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それから不自由なく育った俺は両親の愛情を受けてすくすくと育ったが貴族の勉強というのは辛い。無学な俺には特に辛い。
前世でも学生の頃は体を動かすことでどうにか学校に在籍していた記憶があるので勉強はとても辛いのだ。
「うぐおおおお!」
「坊っちゃん、うなってないで地理の勉強をしてくださいませ。」
アダムスター家は母方の実家が辺境伯であるため地理に関する仕事が国から課せられている。もともと国境付近に領地があるのも母アガーテの父が俺の父親に結婚する際に渡した領地であるから当然家の領地にもそれなりに地図に載ってない場所がある。なので未開発の地と国境間の折衝と隣国の情勢などなど憶えることが他領より多岐に渡るのだ。だから俺が地図と暗記すべき情報が書かれた羊皮紙を前に頭を抱えて奇声を発していたとして誰が咎めようか。
俺は10歳以上年下の弟ヴァルターに追い抜かされそうなほど勉強は劣等生だ。悔しいが俺がバカ過ぎるのとヴァルターが賢すぎるのだ。
「もう跡継ぎはヴァルターでよくない?」
17歳になった俺は一応跡継ぎとして教育を受けているが継承権を行使できるようになる頃には教育水準はヴァルターの方が上になるだろうし、俺としては弟の補佐がちょうどいいと思うんだけどな。だって賢いし。
「・・・まあ、それについてはなんとも言えませんがどの道ヴァルター様はまだ7歳ですから後見人として補佐するにしろ勉学は避けては通れませんよ?」
「ふぬぅぅぅぅ?!」
マリエルがそう言って追加した学問書に悲鳴を上げながら俺は未来に旅にでようかなんて考えていた。しかしそんな俺にも癒しはある。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「もちろんさぁ!」
可愛い弟のヴァルターである。一緒に勉強を重ね、学問に関しては追い抜きつつある愚兄を前に兄ちゃん兄ちゃんと尊敬をこめて呼んでくれる彼が可愛くないはずが無い。
「大丈夫でしたらこちらも。」
「オニィィィィ!」
再び積まれる参考書。干からびるよ俺・・・。最近娘が生まれたらしく教育ママとしての才覚を発揮しているらしいマリエル。お陰で俺もなんとか最低限の知識は身に着けているもののスパルタもいいところだ。
精神的に死に掛けながら俺は今日の勉強を終える。ヴァルターがなきそうになったのと一応の進展を見せたので勘弁してくれた。弟様様である。
歳が近いからかマリエルは悪童の俺よりヴァルターに甘い。まあ、誉めたら頑張るヴァルターと違い俺は誉められたって勉学なんかしたくないし仕方ないがな!
そんな勉学でガリガリになった俺の精神を癒す心のオアシスその2は未開発の領地を散策することだ。
辺境伯の祖父の依頼や許可を得ての国境付近の探索や街道の整備などは手間は掛かるし危険もあるが人のためになるし、勉強よりもずっと楽しい。
今回ミイラ寸前になるまで勉強を重ねていたのにはこういった俺にとっての御褒美があるからに他ならないのだが一般の貴族たちはあまりこういったことを好まないようだ。何故だ。
「さて、明日は楽しい探索である!」
「うぉっ!父上、何で此処に!」
自室で明日に備えて準備を整えていると何時の間にか親父殿が部屋に入ってきていた。図体でかいのにどうしてこう機敏なんだろうか・・・。
ちなみに親父殿が頑張っているので初期の領地からかなり巨大化しており親父殿と仲が悪い御祖父様もこれに関しては認めている様子。
「うむ、かわいいバカ息子の部屋を訪ねたのは理由があるのだ。」
「バカは余計だぞ父上、それでどうしたの?」
ふむうと親父殿は呻るような声を出すと親父殿は言う。
「明日の探索にはヴァルターを連れて行ってやりたいのだ。」
「ヴァルターを?」
「うむ、アイツもそろそろ乗馬以外でも馬に乗る必要もあるし、なにより代わりに後を継がせたいならそれなりの経験もひつようだからな。」
そう言うと俺は少しばかり驚いた。親父殿は常々俺達兄弟に甘いとは思っていたがまさか俺が継承権を放棄すること容認するとは思ってなかったから。
「親父・・・どうして?」
「ふふふ、伊達に父親をやってはおらん。お前は昔の俺にそっくりだからな・・・窓の外を眺めていたり嬉々として探索に出向いていくのを見ていたら嫌でも気付くわ。」
親父殿はそう言うと笑みを浮かべて俺の事を応援してくれた。父は無官の時代冒険者として放浪していた事もあったそうだ。結局食べていけず断念して騎士を目指したのだがそれでも自由に旅をすることを夢みていたのだろう。
「それでは明日にはヴァルターにも参加させるからな。」
「ああ、わかった。」
親父殿はそう言うと入ってきたときとは対照的に体つきらしいノシノシと床板を鳴らしながら部屋を出て行った。
ヴァルターが参加するなら探索は簡単な物にしなければならないな。そんな風に考えながら俺は武器と探索用の荷物の点検を再開した。




