鼓動がきこえる
竜人類掃討作戦に移った新人類たちと、竜人類の交戦が始まってしまう。そこでキクトがとった行動とは?
「キクト……、私から絶対に離れないで」
セリの声はわずかに震えていた。キクトは混乱の最中にあった。
B―4612の様子が急に変わったのだ。しかし、心のどこかで漠然と理解する。あの無機質な目には見覚えがあった。初めてDedと会ったときに見たものだ。
「セリさん、申し訳ありません。竜人類を……、あなたを排除することになってしまいました」
B―4612がいくらか悲しそうな声でそう告げた瞬間、セリは目を吊り上げて叫んだ。
「だと思ったよ!」
叫びながらセリは右手を大きく外側に向けて払い除ける。同時に明るい緑色の光の壁がB―4612を掠める。
しかし、B―4612は少し当たった瞬間にすぐに後ろへ飛び退き、その反動で一気にこちらに距離を詰める。
セリはまた両手を前に伸ばして光の壁を生成する。鱗のような輝きを持つシールドが、セリとキクトを守る。B―4612は持っていた長い棒状の武器をシールドに向かって振り下ろした。
バチバチバチッ!
激しい音とともにセリの身体が感電したように弾んだ。
「っ!?」
セリは顔を苦痛に歪めた。一瞬シールドが薄くなる。
その瞬間、B―4612はその隙をついて左手から先の尖った槍を五月雨式に突いた。セリは三発ほど腹部にそれを食らったところで、すぐにシールドを再生させた。
一瞬だった。シールドが槍を突いていたB―4612の全身に直撃した。強い音が鳴る。仰け反るようにしてB―4612は後方へ吹っ飛ばされていく。しかし、そのまま一回転したかと思うと手を地面についてすぐに後方へ跳ね上がり、その勢いを再び切り返してこちらへ距離を詰める反動に使う。セリは瞬時に振り向くと、キクトを抱えて木の影に回り込んだ。バキバキと木が倒れる音がする。B―4612がやったのだ。
キクトは息をするのさえ忘れ、また自分を纏う空気が変質するのを味わう。
(なにが、……なんで? なんで……)
「うう……」
セリは呻くとその場に崩れ落ちた。槍で突かれた腹部から大量に血が出ている。キクトはそれを見て我に返ったように立ち上がり、叫んだ。
「やめろ!」
両手を広げてセリの前に立つ。その瞬間、目の前に槍の先が見えた。B―4612は構えていた槍をキクトの顔の横に寸でのところで横に逸らした。が、ギリギリでキクトの頬を掠めてしまう。息が止まる。頬が熱い。ぬるぬるとした液体が頬を伝っているのがわかる。キクトは自分の膝が笑っていることに気が付いた。
B―4612は、一度動きを止めた。無感情な瞳のままだ。
「……キクトさん、どうかそこを退いてください。私には竜人類を殲滅し、あなたを安全に街に連れて帰るという任務があります」
「い、嫌だ。退かない。どうして、そんな急に……」
「恒星会の命令です」
「だから、なんで…… 竜人類と協力すべきだって、共生するって、フォウさんも言っていたじゃないか……」
「ラヴィッジの脅威が去ったので、竜人類との協力体制はもう不要だとでも考えたのでしょう」
「そんなのおかしいよ、どうしてそうなるんだよ、なんで争わなきゃいけないんだよ!」
キクトは声が枯れんばかりに叫ぶ。B―4612は表情を動かさずに告げる。
「キクトさん、我々はリスクの芽を摘もうとしているだけです」
「新人類は、争うことしか、能がないのか……」
キクトは怒りのあまり声が震えた。強く、燃え上がるような激しい憤り。
「任務遂行のためには、多少の武力行使も必要だということです。歴史が暴力によって成り立っているというのはあなたもご存知でしょう」
「暴論だ……セリさんを殺すと言うなら、僕もいっしょに死ぬ」
「それは困ります」
キクトの言葉に、B―4612は本当に困ったというような顔をした。濃い眉毛が八の字になっている。キクトはB―4612から目を離さずにしゃがみ込み、セリの肩を抱いた。セリは腕を組むようにして腹部を押さえているが、両腕の隙間から血が流れ出ていた。目を強く瞑っている。キクトは自分の手も震えていることに気が付く。
