第11話 異世界でもチュンチュン鳴く小鳥がいるらしい
日の出と共にそっと音もなく部屋を這い出て、迷わず宿の裏、共用の井戸があるそこまで足を伸ばした。
まだ人一人いないそこで、滑車から伸びるロープを手繰る。
夜明け前より猶暗く佇むその口から、一つの木桶が顔を出した。
深と冷たいその水に、そっと手を泳がせる。
緊張で凝り固まった手からは、その冷たさを感じることはできなかった。
水を両手で掬い、それに顔を浸ける。
刺すような水の冷たさが、けれど強張った心持を解き解すように心地良い。
――ようやく人心地付けたか。
俺こと天利拓斗は、まだ人気のない夜明け直後の井戸端で、深く深く安堵の溜息を吐いた。
……やや気が重いが、昨晩のことを思い返す。
いつまでも棚に上げていてはそもそもノエルと顔を合わすということすらできないからだ。
ランプを消してその後、俺は強張ってしまってぎゅっと寝具の端を掴んだまま息を殺していた。
まどろみすらできない緊張状態だった。
何せ、うとうとし始める頃には思い出したようなノエルの視線を感じたのだからその度に身を引き絞られるような心地だった。
それが、夜明けまで続いた。
「はあぁぁぁ」
大きく溜息が漏れた。
あのノエルの豹変は一体どういうことなのか。
ゲーム脳と言って差し支えない脳細胞のどこを探してみても、それらしいフラグやら好感度上昇音なんてのは一つも見つからないのだ。
なんだろうか、エンディング優先度的に真っ先にルートが立つのがノエルなんだろうか?
それにしたってそれらしい前振りの一つもなくああいうのは困る。
プロローグとかでそういう感じから入るパターンのゲームか?
いやいや、ゲームと現実を一緒くたにするのは見識の狭い阿呆だけで良いだろう。
そういう考え方はやめよう。
とにかく、何が悪かったのかをよく考えてみる。
……よくよく考えると、あれは据え膳とかそういう類のアレじゃないのか?
…………俺はあの激流に身を任せるべきだったんじゃないか?
俺の知る拳の達人もよく言ってるじゃないか、それに同化すると。
あれは頭がどうかしているという意味の『どうか』だったか?
いやそもそもナニとドウカしようというのか。
「ッッ!?」
下らないことを考えていると背後の扉、宿屋のそれが小さな音を立てて開いたのを感じ取って思わずその扉へと振り返る。
間違いなく異世界生活でも最速の身のこなしで振り返った先に居たのは……、
「おお坊主、昨日はどうだった?」
宿屋のおっさんだった。
「……どうもこうもねえしどうもしねえよ」
にやにやといやらしく笑うおっさんの顔を見て、また溜息を漏らす。
「はぁあ、出会ってまだ二日だぞ? おっさん。それどころかまともに話したのは昨日の夕方からだっての。そんな相手とどうこうしようとは思えねー。……ってか、昨日ここの晩飯食いそびれたな」
俺の言葉を聞いて、おっさんの顔が急に真顔になった。
「何だそりゃ。あの嬢ちゃん、どっちかってぇと奥手に見えたが……まさか坊主お前魅了持ちじゃねぇだろうな」
「んな訳ねーだろ! ってか、やっぱ魅了とかそういうのあるのか……」
とんでもない言いがかりを付けてきた。
仮にそんな能力を持っていたところで、使うつもりがあるはずもない。
どちらかというと、使われたときのことを考えた方が良いだろう。
即効性次第では、戦闘中に使われるとマズいことになりかねない。
「なら酒か」
思考が飛びかけたところでおっさんが話し出した。
「まあ、昨日は結構飲んでたと思う」
ノエルは、確かワインボトル一本と半分くらいは飲んでたはずだ。
俺は……結局樽一杯分くらいは飲んだ気がする。
アッシュの知識を得てから、体内魔力だけでの解毒の方法も覚えているのが役立っている。
いつまでも素面のまま酒を味わえるのだ。
アレは中々良い経験だった。
「酒だけってのも弱いだろ。坊主、なんかあの嬢ちゃんに気に入られるようなことってなかったのか?」
「急に言われてもなぁ……。まず、初対面のときにちょっと大技使ったかな。剣持って二十年剣一筋くらいのやつらが使うようなヤツ。それと……」
サキュバスから助け出したと勘違いされているかもしれないこと、目の前でギルドマスターを下したこと、金もなさそうだったし飯と酒をおごったこと、魔法の師匠から破門されている様子だったから弟子にしたこと、そんなことをおっさんに聞かれるままに答える。
