マリエルの娘3
気付いてみれば思い当たる節が沢山あった。
マルレーンはヴァルターにばかりかまうし、ヴァルターの影には彼女があった。
いつからとは言わないが彼女は熱心にヴァルターを追いかけていたのだ。
きっと武術をはじめたのも彼に近づく理由ほしさに言い出したのだろうが
その内体を動かす楽しさに気付いたのだろう。
そうなると彼女のお転婆が照れ隠しに見えて仕方ない。
俺は彼女の要望と隠れた願いに答え、無手での剣との渡り合い方と
武器を衣服に仕込む術を教え込んだ。
「いいか、マルレーン。」
「はい、若旦那様。」
訓練が終わる頃何かにつけて付き合わされていたヴァルターは父に呼ばれて先に帰ったが俺はマルレーンを引き止めてあれこれと鍛錬を続けていた。
木剣を振り下ろすと彼女は勇気を振り絞って俺の手を掴み、体の外側へ受け流すと俺の手を捻り上げる。
「っとと、やはりマルレーンは筋がいいな。」
小さな手から感じる力は本物だ。 油断すると俺もやばいかもしれない。
意思と才能がいい感じにミックスされた状態だ。
体格と経験で補って今は圧倒できるものの将来が楽しみてある。
「さて、今日はこれくらいにするか。」
日が傾いて夕日が赤く山肌を照らす頃に鍛錬を終了した。
さすがのマルレーンも長時間の鍛錬に疲れたのか地面に腰を下ろしている。
「どうだ、さすがにつかれたか?」
「・・・まだ大丈夫です。」
座ったままマルレーンは答える。 負けず嫌いなヤツだ。
俺は隣に腰を下ろすとマルレーンの頭を撫でる。
「マルレーン、お前に言っておこうと思うが・・・。」
「?なんでしょうか?」
「俺はこの家を継ぐことはできない、だからもうじき諸国を遊歴する旅にでるつもりだ。」
そういうとマルレーンは驚いた顔をしてこちらをみている。
それはそうだ、長男だし器量が問題視されているわけでもない。
問題も無いのにどうして俺がアダムスター家を継がないのかが不思議でならないだろう。
「詳しい理由は言えないが俺が家を出ていけば家は両親とヴァルターだけ、
父も母も我々より先に死ぬ、それは遠い先であったとしても決まったこと。
そうなったらヴァルターは一人になってしまう。
そうならないようにアイツのそばに居てやってくれ。」
驚いた顔をしていたマルレーンは真面目な顔をして頷いた。
賢い子だ、そう言って再び頭を撫でてやると恥ずかしそうに笑った。
その日の夕食後、俺は父の部屋を訪ねた。
「親父、起きているか?」
「起きとるぞ、ヴォル。」
部屋の扉をノックすると返事が帰ってきたので入ることにする。
すると寝る前に書類を片付けていたのかナイトキャップを着用したまま
デスクワークをこなす父の姿があった。
母はすでに眠っているのか大きなベッドで横になっている。
「相談があるんだが・・・。」
「ん、かまわんぞ。」
父は書類を端に寄せると俺に椅子に座るよう促し、ちょっとだけ嬉しそうに
いや、かなり嬉しそうに俺が話始めるのをまっている。
「マルレーンについてなんだが・・・。」
「ああ、マリエルの娘のお転婆娘か?」
「ああ、彼女をヴァルターに推したいんだ。」
率直に告げてみる。 すると父はふむ、と少し考えるそぶりを見せると。
「いいんじゃないか?」
とあっさり答えた。
頼んだ俺が逆に驚いていると父は笑って答えた。
「確かにマルレーンは従者の子、だがワシも身分差を乗り越えて結婚したしのう。」
そう言うと父は昔話とばかりに教えてくれた。
当時18歳だった父は食うや食わずの貧乏で騎士ではあったものの
それも実は知り合いに土下座してなったなんちゃって騎士だった。
数回餓死しかけてようやくありついた仕官先で出会ったのは
領主の娘アガーテ、後の母となる人物。
そのとき父は一目ぼれし、猛烈なアタックをしたのだという。
時に衛兵に殴られながらも母に猛アタックをかけ、愛の歌を歌い
領主に殴り飛ばされても屈しなかったという。
呆れた領主は自力で王様から領地を賜ったら娘をやると答えた。
当然父は馬を駆って王宮に参上し、領地を賜りたいと答えたのだ。
当然最初は衛兵に殴られ堀に落とされたり貴族の馬車に轢かれたりしたが
父はめげることなく通い続けて王に頭を下げた。
それでも領地をもらえるなんてことは無かったが父に転機が訪れた。
父は王が領地の視察に出立するべく王宮を出るのを待ち伏せて直訴しようと
王都の外れで王を待ち伏せたのだ。
上手くいくと信じて疑わない父は恥ずかしくない甲冑姿で王を待っていた。
王が馬車にのってやってきたので直訴しようとしたところ突然王の馬車を賊が取り囲んだ。 父はそのとき自分の千載一遇のチャンスが潰えつつあることに憤慨し、持ち前の武威で賊を残らず叩き殺したという。
その際、偶然にも王を庇って矢を受けたのが幸いした。
王は父の武威と忠義にねぎらいの言葉をかけてくれただけでなく恩賞をとらせるといってくれた。
そこで父は王に自分の望みを告げると王は王宮に毎度現われる騎士の存在が父であったことを知り、喜んで領地を与えることとした。
意気揚々と帰ってきた父はその足で領主の家に押し込むと婚約を進めていた他家の領主に王の命を突きつけて母を取り返したのだった。
領主はもう抵抗する気も起きず、むしろ此処までやれるなら娘を嫁がせても大丈夫だろうと父にいろいろと贈り物をしてついには祝福してくれたのだった。
「そういやそうだったな。」
当時の王がその様子を演劇にして楽しんでいるのを俺は知っている。
まさか自分の父親だとは夢にも思わなかったが・・・。
父の結論は本人が望むならよし、とのことだった。