。失敗するだろうし。
「マルレーンは騎士や冒険者になりたいのか?」
「騎士・・・、そう、なのかな・・・。」
珍しく歯切れの悪い返事が返ってきた。俺が不思議そうにしているとマルレーンは少し恥ずかしそうにしながらヴァルターの方をチラチラと見ながら頬を染める。ああ、そういうことか。
「私、守ってあげたい人がいるんです・・・その人、かっ、かっこいいんですけどちょっと頼りなくって。」
「なるほど、それで無手で出来る柔道にこだわったのか。」
従者には武器を携帯していることは少ないし、場所によっては武器の携帯を禁止しているところがあるが無手の武術を取り上げることはできない。
いざというとき素手で戦えるというのは大きなアドバンテージになる。
だがそれ以上に動機が可愛らしいものだったことがわかり思わず笑みが浮かぶ。
「なるほど、じゃあ取って置きの技をお前に教えてやろう、その誰かさんを守れるようにな、なあ!ヴァルター!」
俺はあえて意地悪く笑うとわざと大きな声でヴァルターに呼びかける。
好きな人がバレたと知ったマルレーンが顔を真っ赤にするのが容易に見て取れる。
「わ、若旦那様! ひ、ひ、ひどいです!」
「はっはっは! いいじゃないか、あいつは鈍いから気をつけろよ!」
背中をバシバシと叩きながら怒る姿はとても可愛らしい。青春ってやつだな!
しかし道のりは遠い、ウチの家の考え方からして身分の差はあんまり関係ないとしてヴァルターがなぁ。
マルレーンに苦手意識が芽生えつつあるし、なにより初心なやつだからな。