「待てよ坊主。いろいろありえない話が混ざってんだが、それマジな話か?」
「大マジ。かなり客観的かつ淡白に話してるつもりだ」
『サキュバスから女かっぱらうってどんだけだよ……』だとか、『ギルドマスターを瞬殺? この街のギルドマスターっつうと最高峰の探索者だったよな……?』だとか言いながら、おっさんは嫌々納得したように頷いた。
「まあ、今の話全部が事実だってんなら男でも惚れるヤツは居そうなもんだな。どっちにしても多分酒のせいで分別ってもんがなくなってたんだろう」
「酒……そんな恐ろしい飲み物だったのか…………。ってか、そうか、アレはとにかく普通の状態じゃなかったってことで良いんだよな?」
「多分だけどな。今頃昨日のことでも思い出して羞恥で死にそうになってんじゃねぇか?」
羞恥心に身悶えるノエルか……それは、ちょっと見てみたいかもしれない。
って、そうじゃない。
「となると、俺はどうすれば良い?」
「手は出さなかったんだろ? なら酒飲んで忘れたことにしとくのが穏当だろうよ」
当然のように言ってのけるその最善解に目から鱗が落ちた。
一度は『おっさん』にまで落ちた宿屋の親父はこうして俺の中で『おやっさん』に返り咲いたのだった。
「そんな手が……ありがとうおやっさん! それでいくよ!!」
「まあ、面白がってけしかけたのは俺だしな」
「なに、誰にだって間違いの一つや二つはあるだろ。にしても俺は昨日、間違ってなかったんだな……据え膳とか考えなくて助かったぁ」
もしこれで同衾でもしてようもんならそれはもう柔らかいんだろう。
柔らかくて良い匂いがするんだろう。柔軟剤の使用を疑われそうだ。
そして俺の鉄の理性もまた軟化するだろう。それはもうぐにゃぐにゃに。
そうなったらもう二人で夜のサーカスだろう。俺の猛獣が猛然と玉乗りするのだ。
そのひと時はそれはそれは夢見心地かもしれないがその後が問題なのだ。
興行には後片付けが必要である。
何せ、何億という客の入りがあるのだ。
それはそれは収支で大揉めすることになるだろう。
そうならなくて良かった。
危うく俺の地方周りはこれからということになってしまうところだった。
「それじゃ、戻るよ。朝飯の準備よろしく」
「まかせとけ。昨日の晩飯の分って訳じゃねぇが、一品追加しといてやらぁ」
おやっさんに軽く頭を下げて、宿に戻る。
少しの緊張。
シミュレーションしよう。
俺は昨日飲み過ぎて記憶があやふやなのだ、ということにしなくてはいけない。
なら、そうだ、吐きそうになって井戸まで駆けつけたことにしようではないか。
昔、俺の親父が飲み過ぎて失敗した話をしてくれたことがある。
飯時なのに、ゲロ話を。
もうちょっと時と場合を考えて欲しいと思ったものだが、そのおかげで印象には残っている。
コレを使おう。
軽く考えをまとめると、丁度部屋の扉の前に到着した。
扉をそっと開くと、頭を抱えてごろごろと転げまわるノエルを目撃した。
急いで扉を閉める。
バタッっと扉が音を立てる。
部屋の中からバサッっと布が翻るような音が聞こえた。
そして無音に。
朝日を浴びた小鳥がちゅんちゅんとさえずっている。
異世界でもちゅんちゅんするんだな。
……仕切りなおし。扉をそっと開いた。
真っ赤な顔だけを寝具から出したノエルと目が合った。
話の流れをもう一度軽くシミュレート。
よし、問題ない。
「ああ、悪い。起こしたか?」
「ぃぇ……」
そわそわと落ち着かない視線をあちこちに飛ばしながら、ノエルは蚊の鳴くような声で答えた。
「ちょっと、昨日飲み過ぎたみたいで気持ち悪くなっちまってさ。つか、マリエラさんにニーナ渡した後覚えてねぇんだけど俺変なこととかしてないよな?」
「は、はいぃ……大丈夫です」
俺の言葉を聞いて返事した後、ノエルが徐々に何かに思い当たったように目を大きく見開いていく。
よし、向こうも気付いたようだ。
仕切りなおし、というか、昨日のことは一部なかったことにできそうである。
良かった良かった。
「今日は……飯食ってからギルドで集合だったよな?」
「はい、そのはずです」
まだ若干顔は赤いが、概ね普段の様子を取り戻したノエルに気取られないようにそっと胸を撫で下ろす。
それじゃ、異世界三日目、始めよう。
「まず飯食いに行くか……ってか、行けるか?」
