第27話:「セラ、☆4到達」
拳を握り、開く。握り、開く。
セラは自分の手を見つめていた。昨日より、指の動きが速い。力を入れた時の感触が、鋭くなっている。
カイロの☆4到達から、数日が経過した。
今日は、連携訓練だ。
ゼノリスが木陰に立ち、森の端を見つめている。その視線の先に、獲物がいる。
二人は、森の中にいる。セラの姿は見えるが、カイロの気配は感じられない。完全に影に溶け込んでいる。
訓練を始めた頃とは、違う。
あの時、二人の連携は未熟だった。セラが先走り、カイロのタイミングが狂った。だが今は、どうだろうか。
ゼノリスは静かに息をついた。
森の奥で、何かが動いた。
ワイルドウルフが一頭、茂みから姿を現す。灰色の毛皮に覆われた魔物が、低く唸りながら周囲を警戒していた。鋭い牙を剥き、地面を蹴る。
セラが、正面に立っている。
拳を構え、呼吸を整える。
だが、動かない。
ワイルドウルフが跳躍した。
セラは横に転がり、距離を取る。立ち上がり、再び構える。
ワイルドウルフが追いかける。
セラは後退しながら、敵の動きを観察していた。目を細め、呼吸のリズムを読み取る。
まだ、攻撃しない。
ゼノリスは頷いた。セラは、冷静だ。以前なら、すぐに攻撃していた。だが今は、カイロのタイミングを待っている。
ワイルドウルフが再び跳躍する。
その瞬間、ワイルドウルフの首に短剣が突き刺さった。
カイロだ。
影から忍び寄り、最適なタイミングで急所を貫いた。ワイルドウルフが声もなく倒れる。
セラが息を吐いた。
「やった!」
カイロが木の陰から姿を現す。
「……今の、良かった」
「ありがとう、カイロ!」
ゼノリスは二人の元へ歩み寄った。枯れ葉を踏む音が響き、二人が振り向く。
「良い連携でした。――だが、まだ上があります」
その時、森の奥から咆哮が響いた
もう一頭だ。
ワイルドウルフが茂みから飛び出してくる。先ほどより大きい。体長は三メートル近くある。
セラが前に出た。
「今度は、私が!」
カイロが頷く。
「……任せた」
セラはワイルドウルフに向かって駆け出した。地面を蹴り、拳を引く。
ワイルドウルフが牙を剥いて跳躍する。
セラは踏み込み、拳を振るった。
シュッ、という音が鳴る。
拳がワイルドウルフの顎をかすめた。巨体がよろめき、後退する。土埃が舞い上がり、ワイルドウルフが低く唸った。
距離を取り、警戒している。
セラは拳を構え直した。まだ、倒せていない。
ワイルドウルフが牙を剥き、再び跳躍しようとする。
その時、カイロが影から動いた。短剣を投げ、ワイルドウルフの足を狙う。刃が足に刺さり、ワイルドウルフの動きが止まった。
セラが再び踏み込む。
――今度は、外さない。
拳を振り下ろし、ワイルドウルフの頭部を正確に撃ち抜いた。
ドン。
ワイルドウルフが、動かなくなった。
セラは息を荒くしながら、拳を見つめた。
倒した。
カイロと、一緒に。
セラは振り返り、カイロを見た。カイロが頷く。
「……良い一撃だった」
「カイロが足を止めてくれたから!」
完璧だ。
セラは力を制御し、急所を正確に捉えた。以前なら、ワイルドウルフの体を粉砕していただろう。だが今は、必要最小限の力で倒している。
そして、カイロとの連携も完璧だった。
カイロが敵の動きを制限し、セラが止めを刺す。
役割が、明確だ。
ゼノリスは二人の前に立った。
「二人とも、よくやりました」
セラが笑顔で応じる。
「ありがとうございます、ゼノ様!」
カイロも短く頷いた。
ゼノリスは静かに微笑んだ。そして、セラを見つめる。
「セラ、少し動かないでください」
セラが首を傾げる。
「はい?」
「あなたの成長を、確認させてください」
ゼノリスは【至極の理】を発動した。
瞳が、深淵のような色に沈む。
◇◇◇
セラの頭上に、星が浮かんだ。
黄金の光が、太陽の光と混ざり合い、眩しく輝く。
【黄金の星。☆☆☆☆/☆☆☆☆☆☆】
【神域の身体】
ゼノリスは目を見開いた。
☆4。
セラも到達していた。
ゼノリスは静かに息を吐いた。予想していたが、実際に確認すると感慨深い。カイロに続き、セラも☆4に到達した。これで、二人とも実戦レベルだ。
ゼノリスは【至極の理】を解除し、セラを見つめた。
「あなたも、☆4に到達しています」
セラの目が、大きく見開かれた。
「本当ですか!?」
声が、弾んでいる。
ゼノリスは頷いた。
「本当です」
セラが胸に手を当てた。心臓が、激しく脈打っているのが見て取れる。
◇◇◇
☆4。
私、☆4になったんだ。
セラは拳を握った。さっきの戦闘の感触が、まだ手に残っている。ワイルドウルフの頭骨を撃ち抜いた瞬間の衝撃。あの時、拳は迷わなかった。力は暴走しなかった。
――私の体は、ちゃんと応えてくれた。
