表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「命乞いした腰抜け」と汚名を着せられた魔王、その瞳で真実を暴く ~「無能」と捨てられた逸材たちを最強へと導き、誠実な国造りを始めます~  作者: ぼん
第一部:再始

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/4

第1話:「暗闇からの目覚め」

──私は、まだ生きていたのか。


 暗闇の中で、男は目を開いた。


 視界には何も映らない。完全な闇。光の一筋すら存在しない、深い深い暗黒だけがそこにあった。


 体が、動かない。


 指先を動かそうとしても、足を動かそうとしても、まるで石像のように硬直している。魔力を巡らせようとすれば、空っぽの器に水を注ぐような虚しさだけが返ってくる。


 枯渇している。完全に、だ。


 冷たい岩肌が背中に張り付いている。湿った空気が肺に流れ込み、かすかな土の匂いと、何か古びた獣の臭いが鼻腔を刺激する。


 ここは……洞窟か。


 男は、ゆっくりと思考を巡らせた。意識が霧のように曖昧で、記憶の断片が混濁している。


 どれほどの時が経ったのだろうか。


 数日か、数ヶ月か、それとも数十年か。


 体に残る疲弊の深さから察するに、恐らくは後者だろう。意識を失ってから、途方もない時間が流れたのだ。


 記憶を手繰る。


 最後に見たのは──勇者アリアスの嘲笑う顔。


 あの時、私は敗北した。


 魔王として、最強の力を誇っていた私が、人族の勇者ごときに膝をつくことになった。


 いや、違う。


 力で負けたのではない。


 私は、己の傲慢さに負けたのだ。


 思い出す。最終決戦の日を、人族と魔人族の長きにわたる戦いの決着をつけるべく、私は勇者と対峙した。


 勇者たちは言った。


「魔王軍と連合軍の全面戦争を止めるため、代表者同士の決闘で決着をつけよう」


 私は、笑った。


 面白い。この私に挑むというのか。余興として受け入れてやろう、と。


 圧倒的だった。


 勇者の剣は、私の魔術の前では紙切れ同然だった。勇者の魔力は、私の権能には遠く及ばなかった。


 あと一撃で、勝負は決まるはずだった。


 だが──勇者は、禁忌の呪毒を使った。


 供犠の簒奪くぎのさんだつ


 神々に生贄として捧げられた魂を対価とし、その数に応じて力を増幅させ、世界のことわりへ干渉する禁忌魔術。数千人の命と引き換えに発動する、世界の理を狂わせる毒。


 私を倒すのに、同胞の命を捨てるのか?


 そう鼻で笑った瞬間──体に毒が回った。


 自慢の権能が霧散し、力が抜け、立つことすらできなくなった。


 そして、離れた場所にいた勇者の軍が、一斉に私に集中攻撃を浴びせた。


 勇者が、嘲笑いながら叫ぶ。


「最強? 傲慢にふんぞり返っていたから、こんな簡単な策に嵌るんだよ」


「力さえあれば勝てると思ったか? 最後に勝つのは、手段を選ばない俺たちだ!」


 私は、何も言い返せなかった。


 言い返せるはずがない。


 傲慢だったのは、私だ。


 私は、一人で乗り込んだ。何の警戒もせず、何の策も用意せず。魔力が希薄な『聖なる地』だろうが、私の覇道は揺るがない──そう、高を括っていた。



 私は、他者の価値を認めなかった。自分だけが強ければいいと思っていた。策を弄することすら必要ないと、勇者たちを『羽虫』としか見ていなかった。


 だから、負けた。


 力ではない。己の傲慢さに、負けたのだ。


 それなのに──瀕死の私の前で、勇者は笑った。


 そして、離れた場所から、極大魔術の詠唱が始まった。


 私の領地に向けて。


 待て。


 そう叫ぼうとしたが、声が出なかった。


 光が放たれる。


 天を裂き、地を焼き尽くす、破滅の光。


 私の領地が、私の配下たちが、私の領民が──炎に包まれていく。


 忠誠を誓ってくれた部下たちも、領民たちも、すべてが灰になる。


 私を信じて、私についてきてくれた者たちが。


 私の傲慢さのせいで、死んでいく。


「これで終わりだ。魔王も、魔王軍も、すべて歴史から消してやる」


 勇者の声が、遠くから聞こえた。


 私は──何も守れなかった。


 力を誇っていたのに。最強を名乗っていたのに。


 結n、大切なものを、すべて失った。


 だが──彼らは、最後まで私を信じてくれていた。


 私が傲慢で、愚かな王だったとしても。


 彼らは『俺たちが信じた魔王は、最後の一瞬まで俺たちの誇りだった』と、そう信じて死んでいったはずだ。


 それなのに──瀕死の私に、勇者は追い打ちをかけた。


「お前、いま命乞いしたよな? 『助けてくれ、人族になりたい』って。……安心しろ、そう歴史に書いてやるよ。世界中がお前を『命乞いした腰抜け』として語り継ぐことになる。最高だろ?」


