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「おい! お前ら!」


 俺は教室のドアを怒りにまかせて開けた。ドアが外れて壁にひびが入るかと思ったが、そうはならない。


 憤怒を二階下にぶつけるように重たく歩き、俺は教壇に立った。


「ポイントは入れるなと言っただろう! お前らはそんな簡単な命令も聞けないクズなのか!」


 俺は目をギロリを開き、クラスメイトひとりひとりに眼球を向ける。

 今日俺は全員に文句を言うため、いつもより更に少しだけ遅く来た。ここからパッと見た限り、もう既に全員がこのクラスに入っている。


 だが、その全員がこっちを見てにやにやと笑っている。まるで教科書を読んでいる教師のズボンのチャックがあからさまに空いているのを発見した時のように。

 もちろん俺はそんな無粋なミスなどしない。


「何を笑っている!」


「そんなの決まっているだろ」


 佐古田の声だった。佐古田の方を向くと、あいつは立ち上がって俺の方へ近づいてきていた。

 教卓を挟みこむ位置で、佐古田は足を止めた。佐古田の後ろに、クラスメイトどもが写る。まるで委員長の佐古田がクラス中の意見を代表して話しているかのように。


「お前が面白いからだよ。芸人泣かせだな」


 すると、クラス中がどっと笑い出した。大物芸人の一発芸を見た時のような黄色い笑いにも、何もない所でこけた人物を罵倒するような黒い笑いにも聞こえる。


「な、何がおかしいんだよ……」


「さっきから言ってるだろ。お前がおかしいんだよ」


 また爆音のような笑いが鳴り響いた。


 なんだよ、これ……っ。


「実はな」

 佐古田はいつも通りのへらへらした顔で言った。「この学校中、なんなら学校の外の連中もみんなでお前にポイント入れるように拡散させたんだよ」


「なに?」


 俺も、私も、と次々頭のおかしな凡人共が手を上げていく。ネジが飛んだようなふざけた笑みを浮かべながら。


「なっ、」

 意味が分からず、俺は叫んだ。「なんでそんなことをするんだ! 俺はまだポイントを入れるなって言っただろ!」


 こんなに腹の奥の奥から声を荒らげたのは初めてかもしれない。三つ隣の教室まで聞こえていた、とこの後言われても、俺は血圧のひとつも上げないだろう。


 クラスがしんと静まり返り、俺を見る。しかし、いつもの快感がない。それは、こいつらの抜けた顔のせいだ。


 どことなく笑いをこらえているようにも見える。

 だが、そんなはずはない。

 喋っているのは、誰でもない、この俺なんだから。


「お前らはそんな簡単な命令も理解できないのか?」


「理解くらいできるさ」


「じゃあ、どうして俺に歯向かうんだ」


 はっきり言って、俺は一度も本気でこいつらを友達だと思ったことはない。信頼できるとも思ったことがない。


 何故なら馬鹿だからだ。

 クズだからだ。

 救いようのないカスだからだ。


 何かを失敗してもへらへらと笑い、約束を破ってもへらへらと薄っぺらく「ごめん」としか言わない。勉強だって時間をかけようともしないのに、できないなどとわめいている。


 そんな凡人を、一流の人間の誰が信頼できると言う?


 しかし、こいつらは自分がクズだとも知らず、ことあるごとに俺を頼ってくる。こいつらは俺を友達だと思っているはずだ。


 俺は優しく語りかける口調を意識しながら、言った。


「俺たち、友達だろ?」


 すると、四十ものダムが決壊するように、激しい笑い声が上がった。

 ハハハという大きな笑い。

 クスクスとした小さな笑い。

 高音の引き笑い。

 まるで笑い方のサーカスのようだった。


 サーカスの団長である佐古田は誰よりも口を大きく開け、誰よりも目を細め、誰よりも腹を抱え込んで狂気的に笑っていた。「ヒャッハッハッ!」


「何がおかしい!」


 佐古田は「腹が痛い」と漏らしつつも呼吸を整えながら、俺に薄汚れて黒ずんだ人差し指を向けた。「もしかして気付いてない? お前、クラスの全員……いや、お前のことを知ってるやつ全員から嫌われてるんだぜ?」


「は?」


「マジで知らなかったのかよ! ハハハッ!」


 クラス中がまたドッと笑いだす。皆、腹を抱えて嘲笑している。


「……え?」


 俺が、嫌われてる? 俺が? 俺みたいな天才が?