女の子だし、もしかすると身支度に時間が掛かるかもしれない。
「すぐ行きます」
ノエルがベッドから這い出し、手櫛で髪を整えながら歩いてきた。
……そういえば着替えとか、ないしな。
今日は冒険とかできそうにないし、その辺りから攻めてみようか。
昨日のサキュバスクイーン戦で剣も少しガタが来ていることだし、予備の剣も欲しい。
それ以外の武器もいくつか手に入れておきたいし、着替えと、あわよくば浴槽にできそうなものが何かないか探してみるのも一興だ。
まあ、浴槽なんてそれこそ魔法でも使えばすぐにでもできるからそんなに気合入れて探すって必要もあるまい。
「ああそうそう、朝飯は一品追加してくれるってさ」
ざっくりと今日の予定と欲しいものを頭の中でまとめながら、一先ず食堂へと向かった。
◇ ◇ ◇
「先輩、こっちです……って、なんか顔、青くないですか?」
「おー、薫。昨日の酒がな」
予定通りギルドに来るなり薫に声をかけられた。
寝不足についてはとりあえず誤魔化しておく。
これくらいなら、体力的に一切問題ない。
「リノアとミリアも、おはよう」
『おはよう』
「おはようございます」
だからお酒はやめておきましょうって言ったじゃないですか、と小言を垂れ流す薫をスルーしながら朝の挨拶である。
ユニゾンする獣耳の二人の声にノエルの声が続く。
そんな俺たちの様子に、薫は疲れたように肩を落とした。
このくらいで疲れてたら冒険なんてのはできないぞ! なんて言ったら更に小言が追加されそうだ。
とりあえず、スルーで。
「んじゃ、『ルイーナの華』の場所聞くか」
「え、先輩居場所も知らずにパーティに誘おうとしてたんですか?」
「まあ見てろ」
ギルド内はピーク前に活気付き始めた直後といった具合だ。
この時間帯なら、ダンジョンに入れないような新人冒険者が多いだろう。
ダンジョンに入るような冒険者、要は探索者はもう少し遅い時間に一気になだれ込んでくる。
ダンジョンの入り口には弱い魔物しか居ないし、そんなものをわざわざ相手するくらいなら目的の深さまで団体さんで踏み荒らした方が都合が良い。
その辺りがピークが生まれる理由なんだろう。
なんてことを考察しながらマリエラさんが居るカウンターの列の後ろに並ぶ。
カウンター業務って、こう見ると結構いろんな種類があるもんだ。
改めて眺めて今更そんなことを思う。
ギルドカードの討伐履歴から討伐報酬を計算したり、持ち込まれた魔物の核やら素材を査定、買い取ったり、何なら依頼の内容を相談することだってできるし、当然採取依頼の出ている物品受け渡しなんてのもやっている。
護衛依頼の集合日時に場所の説明なんてのも当然のようにカウンターで処理している。
これは多分、冒険者の実力と依頼の難易度を比較して弾いたりなんてこともやっているんだろう。
ぼんやりと眺めながら考えていると、順番が回ってきた。
「マリエラさん、おはようございます」
「おはようございます。今日はどのようなご用向きですか?」
「術後の経過観察に『ルイーナの華』の所在を教えてもらいたいんですよ。それと、ギルドカードの、『記章』? でしたっけ、それの更新をお願いします」
「承りました。……冒険者の個人情報が含まれますので、奥の部屋でお伝えしましょう」
懐から取り出したギルドカードをマリエラさんに渡す。
「薫ー、三人も、奥行くぞ」
立ち上がったマリエラさんを追いかけながら、四人に手招きしながら声をかけた。
その間にマリエラさんもギルドカードの更新とカウンター業務を別の職員に引き継いでいた。
そつなく無駄なくクールビューティ、流石である。
「タクトォ、お前、やってくれたみたいじゃの」
「で、お前が出てくる訳か……」
マリエラさんに連れられて入った部屋には、当然のようにニーナが居た。
「『やってくれた』って何の話だよ」
「酒代! 主のおごりという話だったじゃろ?」
「馬鹿、割り勘だって何回も言ったぞ? ってかそれにしてもお前が飲んだ酒代より十分安いだろ」
俺の言葉に反論の糸口が見つからないのか、悔しげに歯噛みしながら睨みつけてくるロリババアことギルドマスターらしきニーナはどう見ても威厳やらそういうものは一切見当たらない。
これは、確かに普段ギルドの奥に押し込められているのも分からなくもない。
