第5章 赤毛の剣士と、予想外のメロメロ大作戦
森の朝は、いつものように穏やかだった。
零華は木の根元に腰を下ろし、ノートに新しい実験計画を書き込んでいた。厚い眼鏡が朝陽を反射してキラキラ光り、白衣のポケットからはいつもの小瓶や測定器がはみ出している。
すぐ横では、プルルがシルヴァのふさふさした銀色の尻尾を両手で抱きしめながら、幸せそうに頰をすり寄せていた。
「シルヴァちゃんの尻尾、今日もふわふわ〜。零華様も一緒に触ろ?」
シルヴァは狼耳を少し伏せながらも、尻尾をプルルの手に預け、零華の方へチラチラと視線を送る。
「零華様……私の尻尾、温かいでしょ? プルルより先に触ってください……」
零華はペンを止め、二人の様子を見て小さく笑った。
「ふふ、二人とも可愛いわね。これは『獣人娘同士の触れ合いによる安心効果』の観察記録に追加よ。データがどんどん積み重なっていく……研究者冥利に尽きるわ」
彼女はノートを置いて立ち上がり、二人の間に割り込むように座った。右手でプルルの触角耳を、左手でシルヴァの狼耳を同時に優しく撫で始める。
「んっ……零華様の指、魔法みたい……」
「零華様……耳の裏側、そこ……はうっ……」
二人が同時に甘えた声を漏らし、体を零華に寄せてくる。零華は眼鏡の奥で頰が熱くなるのを必死に無視しながら、冷静に分析した。
「反応良好……女性同士のスキンシップは、忠誠度だけでなく幸福度も上昇させるみたいね。これは理論の副次的効果として非常に興味深い……」
そんな穏やかな朝のひと時を、突然の声が破った。
「そこにいるのは……霧島零華よね!」
森の木々の間から、赤い髪をポニーテールにまとめた女性が飛び出してきた。年齢は二十代後半。凛々しい顔立ちに、軽めの革鎧と長剣を携えた冒険者だ。後ろには二人の女性仲間(弓使いと魔法使い)が少し離れて控えている。
零華は眼鏡をクイッと押し上げ、穏やかに応じた。
「ええ、私が霧島零華です。あなた方は……王都の冒険者さんかしら? 男性の討伐隊とは違うようね」
赤毛の剣士——彼女は自分をエレナと名乗った——は剣を構えながらも、プルルとシルヴァを見て目を丸くした。
「本当だったのね……本当にモンスターを獣人化してる……しかも、二人とも女の子……?」
プルルが零華の後ろに隠れつつ、好奇心たっぷりの目でエレナを覗き見る。
「零華様……このお姉さん、赤い髪が綺麗……でも、ちょっと怖いかも……」
シルヴァは低く唸りながらも、零華の腰に尻尾を軽く巻きつけて守るような姿勢を取った。
「零華様の許可がない限り……近づかせません」
エレナは剣を下ろし、興味津々な顔で一歩近づいた。
「待って、攻撃する気はないわ。ただ……噂を聞いてどうしても確かめたくて。モンスターを『可愛い獣人娘』に変えるなんて、信じられなくて……」
零華は眼鏡のレンズを光らせ、研究者モード全開で微笑んだ。
「ふふ、興味があるなら歓迎よ。男性の隊とは対応を変えましょう。あなたは女性だもの。少しだけ……実演を見せてあげてもいいわ」
エレナの目がキラキラと輝いた。
「本当? 触ってもいいの?」
零華はプルルに視線を送った。
「プルル、ちょっとだけこのお姉さんに耳を触らせてあげて。優しくね」
プルルは少し照れながらも、零華の後ろから出て、エレナの前に立った。
「えへへ……優しくしてね?」
エレナは恐る恐る手を伸ばし、プルルの青い触角耳を指先でそっと触れた。
瞬間——
「はうっ……!」
プルルが小さく体を震わせ、頰を赤くした。
エレナの顔が一瞬で緩む。
「うわ……柔らかい……ぷにぷにしてて、温かくて……可愛い……!」
