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歌姫の銃弾《バレット》  作者: 栗紀直哉
第一部 歌姫と呼ばれた少女
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第四話

作戦本部として使われた廃屋の屋上。撤退の準備をする兵士たちを見下ろすモトムラ大佐の背中を見つめながら、カサイは思い返していた。


歌姫の歌う姿、戦場に満ちた悲鳴と叫び声、仲間達の恐怖にひきつった顔、荘厳なオーケストラの調べ、抑えようとしても恐怖に震えてしまう自身の体。


そこにカサイの知る戦場は無かった。



「いやぁ~、今回の作戦も無事に済んで良かったねぇ。君たちの出番はほぼ無かったようだが、まあこの先もよろしく頼むよ」



作戦の成功が嬉しいのか、モトムラ大佐の口調は心なしかいつもより軽やかだった。



「我が軍が受けた損害は微々たるものだったようだし、歌姫には感謝しなくてはね」

「……モトムラ大佐」

「ん?」



振り返ったモトムラ大佐は口元に控えめな微笑を浮かべてはいたが、その眼には一切の喜びも、浮かれも感じ取れなかった。それはわずかに出た自軍の死傷者への追悼の意思ゆえなのか、他に思惑があったのかカサイには読み取ることは出来なかった。



「歌姫は…一体『何』なのですか?」

「ほう、『何者』では無く『何』と聞くか」



モトムラ大佐は鼻で笑うと、眼を細めてカサイを見据えた。



「あれを体験してしまっては、仕方の無いことでしょう。あんなもの、人間のなせる業ではありません」

「まあ、そうだね。起きた現象はもはや奇跡。しかし、彼女は人間だよ。」



モトムラ大佐はカサイから視線を逸らさずに、ゆっくりと歩きながら話し続ける。



「胸か頭を撃たれれば即死……いや、あの体格だ。どこを撃たれても死の危険にひんするだろう…君や私と同じ人間だ。撃たれれば死ぬ、ちっぽけな存在だよ」

「私の歌声は、戦場にあの地獄のような狂気をもたらすことは出来ません」

「その代わり、君は銃を手に取り敵軍に死をもたらすじゃないか」



モトムラ大佐はカサイの腰元に携帯している拳銃に視線を落とす。

カサイもつられて拳銃を見る。黒光りするそれは、いつもカサイにある種の安心感をもたらしてくれるものだった。これが自らの身を守ってくれ、ときには自らの望みを叶えてくれた。手足の様に動く、手足を越えた力を持つ存在。


それが今では、ただの鉄の塊にしか見えない。

戦場に立った歌姫から感じた、体が震えるような畏怖の念、跪きたくなるような神々しさを思う。


自分にとって拳銃こそが畏怖の対象だった。自分が、そして他人が平等に持てるこの力は、ただただ恐ろしく、頼もしかった。しかし、腰元に感じていたどっしりとした重量感は消え失せ、こうして目で確認しなければ持っていたことさえ忘れてしまいそうになるほどに、拳銃に対して持っていた信頼は薄れてしまっている。



「そして私は、兵士を使って同じようなことをやっているだけだ。手段こそ違えど、我々がしている行動に大した差異などない」



そう言うと、モトムラ大佐はカサイに背を向けてそれきり黙ってしまった。

どうやら歌姫に関して何かを話すつもりは無いらしい。



話をはぐらかされてしまったカサイは仕方なくその場を後にしようとした。



「歌姫について知りたければ、本人から聞くのが一番手っ取り早いんじゃないかね?」



カサイに背を向けたまま、モトムラ大佐は静かに言葉を続ける。



「だが覚悟しておいた方がいい。アレは君の手におえるようなモノじゃない。君は今回の作戦が終わればそれきり彼女に関わらなくて済む立ち位置にいるんだ。深く知らないでいるのもアリだよ?」



