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歌姫の銃弾《バレット》  作者: 栗紀直哉
第一部 歌姫と呼ばれた少女
3/5

第二話

「カサイ少尉だったっけか?ツイてなかったな、あんなお嬢様の護衛の責任者になっちまうとは」


目的地である第十一戦闘地域に向かうため、軍用トラックの荷台に乗せられたカサイを待っていたのは仲間からの同情の声だった。


モトムラ大佐から作戦とその詳細が伝えられた後に、部隊は二つに分けられて別々のトラックに乗せられた。歌姫の乗る軍用車を挟んで前のトラックにカサイ、ミヤマを含む五人が、後ろのトラックに残りの五人が乗り込んだ。歌姫の出陣先は五日後の第十一戦闘地域だ。


「まあ、護衛をさせられるっていう点に関しては俺たちは同じツイてない同士だ。よろしく頼むよ」


話しかけてきたのは短髪で眼光の鋭い、歌姫の『レアル』という名前に食い付いた兵士だった。


「…あなたは…もしかしてサカシタ軍曹か?」

「俺のことを知ってくれているとは光栄だ。以前会ったことが?」

「いや、噂を聞いたことがあるだけだ」

「噂だけでよく分かったな!それだけ俺が有名だってことか!?」


がっはっは、と豪快に笑う様はその勇ましい体格によく合っていた。

サカシタ軍曹。三十歳後半のベテランだ。実力や実績、年齢を考えれば自分より上の階級であってもおかしくは無い。


噂によればサカシタ軍曹にも昇進の誘い、辞令は数多くあったそうだ。だが彼は「自分は頭がよくないから、分隊の規模が能力を発揮出来る限界だ。それ以上の規模では迷惑をかけてしまう」と、ことごとく断ってきたらしい。


しかし、兵士の間でサカシタ軍曹が昇進を断る理由についてこんな噂が流れていた。


『サカシタ軍曹は人を殺すことに憑りつかれている。彼は上に目を付けられにくい地位で欲望のままに戦闘と殺戮を楽しみたいから、今の地位に甘んじているのだ』と


確かにサカシタの風貌からはそんな連想が浮かばない訳では無かった。

引き締まった肉体に高い身長。眼光は鋭く、笑顔を浮かべても眼だけは笑っていない。顔や腕回りには戦闘で受けたであろう傷が目立つ。恐らく衣服の下にも無数の傷跡が走っているのだろう。だが、戦場を生き抜いてきた兵士にとっては特別なことではない。


「アンタが噂の狂人か」


冷たく言い放ったのは、隅の方で腕組みをして座っていた女兵士だった。

髪は短く、一見すると少年、いや美少年と言えそうな女だった。

カサイの後ろにいたミヤマが驚きの声をあげる。


「コトハ伍長だ!」

「知っているのか?」


カサイの覚えている限りでは、コトハという名前すら聞いたことが無かった。


「知らない?若干二十一歳にして伍長の地位につき、いくつも武功を挙げてる。何よりもそのクールな性格と美貌が兵士たちの話題になってるんだよ」

「戦争中でも男の考えることは変わらんものだな」


二人が話している間にサカシタはコトハの目の前に立ち、見下ろしながら悠然と話し出した。


「陰で狂人と呼ばれているのは知っていたが、面と向かってそれを言われるとはなぁ」

「事実じゃないか。アンタの戦い方を見たことあるが、あれは普通の人間の戦い方じゃない。死にたがりの戦い方だ」


コトハの吐き捨てるような発言に合わせてサカシタが不気味な笑みを浮かべる。


「違う違う、死にたがりの戦い方じゃあない」

「なんだと?」

「殺したがりの戦い方さ」


サカシタの楽しそうに話す様子、その両目に宿る光には言いようのない迫力を感じた。いくつもの死線を狂気を携えながら越えてきた、人の命をより多く奪ってきたという自負がこの男の中に満ちている。


「くだらない、狂人ということには変わりないじゃないか」

「そうだな、しかし戦場とはそういう場所だと俺は思うがね。見た目の美しさでは身を守れないんだよ?コトハ伍長?」

「…なんだと?」


二人の間に不穏な空気が流れる。ミヤマは後ろで慌てるばかりで頼りにならない。残ったもう一人の兵士はうつむいてぶつぶつと何か独り言をつぶやくばかりで、ミヤマ以上に頼りにならない。