「くぅ……!! まあ良いわい、領主の、エルドの坊主から面会願いが来とるぞ。とりあえずお前の方は乗り気だと伝えておいた。会うつもりはあるんじゃろ?」
「ああ、そんなこと言ってたな。一番早くだといつくらいに会える?」
俺が目指しているのはあくまで『プル牧場』である。
そのためにはまず領主と面会しないことには話しにならないのだ。
向こうから申し出があるなら好都合である。
「一番早くなら、今日の夕方からじゃろうな」
「いくらなんでも早くねえかそれ」
「それだけ早く会いたいんじゃろう。時代が時代、場所が場所ならタイラント討伐なんぞ英雄モノの活躍じゃしの」
そんなもんかねえと呟きながら思わず遠くを見つめてしまった。
「……まあ、なら今日で良いや。どうせ貴族様はなんだかんだとよく分からん用事で忙しいんだろ? 次いつ予定が空いてるか分かんねーなら早い方が良い」
「そうじゃの。後で伝えておこう。昼過ぎには迎えの馬車でも寄越すじゃろう」
昼過ぎなら、あと五、六時間程度の時間はある。
その間に今日するつもりだったことも大体片付けることができるだろう。
「ああそうだ、行くのは俺だけで良いのか?」
「私も行きます」
ニーナに確認すると凄まじい勢いでノエルが割り込んできた。
おおう、ガンガン来るねえ。
「なんじゃ、結局弟子にしたのか? まあ付き人の一人二人くらいなら問題なかろう」
逆に、それ以上となるといろいろと面倒そうだと。
「薫、そんな感じで問題ないか?」
「多分、大丈夫でしょう」
二人ですら姦しいリノアとミリアという外野をとりあえず放置しながら話を進めることにした。
「じゃ、それで。でー、次は『ルイーナの華』の居場所か。どっかの宿にでも泊まってんのか?」
「恐らくクローディアは今日辺りギルドに来るじゃろう。来たらここに通すように職員には触れ回っとる。それを捕まえて本人に聞け」
「ん? なんで分かるんだ?」
「勘じゃ。ワシのはそう外れはせんぞ」
「勘かよ」
「主も似たような物は持っとるんじゃろう?」
「まあ、なあ」
それを言われると弱い。
部分的には、確かに外れる気が一切しない類のソレを俺も持ってる。
恐らくニーナのも似たような物なんだろう。
「んじゃ最後はギルドカード更新か」
そこでよくよく考えてみる。
「あれ、ギルドカードってパーティの申請とかしたら更新するよな?」
二度手間にならないか?
今更気付いた。
「構わん。というより、パーティ結成前の功績やらどうやらは早めに清算しといた方が無難じゃよ。どうせ今日はもう戦うなんてこともないんじゃろ?」
「戦闘になるような予定はないな。『ルイーナの華』と顔合わせして、連携やら立ち居地やら確認して、あと装備だとか雑貨だとか買って回るくらいしかないだろうし」
「なら構うことはない」
「そうだな」
ニーナの言葉になんとなく納得するのと同時である。
「お待たせしました。ギルドカードの更新が終わりました。それと、クローディアさんをお連れしました」
部屋に入ると同時に俺のギルドカードを見に行ったマリエラさんが入室しながらそんなことを言った。
「ほらの?」
「……ああ」
ニーナのドヤ顔に少しイラッとしながら、努めて平静に返す。
「タクトか? 何故こんな場所に連れて来られたのか説明して欲しいんだが」
久々に見たクローディアはダンジョンで一息付いていたときのように、ヘルムを外した完全防備だった。
そうじゃない、そうじゃないんだよ期待したのは……という言葉はとりあえず飲み込む。
「そこの四人とパーティを組むことになってな。前衛不足なパーティだから丁度良い前衛を探してたところなんだ。って訳で薫、後は頼むってニーナてめ、いきなりなにすんだよ」
薫に顔を向けた隙に、マリエラさんから受け取ったギルドカードを掠めていったニーナに文句を飛ばす。
……なにやらニーナのヤツ、人のギルドカードを観察しはじめやがった。
「『迷宮内救命章』に、おお、やっぱりあるか、『暴獣討伐章』に『準英雄章』」
そんなことを言いながら満足げに何度か頷いた後ニーナはギルドカードを返して来た。
「……すまない、今『暴獣討伐章』と聞こえたんだが、聞き違いだろうか?」
「んな訳ないじゃろ。『暴獣討伐章』で合っとる」
呆然と俺を見ながらなんとか、といった風に声を絞り出したクローディアにニーナが即答する。
暴獣ってのがアレか、タイラントのことか?