モトムラ大佐の言葉には先程までの軽やかさは無く、淡々と突きつけられる言葉はカサイに事の大きさを感じさせた。



「それとも、関わらなければならない何かがあるのかな?カサイ少尉?」

「いえ、そういう訳ではありません」

「…まあ好奇心を持つのはわからないでもない。けれどね、彼女が引き起こす不幸と狂気に巻き込まれてはいけないよ?」

「…肝に銘じておきます」



それきりモトムラ大佐は口をつぐんだまま、戦闘終了後の街を見下ろしていた。




隊舎へと向かう車には、カサイと運転手を務める下級兵の二人だけだった。

歌姫は戦闘終了後すぐに隊舎へと戻っていったはずだ。というのも歌姫は消耗が激しく、安全が確保された場所で休ませる必要があったからだ。


身辺の警護、及び部隊の指揮はコトハ伍長に任せ、カサイはモトムラ大佐に状況の報告をするために動いた。ついでに歌姫について探りを入れるつもりだったが、あの様子ではモトムラ大佐からは何も得られないだろうし、これ以上下手なことをして勘ぐられるのも望ましくない。


すっかり日が落ちて寂しげに映る街並みを眺めながら、カサイはモトムラ大佐の貼ってつけたような笑顔と彼について調べた情報を思い返していた。


モトムラ大佐、軍に入隊したのは今から28年前のちょうど20歳のとき。父、祖父ともに軍に入隊しており、代々軍にその身を捧ぐことを良しとした名家だ。

中佐にまで上り詰め、数多くの戦果を挙げた祖父に比べ、父は戦の才が無かったようでモトムラ大佐が23歳のころには当時起きていた、北部にあった小国との小競り合いレベルの戦闘で命を落としている。


それ以降、モトムラ大佐は北部の小国との戦場に身を置き続けた。この期間が彼の出世の妨げになったと言われている。彼がその戦場にこだわった理由については噂はあれど、真相は謎のままだと言える。


初めはカサイも噂で流れていたように父親の敵討かと思ったが、会ってみてそれは有りえないと分かった。彼は間違っても肉親や友人との情で動くような人間では無い。彼が動くのはあくまで自分自身のためだろう。


そして32歳のころから、彼の行動についての情報は曖昧になる。噂によれば、国の指示で極秘裏に活動していたとも言われているがそれも疑わしいものだ。そして彼が38歳になったとき、この戦争が始まった。


戦争が始まってからのモトムラ大佐の活躍は凄まじいものだった。戦局を見通す力は祖父譲りだったのだろう。彼が関わる戦闘はほとんどが勝利を収め、あちらこちらの戦場でその手腕をいかんなく発揮していった。


そして現在は歌姫に関わる作戦の総責任者として、戦場を駆け回っている。

そう、順当にいけば戦場とは無縁の立場のままでいられたはずなのにだ。



いつの間にか窓の外は戦闘地域だった寂しげな街から、隊舎のある都市へとその景色を変えていた。夕食時なのだろう。家路を急ぐ人で街は賑やかだった。



「ここで降ろしてくれ」

「え?隊舎までは少し距離がありますが?」

「構わん、君は先に戻っていてくれ」



はあ、と困惑する下級兵を残して車を降りた。



「ああ、俺がここで降りたことは黙っておいてもらえるか?あまり人に知られたくないんだ」

「え?」


カサイが数枚の札を握らせると、下級兵は納得した表情で一つ頷き、車を発進させた。



一般人を装ったコートを羽織り、肌寒い秋の街を歩きながらカサイの思考はモトムラ大佐の過去へと飛ぶ。


モトムラ大佐はいつから歌姫に関わる案件を任されたのか、そもそも歌姫の存在をいつ知ったのか。


なぜ出世を犠牲にしてまで北部での戦闘に執着したのか、なぜ軍内部の情報では32歳前後の情報が曖昧になっているのか。


彼には今、何が見えているのか。


歌姫に関してはこれから自ら調べていくとして、モトムラ大佐に関する情報は外部の手を借りる必要があった。


目当ての酒場の前で足を止める。

今日目の当たりにした、歌姫が戦場で歌う姿とモトムラ大佐の背中が浮かんでくる。


この二人がこの戦争の鍵を握っている。根拠は無くともカサイには確信があった。


コートの前をしっかりと合わせ直し、カサイは夜の酒場へと消えていった。

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