 違う。


 私は命乞いなどしていない。


 私は確かに傲慢だった。確かに、敗北した。


 だが、それでも──私は、最後まで己の誇りを捨てなかった。


 最後まで、私は勇者を睨みつけていた。膝をついても、頭を垂れても、私は命乞いなど、一言たりともしなかった。


 なのに、勇者は嘘をついた。


 私が命乞いをしたと、世界中に広める、と。


 それは──私への侮辱であり、死者への冒涜だ。


 私を信じて死んでいった者たちの、誇りと忠誠を。


 すべて『嘘』で塗り潰すというのか。


 私の力も、私の歩みも、私の部下たちの忠義も。


 そのすべてを『無』に書き換えるというのか。


 それだけは──許せない。


 絶対に、許せない。


 かつて魔王ゼノリス・ヴォルガデスと呼ばれた男の胸に、静かな怒りが燃え上がる。


 その瞬間──何かが、変わった。


 視界が、反転した。


 暗闇の中でも、何かが見える。いや、見えるというよりも、感じる。


 世界の輪郭が、違う形で浮かび上がってくる。


 これは──何だ?


 ゼノリスは、自分の中に宿った新たな力を、ぼんやりと認識した。


 勇者の嘲笑に対し、己の存在の真実を汚されることを、魂が拒絶した。


 その瞬間、何かが目覚めた。


 至極のしごくのことわり──そう名付けるべき何かが、私の瞳に宿った。


 詳細はわからない。だが、確かに感じる。


 この力は、世界の真実を見抜く力だ。


 偽りの評価を剥ぎ取り、真の価値を暴く力だ。


 ゼノリスは、静かに息を吐いた。


 ならば──私は、ここで終わるわけにはいかない。


 勇者が作り上げた嘘を、暴かなければならない。


 私の名誉を、取り戻さなければならない。


 そして──もう二度と、傲慢にはならない。


 力だけでは、卑怯な悪には勝てない。


 他者の価値を認め、共に戦う仲間を育て、誠実な道を歩む。


 それが、私の新たな覚悟だ。


 そのためには、まず──この洞窟から、出なければ。


 ゼノリスは、体を動かそうとした。


 だが、体は言うことを聞かない。魔力が枯渇しているだけでなく、筋肉そのものが衰えている。


 どれほどの時間、私はここに横たわっていたのだろうか。


 ゼノリスは、歯を食いしばった。


 少しずつでいい。


 這ってでもいい。


 この体を、動かすのだ。


 右手の指先に、わずかに力を込める。


 石のように硬直していた指が、かすかに動いた。


 次は、左手。


 同じように、少しずつ、力を込める。


 動いた。


 両手が動くなら、次は腕だ。


 ゼノリスは岩肌に手のひらを押し当て、体を持ち上げようとした。

 腕が震える。


 重い。


 自分の体が、こんなにも重いとは。


 かつての私なら、片手で巨岩を持ち上げることもできた。


 だが、今の私には、自分の体を支えることすら困難だ。


 それでも──諦めるわけにはいかない。


 ゼノリスは、全身の力を振り絞り、体を起こした。


 視界が揺れる。


 吐き気が込み上げる。


 だが、耐えた。


 ゼノリスは、両手を岩肌につき、四つん這いの姿勢になった。


 惨めだ。


 魔王と呼ばれた私が、獣のように這いつくばっている。


 だが、これでいい。


 這ってでも、前に進めばいい。


 ゼノリスは、ゆっくりと、洞窟の奥から出口へと向かって進み始めた。


 暗闇の中、手探りで進む。


 岩肌は冷たく、ところどころ濡れている。


 足元は不安定で、何度も転びそうになった。


 だが、止まらない。


 前に進む。


 ただ、前に進む。


 どれほどの時間が経ったのだろうか。


 ゼノリスの手のひらは、岩肌で擦り剥け、血が滲んでいた。


 膝も痛む。


 呼吸も荒い。


 だが──光が見えた。


 洞窟の出口から、かすかな光が差し込んでいる。


 ゼノリスはその光に向かって、最後の力を振り絞った。


 這って、這って、這い続ける。


 そして──ついに、洞窟の出口にたどり着いた。


 眩しい。


 ゼノリスは、目を細めながら、外の景色を見た。


 森だ。


 かつて、私が守っていた大森林。


 だが──何かが違う。


 木々は枯れ、葉は色褪せている。


 かつての生命力に満ちた森ではない。


 何が起きたのだろうか。


 世界は……どう変わったのだろうか。


 ゼノリスは、洞窟の入り口に座り込み、荒れ果てた森を見つめた。


 静かな風が吹き、枯れ葉が舞う。


 その音だけが、静寂を破っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