何がどうなっているか分からない、とでも言いたそうなクローディアの視線が刺さる。
とりあえず、ニーナにゲンコツを落としておいた。
「っッ~~!! 痛いじゃろ! いきなり何しよる!!」
「マリエラさん、個人情報、言ってた。お前、もうちょっと、考える」
わりと本気で睨みつけながら片言でニーナの抗議の声を潰す。
前の世界の漫画なら完全に『テヘっ』みたいな効果音が書かれそうな顔で返して来た。
……もう一発行っとくか?
グっと握り拳を作ると、ニーナは慌てて頭を庇いながら飛び退く。
その様子に溜飲を下げ、クローディアに向き直る。
「まあ、ちょっとタイラントを狩っただけだ。気にするな」
「ちょっと狩っただけってお前! それがどれだけの偉業か分かって言っているのか!?」
怒られちゃいました。てへぺろ。
◇ ◇ ◇
「まあそんな訳だ。とりあえずクローディア、諦めてウチの臨時パーティ入っとけ」
タイラントを倒したときのことやら、薫と会ってからのことを簡単に説明して勢いで押し込んでみる。
「私じゃ不釣合いすぎるような気がするが……私も臨時パーティを探していたところだし、お言葉に甘えさせてもらおうと思う」
色よい返事だ。
このままサーシャとエミリーも編入する勢いで既成事実を積み立てていく所存である。
その第一歩として、こちらの地盤を固めておくことにしよう。
「うっし、全員それで良いか?」
「まあ、はい」
「問題ありません」
「こっちも大丈夫よ」
「もちろん私も」
薫は、とりあえずお試しで、程度に考えていそうだ。
だが、邪魔はさせん。
とりあえず現状は『プル牧場』を拠点にすることを考えているのだ。
その土地と管理費、維持費は俺が押さえるとして、このパーティメンバーにも少しずつ牧場の仕事をしてもらい、ゆくゆくは牧場の従業員に全員クラスチェンジさせるという野望の一歩のためにも……!!
半分冗談、半分本気にそんなことを考えながら、パーティでの役割を話し合っている薫とクローディアを眺める。
「ああそうだ、ニーナ。このギルドって訓練所とかそういうのってあるのか?」
「あるぞ。使うのか?」
「ああ、頼めるか?」
「任せておけ」
俺の言葉に、ニーナはにいっとやけに男臭い笑みで答えた。
「おーし、んじゃそろそろ訓練所で実際に陣形組んでみるか」
今の状態で問題なんてのは出るはずがない。
とりあえず、方向性が決まれば一度やってみるのが正解だろう。
そんなことを考えながら、先導を任せたニーナの背を追って訓練所へと向かうことにした。
◇ ◇ ◇
「あいたっ!」
「いたたぁ!」
ある程度の柔らかさを持たせた土球がリノアとミリアの頭に直撃し、二人が間の抜けた悲鳴を上げた。
「リノアもミリアももうちょっと周りに気を向けるように。特にミリア、お前が戦闘中に不意打ち食らったら総崩れコースだぞ」
現在、俺はクローディアを含めたパーティ全員を相手取っての模擬戦中である。
……背後から向けられるギルドマスターの隙を伺う視線に晒されているせいで、一人余計に相手をしている気になってくるが。
そんなことは捨て置き弱い魔法を獣耳の二人にぶつけた後、クローディアと薫を相手取っての太刀まわりを演じる。
「薫、今のお前のスピードじゃ全部はカバーできねえよ。何でもしようとするな。できることだけやっとけ」
「うっ、くっ!!」
追加で浮かべた土球に気を取られた薫の不意を突いて蹴り飛ばしながら、ノエルが飛ばしてきた火球を避けてクローディアを射線の盾にした。
ノエルの魔法は、威力こそそれなりではあるものの発動が遅い。
それに応用力も足りていない。
さーて、どう教えたもんかなと考えながらクローディアが放つ斬撃を掻い潜り懐に張り付いた。
「くっ! 少し下がるぞ!!」
クローディアは、思っていたよりもそれなりに動いているというのが正直な感想である。
恐らく、剣技だけならマリエラさんと対等に打ち合える程度。
ただし、どうにも違和感があるのだ。
動きがぎこちなかったり、剣を持っての動作というには少し体の軸がブレていたりと。
動きも体捌きも反応も鋭いだけに、その不自然さが余計に浮き彫りになっている。
恐らくだが、剣はクローディアに向いていないんだろうと結論付けながらクローディアの鎧にそっと拳を宛がう。
クソっ、この鎧がなければ……!!
