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機巧外殻と空渡りの獣  作者: ルト
第四章
20/23

奪還 ――recapture――(3)

 マースは愕然としてヒュスビーダを振り返る。

 ヒュスビーダは自分の体を確かめるように、手を見下ろしていた。

 安心したように笑い、クラウスは言い返す。


「起きりゃいいんだよ、お姫様」


 立ち上がったヒュスビーダは、苛立たしそうにクラウスに言う。


「さっきは人が黙ってるのをいいことに好き勝手言ってくれたけど……誰がオンボロでポンコツで、人を雑魚扱いしてる鼻持ちならない高慢ちきですって?」

「自覚あったのか。省略した言葉もきちんと汲み取ってくれて嬉しい限りだ」

「あのねぇ、自惚れてるのはどっちよ。言っておくけど、別にヒュスビーダの性能はあんたが知ってる程度なんかじゃないんだからね! 本当はもっとずっとぐっと凄くて、あんたの古臭い機巧外殻なんて一瞬でバラバラでボロボロのジャンクよ!」

「お前が古臭いとか言うか!」


 怒鳴っている自分にクラウス自身が驚いた。

 藪のなかを全力で走り回って、疲れ切っていることに変わりはないが、不思議と気力と活力が湧いてきている。

 強く笑ったクラウスと裏腹に、レイアは悲鳴のような張り詰めた声を上げた。


「クラウス逃げて!」


 声と同時に、空気の壁がクラウスを打ちのめした。

 粒子さえ感じられそうな気流が全身を押しのける。下手に立ち上がると、それだけで突き飛ばされてしまいそうな嵐だ。


「なるほど、補助頭脳か」


 苦笑するようなジェノの声が響いた。

 翡翠の機体は、まるで浮遊するように空に浮かび上がっていた。

 浮かぶといっても優雅なそれではなく、周囲の藪を根こそぎ払い、マースさえ身を伏せさせる暴風によるものだ。

 誰も寄せ付けない場に身を置いて、ただ一機で完結する会話を交わす。


「彼らが盛んに呼ぶレイアとは、きみのことだね。封印したと思ったのだが」

「お生憎様。あれは補助領域を任意に設定付与する魔術で、その設定例にすぎない。発話機能を制限する結果にはなるけど、私の思考能力を封印したら演算にならないでしょうが」

