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「命乞いした腰抜け」と汚名を着せられた魔王、その瞳で真実を暴く ~「無能」と捨てられた逸材たちを最強へと導き、誠実な国造りを始めます~  作者: ぼん
第二部:咆哮

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第40話:「真理の眼」

 シルヴァの頭上に、星が浮かんでいた。


【黄金の星。☆☆/☆☆☆☆☆☆】


【真理のしんりのめ


 黄金の光が、部屋の空気に溶けていく。


 ゼノリスは、その輝きを正面から受け取った。


 胸の奥で、何かがひとつ、静かに締まった。それを表情に出さないよう、唇を閉じたまま、ゆっくりと息を吐く。石床の冷気が靴底を通して足に伝わっている。炎がパチッと爆ぜた。その音が、やけに大きく聞こえた。


 ☆6。


 しかも、すでに☆2の力を、この場所で積み上げてきた。呪印が刻まれた後も、書物を手放さなかった者の力だ。


 シルヴァは椅子に座ったまま、ゼノリスを見ていた。


 表情は動かない。ただ、その目の奥に、何かが揺れている。問われることを、待っていない目だ。ここへ来た者が、矛盾の話を聞いた後、次に何を言い出すのか、まだ読めていない。


 ゼノリスは、一歩、石床を踏んだ。靴底の下で、冷たい感触が返る。二人の距離が、わずかに縮まった。


「世界はあなたを『異端』と呼びました」


 声は低く、静かだった。責めるのでもない。慰めるのでもない。ただ、事実として言葉にする声だ。


「鑑定石には映らないものが、あります」


 ゼノリスは、シルヴァの頭上の光から目を離さなかった。


「あなたが積み上げてきたものが。この場所で、守り続けてきたものが」


 シルヴァの指先が、書物の表紙の上でかすかに動いた。


「ですが、私には見えます」


 言葉が、部屋に落ちた。炎が揺れる。それだけが動いていた。


「あなたのその身に宿る、真の価値が」


 沈黙が落ちた。


 水が一滴、石床に落ちる音がした。


 規則的で、冷たい音だ。燭台の炎が揺れ、二人の影が壁へ伸びる。シルヴァの目が、わずかに細くなった。反論を探している。その言葉の構造を、論拠として組み立てようとしている。だが、何かが追いつかない。


「あなたは正しい」


 ゼノリスは続けた。


「あなたは――世界の真理を見抜く、至宝です」


 瞬きが、止まった。


 呼吸が、わずかに乱れた。


 何かを言おうとして、口元がかすかに動く。


 だが、声は出なかった。


 長い時間をかけて感情ごと押し込めてきた者が、その出口を突然開けられたときの、静止だ。


◇◇◇


 ゼノリスの言葉が、まだ耳の中に残っていた。


 シルヴァは椅子の上で、身じろぎもせずにいた。背筋は伸びている。膝の上の書物は、動かない。ただ、視線だけが、どこにも定まらなかった。


『あなたは――世界の真理を見抜く、至宝です』


――至宝。


 その言葉を、頭の中で何度か繰り返した。


 意味は理解できる。構造も単純だ。だが、自分に向けられた言葉として受け取ろうとすると、何かが滑った。手に取れない。長い時間、誰にも言われなかった言葉は、受け取り方ごと忘れてしまっていた。


 鼻の奥が、かすかに熱くなった。


 シルヴァは、息をゆっくりと吸った。肺の中に、石と湿気の冷たい空気が満ちる。それで、熱を押し込めようとした。


 うまくいかなかった。


 視界の端が、にじんだ。


 シルヴァは目を伏せた。瞼の裏が、じわりと熱い。天井から落ちる水音が、遠くに聞こえる。燭台の光が、橙色の滲みになって揺れている。


 泣くつもりはなかった。


 泣く理由も、ないはずだった。


 正しいと言われたからといって、何かが変わるわけではない。呪印は残っている。幽閉された年月は消えない。聖教会が矛盾を認めるわけでもない。


 それでも。


 喉の奥が、細く締まった。


 長い間、押し込めてきたものが、出口を探していた。涙は感情ではない、とシルヴァは思っていた。液体の分泌だ。生理的な反応だ。だが今、瞼の縁に熱いものが集まってくるのを、止めることができなかった。


 一粒だけ、頬を伝った。


 シルヴァは、すぐに袖で拭わなかった。拭えば、泣いたことを認めることになる。しばらくそのまま、下を向いていた。


 やがて、静かに口を開いた。


「……なぜ、あなたにはわかるのですか」


 声は、いつもより低かった。感情を削ぎ落とそうとして、それでも削ぎ落とし切れなかった声だ。


「聖教会の人たちは、誰一人、私の研究を正しく読まなかった。……あなたは、なぜ」


◇◇◇


 ゼノリスは、シルヴァが目を伏せた瞬間を、静かに見ていた。


 頬を伝うものに、目を向けた。それについて何も言わなかった。言う必要はない、と思った。この女性が今、自分の内側で何かと向き合っている。その時間を、言葉で壊してはならない。


 問いが来た。


「……なぜ、あなたにはわかるのですか」


 ゼノリスは答えた。


「私には、見えます。あなたの頭上に、星が浮かんでいます」


 シルヴァの顔が、わずかに上がった。瞼の縁がまだ赤い。だが、その目の奥に、論拠を求める光が戻っていた。この女性らしい目だ、とゼノリスは思った。泣いていても、考えることをやめない。


「……星」


 シルヴァは、静かに繰り返した。


 ゼノリスは続けた。


「鑑定石にはわかりません。あなたが本当に持っているものは」


 シルヴァの唇が、かすかに震えた。


 長い沈黙があった。部屋の空気が、重く静止している。天井の染みから、また一滴、石床に落ちる音がした。


 やがて、シルヴァは短く息を吸った。


「……私は」


 声が、詰まった。


 もう一度、息を整える。


「……間違っていなかったのですね」


 ゼノリスは、シルヴァの目を見た。


 問いの形をしているが、問いではない。長い時間をかけて、ずっと胸の中で抱えていた言葉だ。誰かに、ただ一度だけ、答えてほしかった言葉だ。


「ええ」


 ゼノリスは静かに答えた。


「あなたは、決して間違っていません」


 シルヴァは、何も言わなかった。


 ただ、目を伏せた。今度は、拭わなかった。


 ゼノリスは、しばらくその場に立っていた。


 この力を、眠らせたままにしてはならない。


 確信は、静かだった。焦りでも、使命感でもない。ただ、そうするべきだという、揺るがない理だ。


 ゼノリスは、右手を差し出した。


 掌を上に向けて。


「あなたの力を、私に貸してもらえませんか」


 シルヴァは、ゼノリスの手を見つめた。


 動かなかった。


 その手と、ゼノリスの顔を、交互に見た。まだ、何かを確かめようとしている。すぐには動かない。すぐには信じない。それで、いい。


 燭台の光が、二人の間に静かに満ちていた。



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