「ふっ!!」
気合を短く吐く息に乗せ、発勁。
寸勁と呼ばれる所作で、衝撃だけを鎧の中まで通すというアレを再現してみた。
とはいうものの、別にクローディアを再起不能にしようというのではない。
ほどほどに力を逃がし、雑念と共にクローディアを吹き飛ばした。
「ぐおっ!」
その悲鳴は年頃の娘さんとしてどうなんだろうと思いながら地面を転がるクローディアを見送り、未だ無傷のノエルに強めのデコピンと同時に言葉を放つ。
「ま、こんなもんだろ」
「いたっ!」
ぱしんと鳴り響く良い音を聞きながら、とりあえず模擬戦の終了を宣言した。
戦闘開始から約十分、良い出来だとは言い難い。
それぞれの弱点を探すのに五分、実力の振れ幅と体力量の確認に更に五分というところだ。
皆、最低限の体力はあるということが分かったのが最大の収穫と言えるだろう。
「本っ当に規格外じゃの、主は」
痛みに呻きながら立ち上がる六人を他所に、背後からニーナが声をかけてくる。
「似たようなことはあんたもできるだろ? ギルドマスター殿」
「止せ、ここまで鮮やかに全員伸すなんぞできん」
「止せってんなら隙探るのを止してくんねえかな」
非難を乗せた目で軽く睨むも、ロリババアはどこ吹く風であった。
溜息を吐き、とりあえず今し方叩きのめした六人の治療に向かおうとして……。
いや、この場合ミリアの治療の練習台にした方が良いかと思い直す。
「ミリア、戦闘中は相手も味方も動き回る。悠長に治療してる暇ってのはほとんどない。って訳で全員ミリアが治療して練習するように。まずはできるだけ早くってのを目標にしてくれ」
「普通、怪我したら一度退いて治療するんですけど」
ミリアの反論に、思わず漏れそうになった溜息を無理やり飲み込む。
そのレベルで意識改革していかないとダメなのか……?
僅かに力がなくなっているように見えるミリアの垂れ犬耳から目を離し、クローディアに目をやる。
「それで間に合わなかったらどうする……クローディア、サーシャはどうだった?」
「複数のパーティで合同の護衛依頼を受けたとき、それで一人死んでしまった冒険者がいてな……それ以降、サーシャは離れた相手でも即座に治療できるよう腕を磨いていた」
クローディアの言葉に頷き、視線をミリアに戻した。
ミリアの瞳が揺れている。
薫か、リノアか、とにかく身近な相手がそうなったときのことを想像したんだろう。
これは思ったより楽に済みそうだな、そんなことを考えながら言葉を投げかけた。
「だとさ。お前も手遅れになってから練習することにするか?」
「……分かりました」
棘のある言葉に、ミリアは複雑そうな表情をしながらも治療を始めた。
少し、フォローしておこうか。
「流石に今すぐにできるうようになれ、とは言わないぞ。今は俺が居るんだからそんなことになる前に俺が対処するし、もしそんなことになったとしても俺が絶対なんとかしてやる。でもな、俺が居ないときってのもこの先出てくるかもしれない。その時に頼れるのは自分だけだろ?」
「……そうですね」
「いつになっても良い。いつか俺の鼻を明かしてくれ」
「はい」
少しだけ力が戻ったミリアの犬耳に頷きを一つ。
……借り物の力だってのに、随分と偉そうなことを言うもんだなんて自嘲は胸にしまっておこう。
今はそんな物を見せる場面ではない。
俺もいつかはこの力を本当の意味で使いこなせるようにしないとな。そんな決意をなんとなく固めながらミリアの治療を受け終わった薫に目を向ける。
「薫、お前はできないことをやろうとしすぎだ。それで自滅するのは勝手だけどな、そうすると残りの五人が生き残る手段が減るってのは分かってるか?」
「すみません……」