「約束が違う。……僕は、こんなの、絶対に許さない」
その言葉に、B―4612は目を細めて悲しそうな顔をした。
「キクトさん……。生きていれば、辛いこと、苦しいこと、思い通りにいかないことがたくさんあります。そのすべてを人生から除外し続けることはできません。人が人と生きていく限りは、どうしようもないこともあるのです。折り合いをつけることも大切です」
「そんなの、ただの詭弁だ」
「いえ、これは真理です。我々はあなた方旧人類のより良き未来へ続く道を選択します。今のあなたにとってはつらい選択であっても、すべて必要なことだったといずれきっとわかります」
「無実の人々を殺すことが、真理だって……? それが僕らのより良き未来に必要なのか。こんな、こんなことをしなきゃ得られない未来なんて、……僕はいらない、いらないよ」
キクトは涙ながらに訴えた。B―4612は少し瞳を揺らしたように思えたが、すぐに「そうですか」とだけ言ってこちらに向かってきた。反射的に目を瞑り、セリを庇うようにして抱き締める。
「!」
鈍い音が響く。火花が飛び散ったかと思うと、B―4612の首がこちらに飛んできた。キクトは悲鳴を上げた。
腕の中で苦しんでいたセリが一瞬でその手の先から硬く鋭い剣のようなものを出し、B―4612の首元に当てたのだ。その勢いのまま、彼の首は文字通り捥げてこちらに転がってきた。身体は首を失い、地面に勢いよく倒れ込んだ。セリが出したのは剣ではない。自身の細胞を一瞬で鋭い線状に放出したのだ。物凄い集中力と技術だ。
セリはB―4612の首を見て、苦しげな表情のままにやりと笑った。
「……はは、は……。ざまーみろ、なんてね。……やられちゃった。キクト、大丈夫?」
「僕は大丈夫だけど、セリさんの傷が……」
キクトの声にセリは力なく笑う。腹部から流れ出る血は、勢いが止まらない。キクトはセリの患部を片手で押さえ、止血を試みた。セリは痛みに喘いだ。手に傷口の感触が伝わる。血がどくどくと溢れているのを感じる。
「結構、まずいね、キムもいないし。……キクト、街に行って。こうなった以上、本部でフォウに掛け合うしかないよ。多分、恒星会がDedに命令したんだね。このタイミングで竜人類を排除することにしたんだ。……多分、リードリールはもうやられてる。他の集落もきっと例外じゃない。……でも、今ならまだ間に合うかもしれない。……キクト、本部に行ってフォウや恒星会を止めて。それしかない。……キクトしか、もうこの戦争を止められない」
戦争。その言葉はキクトの胸に深く暗い影を落とした。これは、戦争なのだろうか。どうしてこんなことになってしまったのだろう。自分の選択が間違っていたのだろうか。
涙を流すキクトの頬をセリは血塗れの手で拭いながら、つらそうに呻いた。
「はは、泣かないで……」
そう言うセリも、痛みのせいか目に涙が溜まっている。キクトはどうすればよいかわからない。
「ね、私、初めて会った日に言ったよね。……三つの人類が一緒に暮らせていたらって……、それは叶わなかったけど、三つの人類で一緒に同じ方向を向いてさ、一緒に戦えて嬉しかったよ。……不謹慎、だよね。クリーチャーだって、ラヴィッジの被害者で、ずっと苦しんでるのに、さ……」
セリは言いながら、寂しそうに笑った。
「どうして、こんなことになっちゃったんだろうね。みんなそれぞれ、生まれたから、一生懸命、生きているだけなのに……」
槍の当たり所が悪かったのだろうか。セリは何度か噎せた。内臓がやられたのか、血の色がどす黒い。血が、止まらない。気づくと、口の端からも血が垂れている。
「私、これまで、クリーチャーをたくさん殺したよ。……だからこれは、その報いなんだ。贖う時が来たんだと思う」
「そんなこと……」
「……ねえキクト、会えてよかったよ。キクトが来なかったら、私はきっと世界のことを何も知らずに、ただいたずらに戦いに明け暮れる日々を送るだけだった。……そりゃ、楽しくなかったわけじゃないけど、どこかモヤモヤしたままだった。だから、これで良かったんだよ。キクト、絶対に、自分を責めないで……」
