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機巧外殻と空渡りの獣  作者: ルト
第三章
13/23

真実 ――depth――(1)

 落とし穴の崖っぷちは、底から吹き上がる熱波に煽られている。

 クラウスは息を詰めてヒュスビーダを眺めていたが、諦めたようにため息をつく。


「人を助けるのに理由がいるかい? なんて詭弁は、まあ通じないよな。さすがに俺だってそこまで偽善者じゃねえし」


 ヒュスビーダから刺し殺すような視線が向けられる間でもなく、クラウスは自ら撤回する。

 そうだな、と前置きして、指折り数えるようにどこを見るでもなく顔を上げた。


「実際、ついさっき助けられて借りがある。あと、縁もゆかりもない、ってこともねーだろ。同じ釜の飯を食った仲だ。それにお前、手で石板引っかいただろ。助かろうとしてんだから、助けられて文句言うなよな」


 押し殺すようにレイアは沈黙する。

 それがヒュスビーダ越しにすら見えるようで、クラウスは自嘲した。


「……つーのは、全部建前で」


 誤魔化す自分と、丁寧にぶちまける自分の滑稽さに、苦い笑みを頬に刻む。

 ヒュスビーダに隠れて見えないレイアの視線から逃げるように、クラウスは狭苦しいカリオテの操縦席で目を伏せた。口を割る。


「縁もゆかりもないのは、俺も同じなんだ」


 レイアの沈黙が少し変わる。

 例の、ピンと来ていないときの無言だ。クラウスは笑った。


「ヴァルサたちに拾われた、って話はしただろ? 俺は、親も故郷も、自分のことはなんにも知らない。年齢だって正確なところは分からない。物心ついたころには、機巧外殻に乗ってた。一番古い記憶が機巧外殻の中だぜ?」


 機巧外殻の操縦桿がゴテゴテして重々しいことに感動していた。本物の重みを感じたのだ。

 首を振って無為な追想を払う。

 クラウスはくだらない脚本を諳んじるように、言葉を重ねた。


「最悪なことに、中途半端に親のことが分かってる。紛争に巻き込まれてぽっくり死んだ、機巧外殻にも乗れなかった一般人だ。俺みたいな戦争孤児は、掃いて捨てるほどいる。ありふれた悲劇の一つだよ。もっとましな悲劇が、一席いくらの劇場で打たれてる」


