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ウィリアムとクーパー靭帯・4

※実験的に、更新頻度を週2回、3000字前後ずつに変更してみます。

今までが週3、約2000字ずつなので、一週間の分量としては変化ないはず。

「葉月ちゃんのこと、どう思ってるんだ」


 ウィリアムはむせた。

 せっかくの酒の匂いも、鼻の奥に入ってしまってはただの激痛である。


「何を、突然」

「何も考えてないのか?」


 むっとした顔をして、アデルバートはそう重ねた。


「あの子の状況を考えてみろ。

 いきなり別の世界に呼び出されて、帰るあてもない――最初期含めて数人しか、女王の晩年がわかっていないものがない。皆この世界で骨を埋めてる」


 机と椅子がいくつかあるだけの、ロビーだ。もう夜も遅い時間なのもあって、誰もいない。

 それでも小声なのは、聞かれて困る話だとわかっているからだろうが。

 鼻をかんでから、ウィリアムはアデルバートに向き直った。


「帰れない、ということですか? 葉月さんが」

「お前な、外見は完璧美女なんだからもうちょっと淑やかに……まあいいか」


 アデルバートが頷きながら、注いだばかりの二杯目を机に置く。


「俺にも召喚術の心得ぐらいはある。

 だが、何かを呼び寄せることはあっても、それを送り返すような術、見たことも聞いたこともない」


 そもそも女王召喚の話を聞く前は人間を術で召喚できると思ったこともなかった。そう付け足し、聞き取るのもやっとなくらいに声を潜めてアデルバートは続ける。


「それなのにあの子は女王にもなれず、お前――なんだ、その。また男に戻ったら、剣を抜くには……」

「まあ……」


 追求されてみると妙な気恥ずかしさがあるな、と。言葉を濁しつつ、ウィリアムはそんなことを思う。


「葉月ちゃん、傷ついてたみたいだぞ」

「……そうですね」

「毎回繰り返す気か?」

「……そうなってしまいますね、今のところ」

「だから嫁に来いって」

「いやです」


 最後にだけきっぱりと即答したが、しかし。

 もしかしなくともそれが最善である可能性は、ウィリアムにもわかっている。

 自分が女になることを受け入れて、女性として生き、女王として統治にも関わっていけばよい。

 ――そうできないのは、ウィリアム自身がこれまで生きてきた男としての矜持と、記憶のためだ。

 だが、それよりも。


「嫁に嫁にって。じゃあ聞きますけどね。

 もし私がそれでいいって言ったら、それこそ葉月さんはどうなるんですか。

 私がずっと女でいるとなれば、彼女は何のためにこの世界にいるのかという話になりますよ」

「適当に気楽に過ごしてもらうさ、王宮で」


 アデルバートの即答に、ウィリアムは少し引っかかるものを感じた。


「……まさか、幽閉?」

「彼女には、それなりに利用価値がある」


 置きっぱなしにしていた木杯を一息に煽ると、アデルバートは淡々と言葉を続ける。


「もしお前が男に戻った時には、傷つこうがどうしようが、またお前とキスしてもらうことになるだろう。

 言っておくが、これはお前が女でいようとしたところで変わらんからな。

 剣を抜いて異変を払うのは責務、そして剣を抜くには葉月のキスが必要。

 そうとなれば、鍵となる彼女の身柄は王国預かりだろうな。

 ――世界が滅びるかキスをしてもらうかの二択だ、どれだけあの子がお前のことを嫌って泣こうとも、この世界に生きる人間のひとりとして、それをするなと言えるわけがない」


 彼女を呼び捨てにしたのは、それが本当に事務的な確認だからだろう。

 アデルバートは三杯目を注ごうとして、瓶が途中で空になったのを見て眉を顰める。中途半端な三杯目に、すぐには口を付けず再び机の上に置いて――もしかしたら、濁りを落ち着かせているのかもしれない――ウィリアムを指さした。