「この際だから正直に言ってやるよ。お前がいない時のこのクラスの話題は八割方お前の陰口だぜ」


「は?」


「お前、教室に入った瞬間にいつも空気が変わるのに気付いてなかったのか?」


「い、いや……」


 いつも俺がクラスに入った瞬間教室の雰囲気が変わるのは感じていた。でも、それは俺が天才的なオーラを発しているからだろ?


「お前って自信家で、色々自慢してくるだろ? そういうところがうざいんだよ。自分を天才だとか言ってさ。一、二話しか投稿してないのに自分にポイントを入れまくったりなんかしたら、たくさんのグルで共謀しているようにしか見えなくて悪評を浴びるに決まってんだろ。ゴキブリでも分かるぜ、そんなこと」


 佐古田の口調は一言一言を発する度に少しずつ嘲笑から軽蔑、憤怒に変わっていく。


「でもお前は分からなかった。そんなお前が天才? 笑わせるな。お前はゴミ虫だよ。教室の隅に溜まっている埃の方がまだ頭がいいさ」


 黙れ!


 そう言おうとしたが、口が開かなかった。


「それにさ、お前」

 佐古田は俺の表情を見ながら挑発するように続ける。「一回でも俺たちに『ありがとう』て言ったことあるか?」


 なに? ありがとう?


「この前俺たちがみんなでポイント入れてやった時も、俺たちに一言も感謝しなかっただろ?」


「それは……」


 これは何故か締まりなく漏れるように口から出てきた。まるで俺の体さえも俺自身を馬鹿にするようだった。


「お前は俺たちを見下してるんだろ? 自分は天才で、他は全員凡人。自分の駒だって。確かに俺たちは凡人だ。でも、お前も決して天才じゃない。生きる価値のないカスなんだよ」


 なんだと! 


 これは口から出なかった。

 口でものを言うのは諦め、俺は佐古田の首元に掴みかかって怒りを表現した。


 いい加減なこと言いやがって! これ以上無駄口叩いたら殴るぞ!


「ハハハッ!」


 俺の言いたいことが伝わったのか、佐古田は中指一本で「来いよ」と合図した。「俺を殴るか? 殴れよ。教師にチクッてやるからさ。証人ならたくさんいるしな」


「……!」


 くそっ!


「知ってるか?」

 ニタニタと粘っこく佐古田は笑う。「あ、知ってるわけないよな。このクラスのグループチャットってふたつあるんだぜ?」


「なに?」


「四十人が参加してるのと、三十九人が参加しているやつだ」


 ……なんだと?

 佐古田の後ろのクラスメイト共に目を向けると、全員佐古田の言葉を否定するようには見えなかった。


「結構盛り上がってるんだぜ? こっち」


 本当に俺は、嫌われてるのか? 尊敬されてないのか? 天才だと崇められてないのか?


 気が付けば俺の目線は佐古田のへそくらいまで下がっていた。足が『立つ』という機能を失い、膝から落ちたらしい。


 だからって、と言いながら喉が震えていた。「だからって何故、こんな真似を……」


「面白いからだよ」


 ひざまずいたまま、俺は佐古田を見上げた。

 屈辱的だった。いつもは、俺がそっち側なのに。


「面白いって理由以外に何がある? そんなことも分からないんだな。バカッターってあるだろ? くだらない写真を投稿して問題になってるやつ。あれと同じだよ。俺たちは今までお前を信頼したふりして、お前を有頂天に立たせてやった。そして、有頂天にいるお前を地獄の底まで突き落とす。これ以上に面白いことが他にあるのかよ」


 お前の部活の連中も知らないふりをしてハラハラしてるって言ってたぜ、と佐古田は続けた。


「ついでに言ってやろう。お前の小説、クソつまらねえよ」


 その言葉に対する憤りはある。言い返してやりたい。でも、電池切れのロボットみたいに、俺の体は動いてくれない。


 お前、感想に面白いって書いたじゃないか。


 その言葉だけが蚊の飛ぶようなか細い声として出た。


「ああ。書いたぜ。『あなた、面白すぎますよ』ってな」


 ヒヒヒ、という佐古田の引き笑いだけが聞こえる。「お前の小説が面白いんじゃない。お前の馬鹿さが面白いんだ」


 手が震える。熱い血だけが全身を巡る。でも、神経が重たい仕事を諦めたように、体が動いてくれない。


「お前みたいなカス、友達でもなんでもねえよ」


 その言葉と同時にチャイムが鳴り、佐古田は何事もなかったように自分の席へと戻って行った。


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