どうしてこんな男がこのメンバーの中に入っているのか不思議なくらいだ。


「ミヤマ、あの男について何か知ってるか?」

「え?いや、知らないなぁ。自己紹介もろくにしないまま移動したからね」

「そうか、お前なら知ってるかと思ったんだが」

「僕のことを情報通か何かだと思ってるの?」


違うのか?とカサイが答えようとしたとき、サカシタとコトハの口論が一際激しくなった。


「こんなんで歌姫を守れるのかねぇ」


ミヤマの心配そうなつぶやきは、二人の口論にかき消された。




「まったく、冗談じゃないよ」


コトハ カナデは溜め込んだ怒りを愚痴に込めて吐き出した。

ただでさえ今回の辞令には納得出来てないのに、このうえ戦場で背中を任せるのがあんな連中だなんて考えただけで恐ろしい。


護衛隊に、正確に言えば歌姫のために用意された宿舎は広く、電灯の少ない廊下は外の闇に押しつぶされたように薄暗かった。


「そもそもなんで私があんな男に呼び出されなきゃならないのよ!」


不機嫌なままに食堂で、夕食の不味いシチューをかき込んでいたときだ。アイツが悠々と近づいてきて話しかけてきた。


「コトハ伍長、話があるので食後に会議室に来るように」

「…はい」


カサイ少尉。その高い指揮能力と冷静な性格を買われて分隊長に抜擢された男。


自分よりも地位が高いのだから呼び出されるのは仕方のない話なのだが、今ひとつ気に食わない。


あの男の冷静さは合わないのだ。自分に似たものを見出してしまうからだろうか。


多分それだけではない。あの男の仏頂面を見ていると、何を考えているのか、何を楽しみに生きているのかが分からない。


モトムラ大佐も考えていることは分からなかったが、少なくとも自らの昇進のために生きている。カサイは行動の拠り所が見えない。それが不気味で信用が出来ないのだ。


だだっ広い会議室には長机と椅子が並び、無人の空間特有の冷たさが肌をピリピリさせる。

カサイは会議室の奥の方の席に座り、兵士と何やら話をしていた。


カサイが兵士に何か手渡すと、兵士は敬礼をして部屋を出て行った。去り際に自分にも敬礼をしてきたから、恐らく身分の低い兵士がお使いでも頼まれたのだろう。


自信は無いが、一瞬だけ目に入ったアレは手紙だったと思う。


「お呼びでしょうかカサイ少尉」と形だけの敬礼をする。


「わざわざ呼び出してすまなかったね」

「いえ、しかし呼び出されたのは私だけですか?他の者は?」


部屋を見回しても寒々とした空間が広がっているばかりだ。


「他の者はいない。用があったのは君だけだからな。それにあまり大っぴらにする話でも無かった」


カサイは資料を漁りながら淡々と話を続ける。どうやらこの部隊のメンバーについての資料のようだ。


「聞きたいのは一つだけだ。ニイダ上等兵を知ってるな?」

「は?」

「資料によると君とニイダ上等兵は何度か戦場で同じ作戦に参加しているそうだが」

「はい、過去二度の作戦で共に行動しましたが…それが何か?」

「彼について知っていることを教えて欲しい」

「はぁ、しかしこれと言って話すようなことは…久しぶりの再会でしたが、以前と変わった様子はありませんでした。相変わらずブツブツと暗いやつですけど、話してみるといいやつですよ」


カサイはニイダの資料に目を通したまま何か考え込んでるようだった。

ニイダに何かあったのだろうか、今日トラックで乗り合わせたときに挨拶程度に言葉を交わしたが、特に問題はなさそうだった。個人的にはサカシタの方がよっぽど問題があると思うが…。


「そうか、ならいいんだ」

「まさか用件はこれだけですか?」

「そんな訳無いだろう。本題はこっちだ」


カサイはわずかに口角を上げて笑った。

一度気に食わないと思ってしまうと、笑い方まで気になってしまう。


「歌姫の身辺警護についてだ。君を副隊長に任命し、緊急時に部隊を分裂させる際には君にもう片方の部隊の指揮を頼みたい。大佐からは許可を頂いている」

「命令ならば当然受け入れますが…」

「なら話は以上だ。手間を取らせたね」


カサイは、これで話は終わりと言わんばかりに資料にまた目を戻してしまった。


これぐらいの用だったらわざわざ会議室にまで呼び出さなくても良かったじゃないか。

扉に向かいながら腑に落ちない感情が湧き上がってくる。なんだ、カサイが自室に呼び出さなかったのは私が女だからゆえの配慮なのか?「俺は気が利くだろ?」ってことか?


扉に手をかけたとき、背後からカサイが声をかけてきた。


「一つ、聞いておきたいんだが、歌姫の効力についてはどう思ってる?」

「…兵士の心の支えとしては良い作戦だと思います。けど、それだけです。私は私のために戦っておりますので」


返事を待たずに扉を後ろ手に閉めた。


今日は疲れた。早く部屋に戻って休みたい。

五日後には戦場に立っていなくてはならない。負けることは許されない。


ガラスに映ったその顔は、覚悟を決めた戦士の顔だった。

カサイが自分を呼び出した意味など、考えている暇は無いのだ。


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