第1話 482回目の朝
『死に戻りの魔導師セレス』
第一話
482回目の朝
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世界は、七日後に滅ぶ。
それを知っているのは——俺だけだった。
「……また、戻ったのか」
冷たい石畳の感触。
窓から差し込む朝日。
遠くで鳴り響く王都の鐘。
セレスはゆっくりと目を開けた。
見慣れた天井。
見慣れた宿屋。
そして、見飽きるほど繰り返した“始まりの日”。
「482回目……」
乾いた声が漏れる。
ベッド脇に置かれたカレンダー。
赤い印が付けられた日付を見て、セレスは目を細めた。
七日後。
王都エルディアは滅ぶ。
いや——世界そのものが崩壊する。
最初は信じられなかった。
ただの悪夢だと思った。
だが違った。
一度目の人生で、セレスは確かに死んだ。
黒い空。
裂ける大地。
燃え落ちる王城。
そして世界を覆った、巨大な“黒い月”。
あの瞬間を、セレスは今でも鮮明に覚えている。
「……胸糞悪い」
小さく吐き捨てる。
そして立ち上がる。
鏡に映る自分の姿を見た。
銀色の髪。
冷えたような赤い瞳。
まだ若い顔立ち。
だが、その目だけは老人のように濁っていた。
482回分の死。
482回分の絶望。
人は、それだけ死ねば壊れる。
セレスは窓を開けた。
王都の朝は穏やかだった。
露店の準備をする商人。
笑い合う子供たち。
騎士団の巡回。
平和そのものの景色。
——あと七日で全部消えるとも知らずに。
「……今回は少し急ぐか」
セレスは黒いローブを羽織った。
腰に短剣を差し込み、部屋を出る。
階段を下りると、宿屋の女将が顔を上げた。
「おや、今日は早いねぇ」
「……少し用事がある」
「また危ない仕事かい?」
「そんなところだ」
女将は困ったように笑った。
セレスは知っている。
三日後、この女将は瓦礫に潰されて死ぬ。
助けようとしたこともあった。
街の外へ逃がしたこともある。
だが結果は変わらなかった。
馬車が横転して死んだ。
盗賊に襲われて死んだ。
別の災害に巻き込まれて死んだ。
まるで世界そのものが、
“決められた死”へ導いているように。
「どうしたんだい?」
「……いや」
セレスは視線を逸らした。
感情を持つのはやめた。
誰かを救おうとすると、
最後に絶望するのは自分だ。
482回も繰り返せば嫌でも理解する。
宿を出る。
朝の風が頬を撫でた。
その時だった。
——ズキン。
頭に激痛が走る。
セレスは咄嗟に壁へ手をついた。
脳を直接焼かれるような痛み。
視界が赤く染まる。
『見つけた』
声。
女の声だった。
頭の奥に直接響く。
「……誰だ」
セレスの額に汗が流れる。
今までこんなことはなかった。
482回。
一度も。
『ようやく、“こちら”に届いた』
次の瞬間。
世界が止まった。
風が止む。
人々の動きが止まる。
鳥も、音も、時間すら凍りついた。
「……時間停止魔法?」
あり得ない。
この規模の魔法は、人間には使えない。
セレスですら不可能だ。
カツン。
静止した世界で、
誰かの足音だけが響く。
路地裏の奥。
闇の中から、一人の少女が姿を現した。
白銀の髪。
透き通るような青い瞳。
黒いドレス。
そして——。
彼女は笑っていた。
「こんばんは、セレス」
朝だ。
だが少女は確かに“こんばんは”と言った。
「やっと会えたね」
セレスの背筋に寒気が走る。
初めてだった。
482回繰り返した人生で、
知らない存在に出会ったのは。
「……お前は誰だ」
少女は静かに微笑む。
「私はリリア」
その瞬間。
セレスの脳裏に、
見たこともない光景が流れ込んだ。
血の海。
崩壊する空。
泣き叫ぶ少女。
そして——。
玉座に座る、自分。
「なっ——!?」
頭を押さえたセレスへ、
少女はゆっくり近づく。
「セレス」
彼女は優しく囁いた。
「次にあなたが死んだら——世界は終わるよ」
その言葉と同時に。
空が、裂けた。
王都の上空。
巨大な黒い亀裂が現れる。
人々が悲鳴を上げる。
静止していた時間が動き出す。
そして亀裂の奥から。
“何か”がこちらを見ていた。
セレスは理解する。
482回の死は、
まだ始まりに過ぎなかったのだと。