今度はシルヴァの番。零華が「シルヴァも少しだけ」と許可を出すと、エレナは興奮気味に狼耳に手を伸ばした。
「この耳も……ふさふさで立派……あ、尻尾も触っていい?」
シルヴァは最初こそ耳をピクッと立てていたが、エレナの指が優しく耳の付け根を撫でると、尻尾が大きく左右に振れ始めた。
「ん……この人……零華様に似た……優しい魔力……気持ちいい……」
エレナは完全にメロメロになっていた。
「やばい……これ、癒される……モンスターがこんなに可愛くなるなんて反則よ! 私、冒険者なのに……仕事忘れそう……」
後ろにいた弓使いの女性が、呆れたように声を上げた。
「エレナさん! あなた、完全に落ちてるじゃないですか!」
魔法使いの女性も頰を赤らめながら、遠くからプルルたちを眺めている。
零華はノートを広げ、嬉しそうにペンを走らせた。
「ほらほら、データ収集よ。女性冒険者の触刺激に対する反応……予想以上に良好ね。プルル、耳をもう少し傾けて。シルヴァ、尻尾を軽く振ってみて」
プルルとシルヴァは零華の指示に従いながらも、エレナの反応にくすくす笑い始めていた。
「零華様……このお姉さん、顔が真っ赤だよ……」
「私たちの耳、気に入ってくれたみたい……零華様の次に優しいかも……」
エレナは慌てて咳払いをしたが、目が完全にハートマークになっている。
「ご、ごめん……でも、こんなに可愛い子たちを『討伐』するなんて、絶対に無理! 零華さん、あなたの理論……本当かもしれないわ。私、ちょっと信じかけちゃった……」
零華は眼鏡をクイッと直し、満足げに頷いた。
「ふふ、嬉しい反応ね。これは大きな進展よ。女性同士なら、理解が早いみたい。もしよかったら、今度ゆっくりお話しましょう。私の研究に協力してくれる女性冒険者……とても貴重なデータ源になりそう」
エレナは頰を押さえながら、照れ笑いを浮かべた。
「うん……また来るわ。次は一人で来てもいい? あの……もっと耳、触りたい……じゃなくて、ちゃんと理論を聞きたいの!」
プルルが零華の腕に抱きつきながら、楽しそうに言った。
「零華様、このお姉さん、プルルたちに懐きそう……でも、一番は零華様だよね?」
シルヴァも尻尾を振りながら、珍しくからかうような口調で付け加えた。
「零華様……新しいお姉さんが増えると、撫でられる回数が減りませんか?」
零華は二人の頭を同時に撫でながら、苦笑した。
「大丈夫よ。私の愛情は無限大だわ……これは研究のためよ。女性だけの集団が広がっていく……とても興味深い展開ね」
エレナたちは結局、その日は深く踏み込まずに引き上げた。
エレナは去り際に何度も振り返り、「また絶対来るからね!」と手を振っていた。後ろの二人の女性仲間も、なんだか名残惜しそうな顔をしていた。
森に静けさが戻った後、零華はノートに大きく書き込んだ。
『女性冒険者との初接触実験:大成功。
被験体(プルル、シルヴァ)の反応良好。
相手側のメロメロ化率……予想の150%超。
女性限定の懐きやすさが、理論普及の鍵になる可能性大』
プルルが零華の膝に頭を乗せ、シルヴァが背中から優しく抱きつくように寄り添ってきた。
「零華様……今日も楽しかった……」
「零華様の研究、これからも一緒にがんばります」
零華は二人の耳を優しく撫でながら、眼鏡の奥で目を細めた。
「ええ、これからが本番よ。女性冒険者さんが増えれば、私たちの『共生の輪』がどんどん広がっていくわ。男性の討伐隊とは違う、優しくて楽しい道……それが私の目指す未来」
森の風が、三人の間を優しく通り抜け、遠くから新しい足音が聞こえてくる気配がした。
女性だけの、ちょっとコミカルで甘い研究生活は、まだまだ続きそうだった。
(第5章 終わり)




