最終回 元身代わりお姫様と、相変わらずどう見ても森の熊さんの魔族のもふもふハッピーエンド(しっぽ付き!)
「首領の座なんかこれっぽっちも未練は無いよ。小さい頃からそのせいでどんなに苦労したことか。もちろん、そのおかげでアンドレア姫と結婚できたから、巡り合わせには感謝してるけど。」
エスカミーリョとカミラの寝室にて、ドン・サンチェスは膝の上に座らせたアンドレアに笑いかけた。
アンドレアもドン・サンチェスの視線に応え、顎のところを掻いてやった。
「そこをそんなふうにやってあげると喜ぶのね。」
カミラは関心したというふうに頷いた。
ドン・サンチェスの色違いになってしまったエスカミーリョを、後で念入りにブラッシングしてやらなくちゃ、と考えている。
以前からドン・サンチェスとアンドレアの毛づくろいのスキンシップを羨ましく思っていたが、短毛のエスカミーリョにブラシをかけすぎると肌を痛めてしまうと判ってからは遠慮していたのだ。
「だったら何で俺にこんな真似を! そりゃ、勘違いして先に攻撃したのは謝るけど!」
エスカミーリョが布団の中から今にも泣き出しそうな声で(もしかしたら泣いているかも知れない)叫んだ。
「だって、お前は『誰もが羨む既婚女性ナンバーワン』の旦那さんなんだぞ。」
ドン・サンチェスは羨ましそうな視線をエスカミーリョの布団に向ける。
「長毛が一般人に定着するお手伝いくらいしてくれたって良いじゃないか。そしたら、アンドレア姫も『誰もが羨む既婚女性』にランクインできるかも。」
「あら、私はそんなの気にしないのに。」
むしろ、需要の無いジャンルだからこそ、自分がしっかり盛り上げなければ、と思っている。
「私も、貴方の外見だけを好きになったんじゃないわ。」
セニョーラ・カミラも、愛する夫を布団の上から優しく撫でた。
「で、即位式はいつにする? 今日? 明日?」
ドン・サンチェスはせっつくように尋ねた。
「毒親の親父の喪なんか気にしなくて良いからね。葬式も税金なんか使わないで内輪でひっそりと見送るから。」
「こんなナリで公の場に出られるワケ無いだろうが! 元に戻るまでは絶っ対に! 人前には出るもんか!」
エスカミーリョが布団の中から怒鳴った。
「え〜。」
かっこよく編んだ長毛は流行の最、最、最先端だ。一般人が追いついてない、というのも、また良いものだ。
そんな夫と街を歩くのを楽しみにしていたカミラは残念そうに頬を膨らませた。
「そう言えば、レアル様はどうなったのかしら?」
「ああー。」
アンドレアの言葉に、カミラは顔を引きつらせた。
「ご主人様もショックの余り自室から一歩も出られずにいます。」
ふわふわと蒼緑色の綿毛が漂って来た。
「もしかして、あなたは、ピアちゃん?」
「はい。」
アンドレアの問いに、緑色のふわふわは答えた。
あの時、ドン・サンチェスの魔法を浴びたレアルは、身体中から蒼緑色の毛が生えてきて巨大なマリモのようになってしまったのだった。
獣人のエスカミーリョはもさもさ熊ちゃんになっただけで済んだが、ダークエルフのもじゃもじゃは、見るに耐えない悲惨な姿になってしまった。
流石のドン・サンチェスも、悪い事をしたとちょっぴり反省している。
「いきなり攻撃してくるから、びっくりしちゃったんだよ。どいてって言ったのに。」
「すんませんね。主従揃ってとんだ勘違いをしちゃって。」
ピアは詫びながらふわふわと身体を揺らした。
「と、まあ、そう言う訳なので、しばらくはドン・サンチェスお一人でご公務を頑張って下さい、と、ご主人様からのお言いつけです。」
「え〜っ、ずるーい!」
ドン・サンチェスは絶句した。
やっぱりレアルは怒ってるんだ……。
仕方ない。もう少しの辛抱だ。
何しろ契約は絶対なんだから、もう少し経てば、レアルにお尻を叩かれながら仕事をさせられるのは、ここで布団を被って寝ているエスカミーリョになるのだから。
ʕ•ᴥ•ʔ
数ヶ月後。
アンドレアとドン・サンチェスは松風号の背中に乗って初冬の蒼い森の中を散歩していた。
冬仕様のドン・サンチェスのクリーム色の毛はぎっしりと密集していて、彼のお腹にくっついていれば、アンドレアには毛糸のぱんつも腹巻きも必要ない。
「やれやれ、やっとお休みがもらえた。エスカミーリョが首領になったら暇になると思っていたのに、仕事が全然減らないのはなぜなんだ。」
ドン・サンチェスはほうっと溜息をついた。
