集まる視線②
真中くんは教室の後ろで、掲示板に貼られているプリントの画鋲を取っては突き刺しを繰り返している。
そして僕が近づくと、いきなり僕の肩に手を回して言った。
「俺達は同類だ」
…………は?
言葉の意味を図りかね、真中くんを見る。
彼は何故か自信満々な顔をしていた。
それとは対称的に怪訝な顔をしている僕を気にも止めず、真中くんは言葉を続ける。
「だからさ」
「うん」
「大橋に嫌がらせしようぜ」
「………ん!?」
分からない…。
いったい彼の思考回路はどうなっているのか…。
「えーと、なんで?」
とりあえず尋ねてみる。
「ええええ!!??」
何故か、めちゃくちゃ驚く真中くん。
その驚き方は、こんな当然で常識的なことに何でそんなトンチンカンな質問をぶつけるんだコイツは、と言わんばかりである。
あれ?
僕がおかしいんのか?
「何でってお前、そんなん決まってんじゃん」
「はぁ」
「大橋が羨ましいからだよ」
「…羨ましいから嫌がらせをする?」
なんか変じゃないか?
「羨ましいって思ったとき、なんかイライラしねぇ?チヤホヤされてる奴に対しても、そいつに嫉妬する自分に対しても」
「あぁ、なるほど」
そっか、そういうことか。
それなら分からないこともないな。
「え!?まさか、お前嫌がらせしないの!?」
「…しないよ」
「マジで!?何で何で何で!?逆に何で!?」
「何でって言われても…」
「嫌がらせしないんだったらお前どうすんの!?」
「どう…って。何もしないよ」
「はあ!?」
「羨ましいときは、ただ何となく羨ましいなぁって思うだけ」
そう言ったら。
真中くんは悲しそうな顔をした。
本当に、心から悲しそうな顔をした。
なんでだろう。
「お前、間違ってるよ。何にもしないのは絶対良くない」
「え?」
「誰かに羨ましいって感情を持ったとき、人は何かしらの行動を起こしてその気持ちを消化しなきゃならないんだ」
「…消化」
「そう。その対象に憎まれ口たたいたり、そこらへんの女子のように周りでキャーキャー言って盛り上がったり。そうしたら、感情は一気に盛り上がるけどすぐに落ち着く」
「………」
「だけど、それができない奴がたまにいる。それが俺でありお前だよ。そういう奴は陰から嫌がらせをするべきなんだ」
「なんで、僕もそういう人間だと分かるの?」
「そんなん見れば分かる。遠くからヒーロー見てるだけの奴は大概そうさ」
妙に説得力のある話だった。
僕が大橋くんに対して羨ましさを感じたのは確かだ。
自分の気持ちを消化するために嫌がらせをする、か。
「うーん。だけど、俺と緒川ちょっと違うな。だってお前見たとき、俺びっくりしたもん」
「何で?」
「お前、軽く微笑んでたからさ。大橋が友達であっても、羨ましい感情だってあるはずなのに、笑ってて」
真中くんは真顔で。
真剣に、真面目に。
本音を言う。
「正直気持ちが悪かった」
「…はは、そっか」
「だーかーらー!笑うなって!そこ笑うとこじゃねーし!」
「はは、うん。そう、なんだけどね、はははっ」
なんだか愉快だった。
そっかぁ。
この世の中にはいろんな人がいるんだなぁ。
いろんな考えがあって。
いろんな思いがあって。
どれが正解とか関係ない。
嫌がらせは悪いこと。
そんなことは真中くんにだって当然分かってる。
だけど、それは。
消化するために必要なことだと。
自分を保つために大切なことだと。
彼は主張する。
僕から見たら、真中くんは意味不明な人物で。
真中くんから見たら、僕は理解不能な人物で。
彼のこの話を聞いて納得したところで、僕は羨ましいという感情をスルーして微笑むことを止めないだろうし、僕が嫌がらせをするなと言ったところで、彼は嫌がらせを止めることはないだろう。
だけど、どこかしら繋がっていたりもする。
「なるほどなるほど。嫌がらせかぁ。悪くないね。いや、悪いことだけど悪くない」
「お!ようやく分かってくれたか!」
