第15話:「真の価値」
ゼノリスは、セラを見つめた。
涙に濡れた顔。震える肩。小さな体。
この少女は、世界に拒絶され続けてきた。魔力がないというだけで、無能だと決めつけられ、ゴミのように捨てられた。
だが──
ゼノリスには、分かっていた。この少女には、才能がある。計り知れない才能が。
ゼノリスは、静かに息を吸った。
そして──
【至極の理】を発動した。
瞳が変わる。
黄金の瞳が、深く静かな深淵のような色に染まっていく。光を放つのではなく、逆に深みを増していく。世界の理を見抜く瞳。偽りを剥ぎ取り、真実を暴く瞳。
空気が、わずかに震えた。
目に見えない力が、空間に満ちていく。
セラが、顔を上げる。何かを感じたのだろう。その目に戸惑いが浮かんでいる。
ゼノリスは、セラの頭上を見た。
そこに──黄金の星が浮かんでいた。
淡く、だが確かに輝く星。セラの頭上で、静かに光を放っている。
ゼノリスの視界に、情報が浮かび上がる。
【黄金の星。☆☆/☆☆☆☆☆☆】
【神域の身体】
ゼノリスの息が、止まった。
☆6。限界突破者。
カイロと同じ。
この少女もまた、至宝なのだ。
ゼノリスの胸に、確信が満ちていく。やはり、そうだった。この少女は、世界が見捨てた至宝。磨かれていない原石。
だが、その輝きは本物だ。
ゼノリスは、至極の理を解いた。瞳が元の黄金色に戻る。
セラは、ゼノリスを見つめている。何が起きたのか、理解できていないのだろう。不安そうな表情を浮かべている。
ゼノリスは、セラに微笑みかけた。
「セラさん」
セラが、びくりと体を震わせる。
「世界は、あなたを認めませんでした」
セラの瞳が、悲しみに曇る。
「聖教会は、あなたを拒絶しました。騎士団は、あなたを捨てました。魔力がないというだけで、あなたを無能だと決めつけた」
セラが俯く。その肩が、小刻みに震えている。
「ですが──」
ゼノリスは、言葉を続けた。
「真実は、違います」
セラが、顔を上げる。涙に濡れた目が、ゼノリスを見つめる。
「あなたには才能があります。計り知れない、才能が」
セラの目が、見開かれる。
「……才能?」
かすれた声。信じられない、という声。
「はい」
ゼノリスは、頷いた。
「私には、見えます。この世界の誰も気づかなかった、あなたの真の価値が」
セラは、何も言えずにいる。ただ、ゼノリスを見つめている。
ゼノリスは、セラの手を取った。傷だらけの手。努力の証。
「この手が証明しています。あなたがどれだけ努力してきたか。どれだけ強くなろうとしてきたか」
セラの手が、震えている。
「あなたの体には、誰も知らない力が宿っています。魔力ではない、別の力が」
セラは、自分の手を見つめた。
「……力?」
「はい。それは、世界が見落としていた力。いえ──世界が理解できなかった力です」
ゼノリスは、セラの目を真っ直ぐ見つめた。
「あなたの体は、欠陥などではありません。むしろ──完成されているのです」
セラの目から涙が溢れた。
「……完成? 私が?」
「はい」
ゼノリスは、微笑んだ。
「世界は間違っていました。あなたを無能だと決めつけた、すべての者が間違っていた」
セラは、震える声で尋ねた。
「……本当に、……ですか? 私に本当に価値があるんですか?」
ゼノリスは、セラの手を強く握った。
「はい。本当です」
そして──ゼノリスは、静かに告げた。
「あなたは強い。この世界の至宝です」
◇◇◇
セラは、ゼノリスさんの言葉を聞いた。
至宝。
自分が、至宝?