新しい首領、ドン・エスカミーリョは当然のことながら、魔族の民に歓迎されたものの、同じくらい名君ドン・サンチェスの退位は皆に惜しまれた。
しかし、立っているモノは親をも使いかねないレアルが、働き盛りのドン・サンチェスをみすみす遊ばせておく訳がない。
「体育会系のドン・エスカミーリョに頭脳労働は向いていません。働き方改革で首領の負担を減らす意味でも、これまでどおりドン・サンチェスにお願いするお仕事も沢山ございます。」
「ええええーっ! ずるい!」
口を尖らせ抗議するドン・サンチェスに、
「ドン・エスカミーリョを筋肉バカにした一因は、ドン・サンチェス、貴方にもあるのですよ! 学生時代、エスカミーリョに気に入られようと宿題を写させてやっていた貴方が悪いのです!」
レアルは冷たく言い放った。
「筋肉バカ……。」
ドン・サンチェスとエスカミーリョは最早言葉も無い。魔族の首領に向かって何と言う言い草だ。
「あと、ドン・サンチェスはもう当主じゃないんだから、思いっきり嫌われても大丈夫ですよ。人畜無害なゆるキャラなんか演じてないでゴリゴリ強気の外交をして下さい。」
「え、俺、嫌われたくないんだけど……。」
誰が首領でも関係ない。魔族の実質の支配者はレアルなのではないか?
最近は、ドン・サンチェス以下、誰もがそう思い始めている。
さて、ドン・サンチェスが相変わらず忙しくする中、アンドレアはここ数週間、塞ぎ込んで食事もそこそこに部屋にこもることが多かったのだが、今日は久しぶりに晴れやかな顔で朝食の席に現れたので、久しぶりにこうしてピクニックに訪れたのだった。
程なく、森は尽き、松風号と二人は海へ出た。
アンドレアがドン・サンチェスに連れられて初めてこの白い砂浜に訪れ、海松の生えた蛤を拾った時はまだ夏になる前だったが、海から吹く今日の風は冷たく、もう浜遊びのできる季節ではない。
秘蔵の菓子職人はドラゴンと結婚してしまったので、お弁当もあの時と全く同じとは言えないが、ドン・サンチェスは昔と同じように星の砂の上にブランケットを敷き、お菓子を並べて、アンドレアを招き入れた。
アンドレアは用心深くドン・サンチェスの膝に腰掛けた。
「アンドレア姫、貴女は本当にこれで良かったのですか?」
サンドイッチを頬張りながら問うドン・サンチェスに、アンドレアは顔を上げた。
いつもなら食いしん坊熊ちゃんを見逃すまいと食事中のドン・サンチェスに釘付けになっているアンドレアだが、今日はなぜか俯いている事が多い。
ここのところの彼女のふさぎようは、俺が首領でなくなった事と何か関係があるのだろうか。
ドン・サンチェスは不安そうに妻を見下ろす。
「貴女は、俺が魔族の首領でも何でもない、ただのフリオ・サンチェスでも良いのですか?」
「もちろん、良くありませんわ。」
「や、やっぱり!?」
ドン・サンチェスは、耳を寝かせて縮こまった、つもりだったが、もふもふがぎっしり詰まっているので全然小さくならなかった。
「ただのサンチェス様のままではいけませんわ。だって、だって……。」
アンドレアは真っ赤になって先を続けた。
とても小さな声だったけれど、ドン・サンチェスの耳ははっきりとそれを聞いた。
「本当に!?」
ドン・サンチェスの寝ていた耳としっぽが、ぴょこっ、と、立ち上がっる。
「本当に本当? アンドレア姫?」
「もう、サンチェス様ったら、いい加減、私を姫なんて呼ぶのはおかしいわ!」
アンドレアはドン・サンチェスのもふもふのお腹に抱きついた。
いつまでもお姫様だなんておかしいわ。
赤ちゃんが産まれるのに。
ドン・サンチェスは、アンドレアを抱き寄せ優しくしっぽを絡めた。
「いいえ、アンドレア姫。例え何があっても、貴女は永遠に俺の大切なお姫様ですよ。」
そして春が訪れ、バラの季節も終わり、また初夏がやって来て、アンドレアがドン・サンチェスの元へ嫁いでから一年ほど経った頃。
ドン・サンチェスとドニャ・アンドレアが、二人寄り添い、愛おしそうな眼差しで見つめるその視線の先には、
ころころとした綿毛のような獣人の赤ちゃんと、
珠のような人間の赤ちゃん……しかし、つやつやのまるい耳とふわふわのしっぽがついている……
が、籠の中で仲良く眠っていた。
おわり
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