薫とは同じ立場だからこそ、何となく分かる部分がある。
恐らく、そういう行動を取らせるような能力を薫は女神から貰っているんだろう。
酷使すればするほど成長するような能力なのか、単純に成長力を増幅させるような能力なのかまでは分からないが。
どちらにしても、初めから強いって俺みたいな能力ではなさそうだというのは確かだ。
初心者講習での話なんかを聞けば、成長系の能力か模倣系の能力なんだろうってことが推測できるくらいで。
……よくよく考えると、すっごい主人公っぽい能力かもしれない。
覚醒系の能力まで持ってるんなら交換して欲しいと思ってしまうくらいには。
まあ、そんなことは今はどうでもいいんだ、うん。
「お前が責任感強いヤツだってのは知ってるけどな、もうちょっと回りを頼った方が良い。何でもかんでもお前が、って必要はないんだ。俺だってできないこととか面倒なことはお前に頼ったり、よくするだろ?」
「はい」
これからも末永く迷惑をかけ続けたいと思う、という言葉は飲み込んでおこうと思う。
流石に愛想を尽かされかねない。
痛みは引いただろうに、未だに涙目で額を押さえるノエルを見る。
「ノエルは……正直いろいろと課題が多いな。直接教えてやるから、とりあえず一つずつクリアしていくことにしよう」
「はい……」
魔法使いとして見れば、ノエルはかなり未熟だ。
薫が防御に使った魔法と見比べると、断然薫の方が達者だと言える程度には。
本音を言えば、『マジか。マジか……』と言いたいレベル。
実践投入は向こう数年見合わせたいと思う程度の出来だ。
まあ、そこは師匠である俺の腕の見せ所なんだろう……気が重くて仕方ない。
気を取り直し、立ち上がって鎧の様子を何度も確かめているクローディアを見る。
「クローディアは……そうだな、もっと強くなりたいってんなら武器を替えた方が良い。そうじゃないなら言うことは何もないかな。流石四年間冒険者を続けてるだけあるよ」
「しかし年下のタクトにも軽くあしらわれる始末だ。無理な世辞は必要ない」
ありゃ、皮肉に取られたか?
そういうつもりは一切ないんだけどな。
「タクトは規格外じゃよ、比べるのが間違っておる。クローディア、主は冒険者として見れば十分一人前と言えるだけの技量を既に持っておる」
ニーナからフォローが入った。
流石ギルドマスター、年季と説得力が違うよね!
「が、タクトよ。今更武器を替えるというのは厳しいと思うぞ?」
そう、それが問題なんだよな……。
武器が合ってないってのは見れば分かる。
でも、武器ってのは自分の命を預ける物だ。
そう易々と慣れ親しんだ武器から乗り換えるってのは並みの度胸じゃできないことだろう。
しかも、恐らく本人が無自覚な辺り余計に。
「だろうなぁ。クローディアの動きがさ、どっちかって言うと格闘向きの動きなんだよ。多分、これから先剣を磨いてもこれ以上強くなるってことはほとんどないと思う。つっても今のままでも十分だろうから、どうするかはクローディアに任せるけどな」
「格闘?」
俺の言葉に思わず、といった様子で聞き返してくるクローディア。
頷きを返して言葉を続ける。
「最後に見せた技、あるだろ? 素手だとか、篭手だとかでああいうの使いながら戦うんだよ」
「あの技か……」
言いながら、クローディアはついと鎧を撫でる。
「どういう技だったんだ? 凄い衝撃を感じたが、鎧が壊れているということもない」
「『衝撃』、まさにソレだよ。外側が堅い相手の内部に衝撃を通す技だ。本気でやれば内側から爆散、なんてこともできるぞ」
指を鳴らしてクローディアに指を向けながら言ってみた。
まあ、内部から破壊! なんてことは人間相手には絶対にやらないけどな!!