信じられなかった。
私は、ずっと言われ続けてきた。無能だと。ゴミだと。欠陥品だと。
魔力がない。それだけで、価値のない存在だと決めつけられてきた。
どれだけ努力しても、認められなかった。
どれだけ頑張っても、評価されなかった。
私は、自分に価値がないと信じていた。生きる意味がないと思っていた。
だが──。
この人は、違うことを言っている。
私には、才能がある。
私は、強い。
私は、至宝だ。
そんな──そんなことが、あるのだろうか。
セラは、ゼノリスさんを見つめた。
ゼノリスさんの目には、嘘がなかった。その黄金の瞳は、真っ直ぐに私を見つめている。
この人は、本気で言っている。
私に、価値があると。
私の胸に何かが込み上げてくる。
熱いもの。
胸を満たす、熱いもの。
涙が、溢れてくる。
止まらない。
私は、初めて知った。
自分が、認められるということを。
自分が、評価されるということを。
自分に、価値があると言ってもらえるということを。
涙が、止まらなかった。
私は顔を覆った。両手で顔を覆い、声を殺して泣いた。
嬉しかった。
こんなに嬉しいことがあるなんて、知らなかった。
誰かに認められる。誰かに価値があると言ってもらえる。それが、こんなにも嬉しいことだなんて。
私は、生きていて良かったのだ。
捨てられても、這いつくばっても、ここまで辿り着いて良かったのだ。
この人に、出会えたから。
温かい手が、私の頭に触れた。
ゼノリスさんの手だ。
優しく、私の頭を撫でてくれる。
「泣いても、大丈夫です」
ゼノリスさんの声が、聞こえる。
「今まで、辛かったでしょう。誰にも認められず、誰にも理解されず……。ですが、もう大丈夫です」
私は、顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃの顔を、ゼノリスさんに見せた。
ゼノリスさんは、微笑んでいた。
優しい笑顔。
私を、本当に大切に思ってくれている笑顔。
「セラさん」
ゼノリスさんが、私の名前を呼ぶ。
「はい」
私は、かすれた声で答えた。
「あなたには、まだ知らない力があります。それを、私が引き出します」
私の心臓が、高鳴る。
「本当に……私は、強くなれるんですか?」
ゼノリスさんは、頷いた。
「はい。あなたは強くなれます。いえ──あなたは既に、強いのです。ただ、それに気づいていないだけです」
私は、自分の手を見た。傷だらけの手。この手で、強くなれる。
「私は……」
私は、ゼノリスさんを見つめた。
「私は、何をすれば良いですか?」
ゼノリスさんは、少し考えてから答えた。
「まずは、あなた自身を信じることです。あなたの体を、あなたの力を、信じてください」
私は、頷いた。
「……はい」
ゼノリスさんは、立ち上がった。そして、私に手を差し伸べた。
「セラさん」
その手は、温かそうだった。
「あなたの力を、私に貸してもらえませんか?」
私は、その手を見つめた。
この人は、私を必要としてくれている。
私の力を、欲しいと言ってくれている。
誰も認めてくれなかった私の力を。
誰も必要としてくれなかった私を。
私は、震える手を伸ばした。
◇◇◇
ゼノリスは、セラが手を伸ばすのを見た。
その手は、震えている。迷いと希望が混ざり合った手。
セラの目には、涙が残っている。だが、その目には、もう絶望はない。
わずかな希望が、宿り始めている。
ゼノリスは、セラの手を取った。
冷たい手。だが、確かな温もりがある。
セラの目が、見開かれる。
ゼノリスは、セラを引き上げた。優しく、だが力強く。
セラが、立ち上がる。
ふらつきながらも、自分の足で立つ。体は弱っているが、意志は強い。
ゼノリスは、セラの手を握ったまま、微笑んだ。
「ありがとうございます、セラさん」
セラは、驚いたように目を瞬かせた。
「……私が、お礼を言われるんですか?」
「はい」
ゼノリスは、頷いた。
「あなたが、私を信じてくれたから。あなたが、手を取ってくれたから」
セラの目から、また涙が溢れた。だが、それは嬉しそうな涙だった。
ゼノリスは、セラの手を離した。
セラは、少しふらついたが、自分で立っている。
ゼノリスは、小屋の入口近くに立っているカイロを見た。
カイロは、静かに立っている。その目は、セラを見つめている。
カイロの表情には、複雑な感情が浮かんでいる。自分の過去と重ねているのだろう。自分も、ゼノリスに救われた。自分も、価値があると言ってもらえた。
カイロは、ゼノリスと目が合うと、わずかに頷いた。
ゼノリスは、セラに向き直った。
「セラさん。これから、あなたの力について詳しく説明します。あなたが持つ、本当の力について」
セラは、真剣な表情で頷いた。
「……はい。お願いします」
ゼノリスは、微笑んだ。
この少女は、もう絶望していない。
この少女には、希望がある。
そして──この少女は、私の仲間になる。
ゼノリスの心に、静かな確信があった。
セラは、立ち上がった。
捨てられた少女は、もういない。
ここにいるのは、至宝。
世界が見落とした、宝石。
そして──これから輝く、星。




