第21話:「鍛錬の開始」
翌朝、ゼノリスは二人を訓練場へ呼んだ。
陽光が訓練場を照らし、整備された地面が朝露に濡れている。空気は冷たく澄んでいて、深く息を吸うと肺が冷える。
カイロとセラが、ゼノリスの前に立った。
ゼノリスは二人を見つめ、静かに口を開いた。
「では、鍛錬を始めます」
カイロが頷き、セラが背筋を伸ばす。二人の表情に、緊張が滲んでいた。
ゼノリスは一歩前へ出た。
「その前に、お話ししておくことがあります」
◇◇◇
ゼノリスは二人の視線を受け止め、言葉を続けた。
「私には、【至極の理】という権能があります」
カイロとセラが、静かに聞いている。
「この権能は、対象の真の価値を見抜く力です。その者の頭上に星が浮かび上がり、現在の実力と到達可能な限界値が表示されます」
ゼノリスは手を掲げた。
「星の数は、☆1から☆6まで。基本的には☆5が限界です。☆6は限界突破者と呼ばれ、ごく一部の者だけが到達できる領域です」
ゼノリスは指を折る。
「そして、星は二つの数字で示されます。一つ目は、現在の実力。二つ目は、到達可能な限界値です」
セラが目を見開いた。
「到達可能な……限界値ですか?」
「はい。その者がどこまで成長できるかが見えます」
ゼノリスは静かに続けた。
「世界の評価は、間違っています。聖教会の鑑定は、魔力の量だけを測り、それ以外の才能を見逃している。そこには偏見も含まれています」
カイロが視線を上げる。
「……それ以外の才能ですか?」
「そうです。身体能力、知略、技術。魔力がなくても、それらのどれかが突き抜けていれば、☆6に到達できます」
ゼノリスは二人を見つめた。
「あなたたちは、本来☆6に到達できる才能を持っているのです。私の【至極の理】が、それを保証します」
セラが息を呑む。カイロは無言のまま、ゼノリスを見つめていた。
ゼノリスは、まずカイロへ視線を向けた。
◇◇◇
カイロの頭上に、星が浮かんでいた。
【黄金の星。☆/☆☆☆☆☆☆】
【万能の影】
ゼノリスは静かに告げた。
「カイロ。あなたの権能は【万能の影】と呼びます」
カイロが目を細める。ゼノリスは続けた。
「あなたの【万能の影】は、単なる暗殺技能ではありません」
カイロは無言で聞いている。
「あらゆる事象の裏側に干渉し、勝利の土台を完璧に整える力です。主が望むあらゆる結果を、誰にも気づかれることなく現実のものとする」
ゼノリスは一歩近づいた。
「世俗の評価では『器用貧乏』や『雑用係』と軽視されますが、それは間違いです。あなたは、不可欠な因果の守護者なのです」
――不可欠な因果の守護者。
その言葉が、頭の中で反響していた。
俺を表す言葉は、いつも決まっていた。囮。捨て駒。便利なゴミ。――どれも、使い終わったら捨てるものの名前だ。
だが今、この方は俺に別の名を与えた。
握りしめた拳が、微かに震えていた。それが怒りなのか、別の何かなのか、カイロ自身にも分からなかった。
「ただし、その力は、まだ眠っています」
ゼノリスの言葉が、カイロを現実へ引き戻す。
「本来の力を引き出すには、実戦を想定した訓練が必要です。これから、あなたをその領域へ導きます」
カイロは静かに頷いた。
「承知しました」
淡々とした口調だが、その奥に、静かな決意が宿っていた。
◇◇◇
ゼノリスは次に、セラへ視線を向けた。
セラの頭上に、星が浮かんでいた。
【黄金の星。☆☆/☆☆☆☆☆☆】
【神域の身体】
ゼノリスは静かに口を開いた。
「セラ。あなたの権能【神域の身体】について、もう一度説明します」
セラが息を呑む。カイロも、静かに聞いている。
ゼノリスが簡潔に説明する。魔力ではなく純粋な物理の極致。肉体そのものの完成形。魔力がないことは欠陥ではなく、本質であること。
セラは自分の手を見つめた。
前に聞いた時は、信じられなかった。この手が、本当に? と思った。
だが今は違う。昨日、拠点の倒木を担ぎ上げた時の感触が、まだ腕に残っている。魔物を殴り飛ばした拳の痺れが、まだ消えていない。
この体は――動ける。
セラは顔を上げた。もう、声は震えなかった。
「はい。分かっています」
「ただし、まだ荒削りです」
ゼノリスは訓練場を見渡す。
「まずは自分の身体を正しく理解し、制御することから始めましょう。力があっても、それを扱えなければ意味がありません」
セラは涙を拭い、顔を上げた。
「はい! 頑張ります!」
力強い声が、訓練場に響く。
◇◇◇
ゼノリスは二人を見つめた。
カイロは静かに佇み、セラは拳を握りしめている。
対照的な二人だが、どちらも真っ直ぐな目をしていた。
ゼノリスは静かに言葉を続けた。
「道のりは、楽ではありません。あなたたちが持っている力は大きい。だからこそ、それを制御するまでの鍛錬は厳しいものになります」
カイロが頷き、セラが背筋を伸ばす。
ゼノリスの胸に、静かな決意が灯る。
この二人を、必ず☆6に導く。
世界が否定した才能を、私が正当に評価し、育て上げる。
それが、私の使命だ。
ゼノリスは二人へ歩み寄り、最後の言葉を告げた。
「あなたたちは、必ず強くなれます」
カイロとセラが、同時に顔を上げる。
「私が保証します」
その言葉が、訓練場の空気を変えた。
ゼノリスは二人から視線を外し、森の方角を見た。木々の間に影が重なり、奥は見通せない。
「では――始めましょう。カイロ、まずあなたからです。森へ」
カイロの目が、一瞬だけ鋭くなった。