どう考えてもスプラッタな未来しか見えないし、返り血とかそういうレベルじゃないのが避けきれないから。
もし使うなら、大型の甲殻類相手ってところだろう。
「そうか……私にも、できるだろうか?」
「やる気があるなら教えるさ」
内側から壊す、ってのにやる気が出たんだろうか? なんて猟奇的な発想を急いで打ち消す。
間違いなく、自分の体で受けてみたからこそその威力を理解してのことだろう。
長物には相応の利点があるが、それで自分の長所を潰す程かはその当人によりけりというところだ。
クローディアの場合、そんな小さな利点より長所を伸ばした方が確実に強くなる。
前の世界なら、間違いなく長い方が有利なんだけどな。
しかしこの世界には、なんと言っても魔力とスキルがある。
なんなら剣閃を飛ばして飛び道具の利点を潰すなんてことすらできてしまう。
まあ、それなりに才能のあるヤツがそれなりの時間を費やしてようやく辿り付ける境地ではあるんだけど。
極論を言ってしまえば、極めに極めた武術の前に武器や防具というものは無力な世界なのだ。
実際俺の体とか、並の全身鎧より余程撃たれ強いと自覚できてしまうくらいだ。
クローディアもそこまで鍛えて、是非とも鎧を脱いで欲しいなんて本音は隠しておくのが無難だろう。
「分かった。頼めるか?」
「もちろん」
クローディアのやる気に満ちた返事を聞き、最後にリノアへと向き直る。
「リノア、さっきも言ったけど、戦闘中でも周囲への警戒は怠らないように。これはミリアも同じだな。このパーティの編成から言って、不意打ちを防ぐのはリノアの役割だ。それと、不意打ちを受けると一番マズいのがミリアだ」
「具体的にはどうすれば良いの?」
口を尖らせてリノアが突っかかってくる。
口で言っても実践はできまい、そうは思うもののここで突き放すってのは違うというものだ。
特に、リノアとミリアは昨日会ったばかりでそれほど親しい訳でもない。
まずは、信用を得る必要がある。
信用にもいろんな形があるだろうが、ここではアドバイザーとしての立ち位置を確立したいと思う。
「そうだな……まずは敵を見ないことかな。目に入れないんじゃなくて、焦点はそこには合わせないってことだ。視線は周囲に、敵は視界の端に捉える。言ってすぐできるようなことじゃないけど、少しずつでも慣れていって欲しい」
リノアもミリアも、ピンと来ていないような顔である。
所在無さそうに揺れているリノアの尻尾を思わず目で追いそうになるが、それは視界の端で堪能する。
つまりは、そういうことなのだ。
「ぼんやりと全体を見るってイメージなんだけど、やっぱ難しいか」
目は口ほどに物を言う。
対人戦では、正直なところ必須の技能だ。
これができなければ、一定以上の強さを持った相手には良いようにあしらわれることになってしまう。
どれだけ攻撃が早かろうが、どれだけ力が強かろうが、だ。
これは実は、戦闘中はヘルムを装着しているクローディアにもできていなかったりする。
むしろできているのは薫くらいだ。
俺が目でフェイントを入れまくっていたのを見て学んだんだろう。
ただし、リノアには俺にも薫にもない感覚がある。
あの猫耳、やっぱり猫みたいに動くんだよな。
となると、それぞれの耳で別方向の音を拾うこともできるんだろう。
残念ながら俺にはその感覚が分からない。
下手なアドバイスができないというのは、少し歯がゆいような気がする。
だからこそ、俺が教えられる目の使い方というものを先に教えることにしよう。
「まあ、行く行くは、ってことで」
「……分かったわ」
「善処します」
二人の返事を聞きながら、陣形と連携の様子を思い返す。
まだ位置取りが甘いだとか、連携の間が開きすぎているだとか細かい部分はあるが、結成初日のパーティとしては及第点と言えるだろう。
初日から目を見張る連携、なんてのは、一部の行くところまで行き着いた司令官とそれなりに熟達した武芸者を集めない限りそうありえる話ではないのだ。
そこは、これから磨いていけばいい。
「明日から軽く狩りに出て感触を掴もう。って訳で、後は装備やら備品を買い漁りに行こう!」
散々扱き下ろしたのだ。
ここいらで一つ機嫌を取りに行こうじゃないか。
このパーティでの男性陣は俺と薫の二人だけ、女性陣を敵に回すと非戦闘時に圧倒的な戦力の差が生まれてしまう。
だからこそ、お楽しみは後でというこのスケジューリング。
自画自賛だが、アフターフォローも万全の完璧なスケジュールではなかろうか。
異世界だろうがなんだろうが、女の子なら買い物って好きだろ?
祐次が言ってた。
「備品、ですか?」
「着替えとか野営用品だとか、まあ、いろいろだ」
「着替えなんて買うお金ないわよ」
呆れたようなリノアの声色に、とりあえず不適な笑みを返しておく。
「ククク、今日は俺が出すさ。精々気に入った服を買うが良い!!」
でも買ったらちゃんと着てよね!
なんて言葉を飲み込みながら鷹揚に頷く。
そう、可愛い女の子はもうそれだけで着飾るべきなんだよ!!
オレ、可愛い女の子見れて満足、女の子、可愛い服着れて満足。
ウィンウィン関係というヤツだ。
だから、買った服はちゃんと着てくれないと泣いてしまう。
男泣きである。
男気が空回りしてむせび泣くという意味で。
「……良いの?」
「私は一向に構わん!」
ミリアの確かめるようなその言葉に、キリッ、と音がしそうなほどに顔を引き締めて腹の底からそんな声を出してみる。
そんなことよりさあ行こう、早く行こう、すぐに行こう!
当然そんなことが言えるはずもなく、呆れ顔の薫に先導してもらって訓練所をあとにした。