「いや、言語野も封印して構わないんじゃないか?」

「……よく、分からないけど? どうせまた、私の時代じゃ分からなかったことじゃないの」


 レイアの反論に、ジェノは深く感じ入ったようにつぶやく。


「なるほど。オンボロのポンコツ、か」

「ちょっとなにしみじみ言ってんのよ」

「だあ、やかましい! どうなってるんだよ!」


 大鎌を杖のように突き立てて、マースが地面で暴れた。

 初めて足元に地面があると気づいたかのように、ヒュスビーダは風を緩めて落下する。着地にびくともしない。


「なに、ヒュスビーダがやかましくなっただけだ。問題はないだろう」


 ジェノは余裕を取り戻している。

 やかましいと一言でまとめられたレイアは口をつぐむ。


「レイアはあくまで補助頭脳、ってわけか」


 反対に、クラウスは苦渋の表情を隠せなかった。

 レイアを目覚めさせることに全力を注いで、その先まで頭が回らなかった。意識が戻っても、自力で動けないならなんにもならない。

 さすがにカリオテ一機で、この二機を退ける手立てはなかった。


「てめぇが面倒なことをしなけりゃよお。邪魔したツケは払ってもらうぜ」


 マースが大鎌を構えながら、獣が威嚇するように低い声でうなる。

 退けるどころか、カリオテに戻る当てもない。


「クラウス逃げて! 早く!」


 棒立ちするヒュスビーダから、切羽詰った声が張り上げられる。

 その言葉を、サザはせせら笑った。


「はは、逃げる? それもいい。逃げろ逃げろ。追い回して、足が止まったら指先から少しずつ切り落としてやる」


 妙な逆鱗に触れたらしく激昂しているサザは、殺意を隠そうともせず赤いマースを歩かせる。

 背負う大鎌の刃に赤く術式が灯った。


「くっそ」


 ここまでやって、打つ手がない。

 たとえ逃げても機巧外殻から、それも機動性特化のマースから、カリオテまでの距離を走りきる手段はまったく見つけられない。

 クラウスは手元の藪を握り締め、歯噛みした。

 どれほど強く握ろうと、そこにトリガーもスロットも魔導線も存在しない。

 ここまで、という声を、クラウスは渾身の力で噛み潰す。

 最高に最悪な、中途半端すぎる結末だ。

 助けようとした相手の声を聞いて、それだけを頼りに死んでいくとでもいうのか。どこまで中途半端な終わりだというのか。

 悔しさをかみ締めるクラウスは、マースをにらみつける。


「はっ。残念だったなァ、英雄? 恨むなら、その程度の器だったてめぇを恨め」


 大鎌を振りかぶったマースの機体が、真横に吹き飛ぶ。

 呆気に取られるクラウスの周りに、マースの機体を打った轟音が通り過ぎて消えていく。


「こら、ボサッとすんなクラウス! あんた何年やってんの!」


 耳慣れた怒声が浴びせられて、クラウスは反射的に飛び上がるように立ち上がった。

 声の出所を探ろうとしたが、クラウスの身体は『足が立ったなら走れ』と言わんばかりに反射的に走り出している。


「なんだ!」


 ジェノが珍しく余裕のない低い声で怒鳴った。

 カリオテに向けて走っていくクラウスの横を、流線型の外装に身を包む青い機巧外殻が走っていく。その片腕は、マニピュレーターさえ持たない代替パーツになっていた。

 膝立ちのマースが大鎌を横薙ぎに振り抜く。

 が、そのハーラは機敏に姿勢を構え、正確にその刃を機械腕で受け止める。

 長柄を本来の腕でつかむハーラに、力比べを挑まれてサザは憎々しげに怒鳴った。


「ちっ、やっぱ潜んでやがったのか!」


 胸部装甲のど真ん中に無残な穴がこじ開けられているカリオテだが、動作になんの問題もないようだった。

 胸部装甲を開けて乗り込み、横倒しのまま手早く機動手順を踏んでいく。

 その脇に砲身の長い片手銃を持つゼイレンが立ち、カリオテの腕を取って立ち上がらせた。


「なんで二人が?」


 黄土色の装甲に覆われる大型機は、不敵に笑うサリスを表すように陽気に揺れる。


「なぁに、難しい話じゃないわ。山を降りようと思って道を走ってたら、機巧トレーラーが道を塞いでてね。で、ヒュスビーダが見えた。意外にリスク少なく取り返せそう。それだけの話」


 それだけの話ではない。

 遺跡で決めた悲壮な覚悟はなんだったのか、とクラウスは脱力しそうになる。余計な力が抜けて、声を上げて笑った。


「二人まで、なにしてるの! 逃げて! 無理よ、ヒュスビーダには勝てない!」


 レイアが悲痛な声を上げる。

 その声の感情をまるで意に介さず、サリスは軽く口笛を吹いた。


「へえ、レイアちゃんを引きずり出せたんだ? やるじゃんクラウス」

「まあ機体を動かしてるのはジェノだけどな」

「そうみたいね。というか、レイアちゃんってば、記憶戻ってる?」

「え、ええ。大まかなところは。私が魔族ってこととか、ヒュスビーダの補助増脳ってことも。ねえ、私の話聞く気ある?」


 世間話をするように、嬉しそうに尋ねるサリスに、レイアも思わず真面目に答えてしまった。

 はん、と鼻で笑う声が木々の間に響く。

 マースが憎々しげにヒュスビーダを見上げて、汚らしそうにうめいた。


「外れ者が、よくも魔族だなんだと名乗れたな。人も魔も殺して回った、災厄の渦が!」

「……あー、魔王を感じられない魔族だっけ。災厄の渦?」


 記憶をたどるようにつぶやいて、サリスは首をかしげた。災厄などと仰々しい言葉で呼ばれることに結びつかない。


「人も魔も殺して回った、って?」

「わ、分からない。全部を思い出したわけじゃないから」


 がきゅ、と刃を交えるマースとハーラを見て、サリスは考えを打ち切った。


「細かいことはいっか。なんとかなるでしょ」


 まるで運びきれない量の財宝を前にしたときのような、気軽で気楽で調子のいい言葉。

 クラウスはまた苦笑する。

 誰かがいることの心強さを、クラウスは思い出した。


「サリス、ヴァルサ。背中は頼む」


 カリオテの剣を抜き払い、術式を起動させる。


「ふふん、任せときなさい」

「ああ」


 隣で銃を構えるゼイレンは楽しそうに、狭い森の中で巧みに間合いを操りマースと立ち回るハーラは軽く、それぞれ返事をした。

 もともと、クラウスひとりで大事を成し遂げようとしたことが、間違いなのだ。

 サザの言うことは正しい。

 クラウスは、悲しいことに英雄の器では決してない。

 彼らは冒険者だ。

 それ以上でも、以下でもない。


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