「だいたいな。お前が剣を抜けたのが悪い」

「えー……」


 突然の言いがかりにウィリアムも困惑を隠せず、まさかこれしきの酒で酔ったとでも言うつもりかと、アデルバートの顔を見返した。


「俺は最初から、召喚した女王を嫁にするって言い出すつもりだったんだ。

 たとえ美人だろうが不細工だろうが、どんな無茶苦茶な人格だったとしてもそうするつもりだったんだよ。

 ……お前がドンピシャの好みなのは偶然だが」

「はぁ」


 権力志向というか出世欲というか。

 そんなあたりの欲求を隠しもせずに主張するアデルバートに、ウィリアムは相槌だけ打って返す。


「とはいえ俺がどう言おうと結局、葉月ちゃんは女王じゃないからな。どうしたってぞんざいな扱いは避けられん。

 備品扱いもむべなるかな、だ。だけどな、あの子じゃなきゃできないことがある」


 屈みこんで、今までのどの言葉よりも小さな声で、アデルバートは言った。


「むこうの世界の情報。知識。それはあの子が持っている物凄いアドバンテージだ。

 ……東の国が新女王をさらおうとしたのは、たぶん、そこを狙ったものだと思ってる」


 徹夜と少々のアルコール。それらがウィリアムにもたらしていた眠気が一気に吹き飛んだ。

 ガンゲツ。

 あの男は今頃どうしているだろうか。

 大人しく東の国へと帰っていれば良いと思ったが、おそらくそれはないだろう。

 ただの直感だったが、それを否定する要素もない。


「東の国が、それを欲しがる理由がわかりませんが」

「そんなわけあるか。この国が、大陸で一番大きな顔をしてるのは歴代の女王陛下が持ち込んだ知識の結果だ。

 どうせ、この間までの近衛隊長殿が情報を流したんだろうことは想像に難くない」


 ――そうだろうか。

 あの時の隊長とガンゲツの会話を思い返す限り、先に接触を持ってきたのは東の国のようにも思えたが――

 ウィリアムは浮かぶ疑問をねじ伏せる。

 ここでその話をしたところで、ただの詮索にすぎないのだから。

 それに、言われっぱなしなのもどこか、癪に障った。


「備品、情報。本当に随分な扱いですね。

 私にはあなたこそ、葉月さんのことを気にかけているように見えましたが」


 反撃のつもりの言葉に、アデルバートは黙りこむ。


「……妹を思い出すんだよ」


 随分と間を開けて、彼が絞り出した言葉はそれだけだ。


「妹を。シスコンのたぐいですか」


 言い過ぎた。そう思った時にはもう口に出していた。

 しまったという顔をするウィリアムを、アデルバートがぐっと睨みつける。


「――今のお前が女の姿じゃなかったら、燃やすぐらいはしたかもなぁ」


 苦々しげにそうつぶやくと、アデルバートは杯に残っていた酒をぐいと飲み干し、カンと音を立てる勢いで机上に置いた。


「お前は下級近衛だったから、興味なかったんだろうけどなー。

 この国の貴族にして先々代魔法省の大臣たるグストー殿には子がなかったんだよ。

 それで術の素質ある、身寄りのない子を養子とした。

 孤児なら話の持って行き方ひとつでいくらでも美談にもできるってぇ寸法だな。

 とはいえ魔術の素質がない子供に興味はなかったから、ひとりだけ。後は、察しろー」


 ぐったりと椅子に身を預けるアデルバートは、もしかしなくとも酔っている。

 そんなに強くもないのに酒に誘ったのかと思うとウィリアムは少し笑ってしまいそうになり、咳払いでごまかした。

 弱いのに酒が好きな人間など、よく見る話だ、と思い直したのもある。

 背丈がまるで違いすぎて、小柄に変じているウィリアムにはどう支えたものかわからなかったが、それでもアデルバートは無理矢理立たせると多少ふらつきながらも自分で歩いてみせた。

 ウィリアムは酔っぱらいに付き添って部屋まで送って行こうとして、ふと、葉月の泊まっているはずの部屋の扉が開いていることに気がついた。


 さっと血の気が引く。


 アデルバートを投げ出して、部屋の中に飛び込む。

 後ろで「ふげっ」とか聞こえた気がしたが、それどころではなかった。

 誰もいなかった。

 部屋の中は無人で、窓が開いていた。

 開けっ放しの窓から上がり込んでくる夜風が、葉月の髪をなでた時のように窓帷を揺らしていた。

次の更新は25日、木曜日にします。


※さかのぼって改稿中です。どこまで手を付けたかはあらすじに記載。

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