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会場にいたサンディ子爵夫妻とサンドラ伯爵夫妻が脂汗を流しながら駆けつけてきた。
先に謝ったのはサンディ子爵だった。
「この度は娘が奥方様にぶつかるという無作法をしまして大変失礼を致しました。何と言ってお詫びを申し上げればいいやら……」
「ここではゆっくり話が出来ません。陛下にお願いして部屋を借りてあります。そちらへ行きましょう」
表情の消えたウィルヘルムが言った。
「ひっ!へ、陛下…」子爵が身を綴じ込ませた。
「今日のような大切な夜会で妻にぶつかり、あまつさえドレスを汚すなど、ご令嬢の躾がなっていないようですね」
「申し訳……」
子爵の話を遮りサンドラ伯爵が口を出した。
「娘がよろけたのはわざとではありません。申しわけないとは思いますがどうぞ広い心でお許し願えればと」
「だからそれも別室で話をしましょうと申し上げているのです。このような祝いの席で皆様の耳汚しをするべきではないでしょう」
その時壇上から声が掛けられた。
「ウィルヘルム控室へ行きさっさと済ませて来い。早くお前の花嫁に会わせろ」
覇者の威圧を放つ陛下からの言葉だった。
「畏まりました。陛下」
ウィルは臣下の礼を取り、ふた家族も慌ててそれに倣った。
バーモント公爵家は王家に連なる血が入った家柄だ。
サンディ子爵とサンドラ伯爵は漸く現状を把握し崩れ落ちるような気持ちになった。
詰んだ。自分たちの娘が何をしたのかなんてどうでもいいが(良くはない)
今夜で貴族生命は終わりだということは理解した。
控室に歩いて行くふた家族の足取りは重かった。
♢♢♢
幸いこんなこともあろうかと思い着替えは持って来ていた。
ミアが着替えを手伝い、ブランが染み抜きに当たった。
青いサテン風生地は防水の糸で生地が出来ており赤ワインを弾いている。
夜会の嫌がらせと言えばワインをかけるのが定番。
しかし高いドレスに染みが出来、着られなくなるなんて勿体ないと前世庶民のルシアは思った。
防水スプレーを思い出したが技術が分かるはずもない。
そこで糸に水を弾く成分のラナという植物の実で作った染料を染み込ませることに成功した。大夜会に間に合わせる為に職人たちに随分無理を言った。
ねぎらいの言葉をかけ報奨はたっぷり出した。
その記念すべき第1号の生地を使い作ったのが今日のドレスだ。青いサテンに似た生地に仕上がった。余程近づかない限り違いは分からない。
これからバーモント子爵家の発展の為に役に立つ事業になることは間違いなかった。
念の為に一応水で絞ったハンカチで上からそっと拭いておいたので帰ってから綺麗にすれば影響は出ないだろう。
着替えたのは本物の青いサテンのドレスだった。
ボートネックの襟ぐりにダイヤモンドを散りばめマーメイドラインにし、より豪華に仕上げている。
会場に戻って見ればウィルの姿が見えなかった。
「ミア旦那様のお姿が見えないようだわ」
まさかヒロインに嵌められ何処かの控え室に?小説の通りにウィルがヒロインを抱きしめているのではないかとルシアの想像は悪い方へ傾きかけた。
その時よく知っている声が聞こえた。
「あの子は虫を潰しに別室へ行ったわ。直ぐに帰ってくるから待っていましょうね」
大好きな義母だった。
「虫ですか?では直ぐですわね、お義母さま」
ほうっと息を吐き出し微笑みを向けた。
ルシアは義母に懐いていた。その微笑みは慈母の様に優しい。
学院から帰って来るルシアのお茶会の練習相手は義母だった。話題が豊富で領地経営から社交会の噂、美容の話ドレスの話題など尽きることがなかった。
「陛下があなたに会わせろと仰ったものだから、きっと早く話が終わるわ」
「陛下が……。ドレスの換えを持って来ていて良かったですわ」
汚れたドレスでなくて良かったとルシアはほっとした。
「替えを用意するなんて流石ね。いざとなったらお城に着替えはあるのだけど、自分に合うサイズかどうかが微妙だものね」
(へぇ!お城って着替えまで置いてあるんだ。凄い。多分今日みたいにワインがかかった時のためによね)
話している間にウィルが帰って来た。
「母上、ルシアの側にいてくださりありがとうございます」
こうして見るとウィルはお義母様似だわ。よく似ている。
「上手くいったのかしら?陛下がお待ちよ」
「抜かりはありません、母上。ルシア、陛下方に挨拶に行こう。後で父上と兄上にも挨拶をしよう」
「はい、ではお義母様ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう。またね」
陛下の前で夫が挨拶をした。
「我が国の太陽であらせられます陛下と我が国の月であらせられます王妃陛下にウィルヘルム・バーモントがご挨拶申し上げます」
「良い良い。先程の件は片付いたのであろう?相変わらずそなたたち兄弟に集う虫は多いのう。若いということもあるが結婚をしたのだ。落ち着くと良いな。そちらが夫人か?バーモント公爵家は愛が重いから身体を大切にするのだぞ。ウィルヘルム報告は後日でいいぞ」
(愛が重いって何?ウィルって愛が重い人だったの?)というルシアの疑問は言葉に出来るわけもなく空気に消えた。
「勿体なきお言葉痛み入ります」
「ありがたきお言葉にございます」
ウィルに続きルシアが応える。
「可愛い奥様ね。今日は疲れたでしょう?早く帰ると良いわ」
優しく声をかけてくださったのは美しい王妃陛下だ。王子殿下や王女殿下は成人していないのでこの場所におられない。
あの後がどうなったのか知りたいルシアはそのお言葉に甘えウィルに強請って、義父と義兄に挨拶をし、早々に夜会から抜け出し帰ることにしたのだった。
読んでいただきありがとうございます!離婚したら刺繍で稼ぐとか貸本屋とか考えていたルシアですが防水糸の発案で実業家の道もありそうです。ウィルが離すとは思えませんが…。次回で完結です。