セラは目頭が熱くなるのを感じた。涙が、溢れてくる。
「ゼノ様……」
声が、震える。
ゼノリスは穏やかに微笑んだ。
「あなたは、既に団長クラスです」
セラが顔を上げる。涙が、頬を伝った。
「自信を持ってください、セラ」
ゼノ様は続けた。
「あなたは、強い。そして、これからもっと強くなれます」
セラは涙を拭った。だが、次々と溢れてくる。
「ありがとうございます! ゼノ様!」
セラは声を上げて泣いた。
嬉しい。
こんなに嬉しいことは、今まで一度もなかった。
認められた。
ゼノ様に、認められた。
セラは拳を握りしめた。涙が止まらない。でも、笑顔になっている。
カイロが隣に立った。
「……おめでとう、セラ」
セラが振り向く。カイロが、僅かに微笑んでいた。
「カイロ、ありがとう!」
セラはカイロの手を握った。カイロが僅かに目を見開く。
「カイロと一緒に訓練できて、良かった」
カイロは短く頷いた。
「……こっちこそ」
ゼノ様は二人を見つめた。
温かい光景だ。
二人とも、本当に成長した。
ゼノリスは夕暮れの空を見上げた。太陽が、西の空に傾き始めている。
そろそろ、日が沈む。
「今日は、ここまでにしましょう」
セラとカイロが頷いた。
「今夜は、祝杯を上げましょう。二人の☆4到達を、祝って」
セラが目を輝かせる。
「本当ですか!?」
「ええ。あなたたちは、それだけのことを成し遂げました」
ゼノ様は微笑んだ。
三人は訓練場を後にした。
◇◇◇
焚き火が、暖かな光を放っている。薪が爆ぜる音が響き、炎の熱が頬を温める。
三人は焚き火を囲んで座っていた。
ゼノ様が木の杯を手に取り、私とカイロへ向けた。
「二人の、☆4到達を祝って」
セラとカイロが杯を掲げる。
三つの杯が、炎の光を反射して輝いた。
カチン、という音が響く。
三人は杯を口に運んだ。水だが、この瞬間には特別な意味がある。
セラは杯を降ろし、深く息をついた。胸の奥が、温かい。涙はもう止まったが、心の中ではまだ喜びが渦巻いている。
私、本当に☆4になったんだ。
セラは拳を見つめた。この手で、ワイルドウルフを倒した。カイロと連携して、完璧に倒した。
カイロが隣に座っている。いつもと変わらない、静かな表情だ。
セラは笑顔を向けた。
「カイロ、今日ありがとう」
カイロが視線を向ける。
「……何が?」
「全部。最初のやつも、二頭目も。カイロがいなかったら、私ひとりじゃ無理だった」
カイロは炎を見つめたまま、短く答えた。
「……お互い様だ」
◇◇◇
ゼノリスは二人のやり取りを見つめていた。温かい光景だ。二人は互いを認め合い、成長を喜び合っている。これが、仲間というものだ。
ゼノリスは杯を置き、炎を見つめた。薪が崩れ、新たな火の粉が舞い上がる。夜空には星が瞬き、冷たい風が頬を撫でていく。
静かな夜だ。
だが、この静けさも長くは続かない。
ゼノリスは二人を見た。
「セラ、カイロ」
二人が顔を上げる。
ゼノリスは穏やかに微笑んだ。
「あなたたちは、本当に強くなりました」
セラが目を輝かせる。カイロが真っ直ぐにゼノリスを見つめた。
ゼノリスは続けた。
「訓練を始めた頃、あなたたちは☆3でした。そこから十数日で、☆4に到達した。これは、驚異的な成長です」
炎が揺れる。暖かさが、三人を包んでいた。
ゼノリスは夜空を見上げた。星が無数に輝いている。
「次は、この力を世界に示す時です」
セラが息を呑む。カイロの表情が、僅かに引き締まった。
ゼノリスは二人へ視線を戻した。
「辺境の街を取り戻します」
静寂が、訓練場を包んだ。
薪が爆ぜる音だけが、夜の静けさに響いている。風が吹き、炎が揺れた。
セラが拳を握った。
「私たち、行けますか?」
ゼノリスは頷いた。
「ええ。私たちなら、できます」
カイロも頷く。
「……承知しました」
沈黙が降りた。薪が爆ぜ、火の粉が舞い上がる。
セラが立ち上がった。
「私、少し体動かしてくる」
カイロが視線を向けた。
「……今からか?」
「うん。じっとしてたら、心臓が爆発しそう」
セラは訓練場へ駆け出した。月明かりの下、素振りが始まる。拳が空を切るたびに、短く鋭い呼気が夜に響いた。
カイロはその音を聞きながら、静かに立ち上がった。森の端へ歩み出し、木々の間に身を沈める。
焚き火の前には、ゼノリスだけが残った。
訓練場から響くセラの拳の音。森の闇に溶けていくカイロの気配。
ゼノリスは炎を見つめた。
――二人とも、分かっている。
次の戦いが、遊びではないことを。それでも、立ち上がった。拳を握り、影に潜り、それぞれのやり方で覚悟を刻んでいる。
ゼノリスは杯に残った水を飲み干した。
「……頼もしい、仲間たちだ」
声は、誰にも届かなかった。セラの拳の音と、夜風の音だけが、訓練場を満たしている。