 吐き捨てるような自分の語調に驚く。思っている以上に根に持っているらしい。

 黙って耳を傾けるレイアが意識に上り、クラウスは言葉を探す。


「だからどう、ってことでもねーとは思うんだけどさ……。記憶がない、っていうお前が、なんか、ほっとけねーんだ。悪かったな」

「あなたは」


 レイアは声を出したことを後悔するように、すぐさま言葉を切った。

 迷い、躊躇い、しかし続きを口にする。


「あなたは、特別になりたいの?」

「どうだろうな」


 即答して、クラウスはまた自嘲した。

 なりたいに決まっている。つまらない、くだらない、有象無象は真っ平だった。

 しかし、逸脱者になる覚悟があるわけではない。

 笑う息に声を乗せる。


「間違いないのは、俺に量産機(カリオテ)が馴染む、ってことだ。そんな器じゃねぇんだよ、きっと」


 結局、風変わりな冒険者がせいぜいだ。

 クラウスは、その程度の一般人でしかない。

 がり、と音がする。

 斜面の上で、ライトがちらちらと閃いていた。垂直に吊るされたワイヤーの影が逆光のなかに瞬く。あのシルエットはハーラに違いない。


「お迎えが来たみたいだな」


 クラウスは笑って見せる。

 ヒュスビーダは沈黙を守っていた。

 まるで、岩に埋もれて眠っていたときのように。


「この大馬鹿! なんて無茶をするの!」


 ハーラがたどり着いて早々、真っ先にサリスの叱責が響いた。

 機械腕は半ばほどで途切れて、ワイヤーが伸びている。パイルバンカー部が分割できるようになっていて、懸垂降下の要領で穴を下りてきたのだ。

 ハーラは先に重いカリオテを引き上げにかかる。助けられながら、クラウスは苦笑した。


「悪かったよ。でも殺す罠だったから、助けないとまずかった」


 斜面の途切れた先で揺れる、赤い光を見る。

 ハーラは反論に困るように少し動きを緩めた。


「そりゃあ……それでも、もう無茶はしない! 分かった?」

「あいよ」


 まるで小さい子に注意をするような言葉に、クラウスは失笑する。

 引きずられるように歩き、ハーラの巻き上げに助けられながら穴のうえまで登った。

 すぐさま取って返すハーラを見送って、カリオテはため息をつくように体を揺らす。

 ライトを持って穴を照らしているヴァルサが、カリオテを見上げた。


「クラウス。その左腕は?」

「ん? ああ、これか。止まるために壁に押し付けたからな」


 カリオテの左手は、引き攣れてぐずぐずに潰れている。

 マニピュレーターが折れ曲がって、もはや物を握ることはできないだろう。装甲ならまだしも、マニピュレーターは重量が一気にかかると一溜まりもない。


「まあ、腕部の駆動に問題はない。支障はないだろ。剣一本しかないからな」

「そうか」


 ヴァルサはそれ以上の追及をしなかった。

 ハーラに押し上げられて、翡翠の機体が穴から登ってくる。ワイヤーを巻き上げながら足を淵に引っ掛けて這い上がるハーラから、悪態が突いて出た。


「まったく、ついさっきクラウスが落ちるところを見たのに、なんでまた引っかかるかなぁ」

「本当に、ごめんなさい。焦ってたわ。本当に、焦るとろくなことがないのね」


 しゅん、としょげ返るレイアを表すように、ヒュスビーダの翡翠も弱々しい。


「分かってくれたなら、まだ失敗し甲斐もある」


 ヴァルサは淡々と評した。

 ライトを持ち替えて、分かれ道を照らす。

 古びた右の道は石板の縁が削れて、表面がささくれ立つようにざらついている。

 それを逐一照らしていきながら、口上に述べた。


「道が古びているということは、防護魔法が擦り切れているということだ。この階段も傷みが激しい。もともと、表の通路より魔法の強度が甘かったのだろう」

「……そういう判断になるのね」


 はあっ、とレイアが物憂げにため息をつく。

 狼の目が横目にヒュスビーダを見上げ、にやり、と皮肉げに口角が吊り上げられた。


「学習したか?」

「骨身に沁みたわ」


 それはいい、と冷徹にうなずいて、ヴァルサは足を進める。

 石板は揺れも軋みもしない。


 岩をくり貫いた道は、大きく湾曲しながらゆっくりと沈んでいく。

 もはや山のふもとよりも低い位置にまで来ているはずだ。

 壁から沁み出した水はくぼみに集められ、地下水路が道を横切っていく。

 水流が岩肌をくすぐる音が、湿った空気を叩いている。

 岩も濡れたように湿り、石板の傷みはいや増している。それでも苔一つ生えていないあたり、建築技術のほどが窺える。

 湿度で蒸し暑くなっていく操縦席で、操縦桿から手を離せないクラウスは顔をしかめた。


「この地下道、一体どこまで続いてんだ」

「こんな巨大な地下建築なんて、近代以前じゃ初めて見るわ。むしろ、よくまあこんな規模の施設が作れたもんよねえ」

「必死に作ったんだろうな」


 ヴァルサが口を開いた。

 感傷的な言葉に、ハーラが足を踏み外して壁に肩をぶつける。


「え、あ、ヴァルサが古代人を追想するような言葉を……?」


 無感情な狼頭を振り返らせて、じろりとハーラを見る。

 ハーラはなぜか居住まいを正して、優雅な所作で歩き始めた。

 幸い壁は頑丈で、ぶつけただけで道が崩れる、ということはない。

 それを横目に、ヴァルサは口を開く。


「これはおそらく、魔王期の戦時中、戦略拠点として作られた。だからわざわざ地下に設け、巨大な倉庫も備えて、攻め込まれたときに戦略中枢を守るために罠を張り巡らせている」

「あ、ああ……そうなんだ。確かにそうっぽいね」


 サリスは無責任に追従の言葉を述べる。もっともらしい推測ではあった。

 クラウスは翡翠のアーティファクトを振り返る。


「ヒュスビーダも、そのために遺跡にあったのか?」


 言葉を向けられたレイアは、むう、と不満そうにうなる。


「分からない。ここが実用されてたころなんて覚えてないわ」

「とはいえ、これだけのアーティファクトだ。そう考えるのが自然だろう。この先にヒュスビーダを修理するものがあっても、不自然ではない」

「そっか!」


 サリスが喜ぶようにハーラを揺らす。

 ヒュスビーダに変化は見られなかったが、ほんの少し、焦る気持ちをこらえるように緊張がある。

 サリスは代わり映えのしない光景に飽かせて、足音を拍子代わりに有名な童謡を口ずさんだ。


「エリカディアンは謳う

大地のぬくもり大樹のうねり

野風の揺らぎ雲の影」


 聞くでもなく聞いたレイアが、輪唱に応じる。


「少女は謡う

春の芽吹き葉擦れの囁き

小鳥の笑い花の歌」


「お?」


 見た目以上の勢いで、ハーラはヒュスビーダを振り返る。


「な、なに?」


 面食らったレイアが戸惑うように足を止めた。

 何事かとクラウスもヴァルサも振り返る。

 その視線が集まることにも頓着せず、サリスは震えそうな声で尋ねた。


「……レイアちゃん、今の歌知ってるの?」

「え、ええ。エリカディアンの童謡でしょ? 大地のような巨人と村娘の悲恋伝説」


 当惑を超えて怯え始めたレイアが、不安そうに答える。

 ぬう、とばかりにサリスは機体の腕を抱えて考え込む。

 クラウスには、なんの話をしているやら分からない。


「サリス、どうかしたのか?」


 質問を向けられてもすぐには答えず、沈思している。

 やっと腕を解いたサリスは、重々しく口を開く。


「あのね。エリカディアンの歌は、後世に歌詞が変えられてるの。小川のせせらぎ、鳥の歌、ってね。そのほうが舞台で演出しやすいから。芽吹きと花だと舞台表現が被っちゃうのよ」


 本当は新芽と開花で分けられてたんだろうけど、小川のせせらぎのほうが揃った音で歯切れがいい、って、まあ後世なんて今から何千年も昔だけど、などとまくし立てる。


「は、はあ……それで?」


 話を遮ったクラウスを一瞥し、気を取り直したサリスが要点をまとめる。


「だから、小鳥の笑い、花の歌、のほうは物凄いマイナーバージョン、っていうか精確にはほぼ失伝した歌詞なわけ。意味、分かんない?」

「……ああ、えっと。つまり」


 困惑のなかに回答を導き始めたクラウスを、サリスは無視した。

 妙に興奮しているらしく、はしゃいだ様子でヒュスビーダを見る。


「レイアちゃんって、本当に遺跡から出土されたのかもね」

「し、出土って、あんた……」


 突然の言葉に、レイアは表面的な言い回しに言及するしかない。

 伝統的に音楽好きの種族であるマギリアであり、個人的に歴史オタクのサリスは、奇妙に興奮している。


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