「うん。だけど根本的な問題を考えてみた。何故、羨ましいと思ってしまうのか。さぁ何故だと思う?」
「そりゃあ、アレだろ。注目されてるからだろ」
「そうだよね。何故注目された人間を羨ましく思ってしまうのか。答えは、僕らが誰にも注目されていないからだ!」
そう、それが僕らの共通点。
誰にも注目されないという虚しさ。
「…あぁ、うん。そうだよな…。うん、そうなんだけど…、言ってて悲しくならねぇ…?」
「しかーし!」
「何だよそのテンション」
「真中くん、君は試合中一つの儚い視線に気付かなかったのかい?」
「………なんだとっ?」
「実は真中くんを見つめていた女の子がいたんだよ」
「いやいやいや!嘘だろ!信じねーぞ!だって俺補欠だしぃー!背ぇ低いしぃー!」
明らかにテンション上がってきた真中くんだった。
「ホントだって。僕、顔面にボール当たって安静にしていたときあったじゃん?その時、全体を見てたんだよ。多分、増山さん。あの、三つ編みの。真中くんを見つめてたの確かに見たよ」
「オイオイオイオイ。マジか!えー増山って!えーマジで!?俺を!?アレか?真中ぁー頑張ってぇーみたいな?普段大きい声出さないけど、つい出しちゃったみたいな!?」
「え!?あ…うん。そんな感じかな多分」
見てたのは確かだけど…。
応援してたかどうかは分かんないし、そもそも真中くんだけを見ていたかは計り知れないし、僕がちょうど視線を見たときに増山さんは偶然真中くんを見ただけかもだけど…。
……………。
増山さん…ごめん…。
彼の嫌がらせを阻止するためとはいえ、ヤバいことをしてしまったかもしれない。
真中くんはずっと早口で何かをっていうかおそらく妄想を喋り続けている。
「あー確かにちょうど俺が華麗にパスしたとき、びびっと何か感じたわ。アレはあーゆーアレか。あーなるほどなるほど。おーけー分かった。というわけで緒川!」
「はい!?」
増山さんに対して懺悔をしてたら、いきなり名前を呼ばれてびくっとする。
「俺、一人の女だけのヒーローになるわ」
あー…うん。
増山さん本当にすみません。
「そもそもね、あんな一瞬だけのヒーローになったところで、どーなるんだって感じ。やっぱ一人だけでいいからずっとそいつのためにヒーローで居続ける、それが男の在り方なんじゃねぇの?」
「…はぁ」
「ま、今回は増山のために嫌がらせすんの止めとくわ」
「そっか」
結果オーライ…なのか…?
悶々と悩んでいると、何を勘違いしたのか真中くんが僕の肩に手を置いて励ましてきた。
「なんていうかさ、緒川を見ていた女子だってきっといると思うぜ」
「そうかな」
「絶対そう」
「うん、ありがとう」
そう言いつつ、それは無いなとなんとなく思った。
心の底からそう思ったし、別にそれでもいいと本気で思った。
視線が繋がる瞬間が見えるだけで…僕は、本当に…。
「もやもやしたら、何かしろよ。それだけは、ちゃんとしろ」
マジ顔でそう言ったあと、真中くんは微笑んで、席に戻っていった。
…スキップしてたな、真中くん。
僕も席につく。
隣には、ぐったりと机に伏せている大橋くん。
僕は、大橋くんの右肩をポンポンとたたく。
「ん…」
大橋くんは身体を起こし、右側を向く。
ぷに。
僕の人差し指が、彼のほっぺに刺さった。
なぜなら、人差し指を立てて彼の肩に手を置いたからだ。
一時停止。
そして、大橋くんが疑問を口にする。
「…え。何」
「嫌がらせ」
「嫌がらせ?」
「ちょっと羨ましかったから」
そう言うと、大橋くんは笑った。
僕も笑った。
「そっか。スッキリした?」
「うーん、どうかな」
よく分からなかった。
だけど、悪くない気分だ。
新キャラ真中くん。
人とは少し違う視点から物事を見てます。しかし本人はその自覚はない。
常に直球で正直、そしてまっすぐな良い奴ではあるけれど、ただ凄くアホです。
道が逸れても全力疾走。
憎めないアホです。