セリはキクトの頬をそっと撫でた。そして眉間に皺を寄せ、困ったような、苦しそうな、複雑な表情で呟く。
「……B―4612には、悪いこと……しちゃったなぁ。彼も生まれたから、彼なりに生きていた、だけだから……」
呼吸が荒くなっている。キクトは無力感に圧し潰されそうになる。
「こんなことって……」
「……キクト、私は大丈夫だから、早くB―4612の円盤で本部に行って。フォウに掛け合って、止めてもらうの。恒星会から命令を下さないとDedは止まらない」
そう言われても、すぐには動けない。セリを置いて一人で行くなど、できるはずがなかった。
「セリさんも一緒に行こう。まだ、傷の手当は間に合う」
「ううん、私はいいんだよ。もうね、細胞を放出し過ぎて、力が残ってない」
言われてみれば、セリはどこか細くなったように感じる。
「……僕が、運ぶから」
言葉を絞り出す。
「だめ、間に合わなくなる。それに私といたら、他のDedにも襲われる」
「でも……」
「……ねえ、さっきB―4612が言っていたことは本当だよ。生きていれば、辛いこと、苦しいこと、思い通りにいかないことはたくさんある。生きている限り、どうしようもないことって、やっぱりあるよ……」
セリは寂しそうに笑うだけだ。
キクトはこの悲しさにどう向き合えばいいかわからなかった。どうすべきかもわからない。ただ無力感だけが押し寄せてくる。
頭上で音がしたかと思い見上げると、複数のDedがこちらを窺っているのがわかった。セリは最後の力を振り絞って起き上がると、先ほどまで乗っていた円盤を手に取ってキクトに渡した。キクトは反射的に受け取った。
「……セリさん」
「キクト、リアンを信じてくれてありがとう」
そう言った瞬間、頭上から二人のDedが槍状のものをこちらに向けて直下してきた。セリは瞬時に頭上にバリアを張り、声の限り叫んだ。
「行って!」
セリは大きく手を払う。そして手の先から一メートルほどのところに明るい緑色や紫色にうねるシールドを張り、その外側にキクトを押しやった。
シールドに弾かれるようにしてキクトの身体が浮き上がる。その勢いで円盤が作動し、キクトはそれにしがみつくようにして上空へと舞った。
離れていく地面。折れた木の根元に寄りかかるセリ。
キクトは叫びながら手を伸ばしたが、もう届かなかった。落ちないように円盤に掴まりながら、羽切山の上空へと飛ばされていく。空には黒雲が立ち込め、雨が降り始めていた。涙なのか、雨なのか、もはや区別がつかない。キクトは己の無力さと悲しさに歯を食いしばった。二人のDedがセリに向かって木々の間に沈んでいくのが見えた。
もう、セリは助からない。
キクトは自分でも驚くほど冷静にそれを理解していた。声も、言葉も、何も生まれないのに、心の中は嵐のように吹き荒れている。それだけがわかる。それしか、掴めない。
礼を言われる筋合いなどないはずだった。自分の選んだことで、またひとつ、命が消えるのだから。
どうして。どうして、こうなってしまう。
どうして、こんな思いをしなければならない。
誰が望んだ。こんなことを、一体だれが。
キクトは思っても仕方のないことばかりが心に浮かんでくるのを、ただ恨めしく思った。
バランスが取れてきて安定した飛行ができるようになった時には、もう街が見えていた。街はいつも通りの姿でそこに佇んでいるように見えた。しかし、街の中はおそらくパニックになっているだろう。何せ地響きやサイレン、呻き声や遠くに見える黒い龍の影など、恐ろしいことが同時に起きているのだ。父や母も、自分の不在を心配しているに違いない。
街の外側にあるひときわ大きい恒星会の本部の周囲には、待機を任せられたDedが多く巡回していた。
キクトはそれらを見つめながら、浅い呼吸を繰り返した。
※
Dedたちは飛んでくるキクトを見て瞬時に構えたが、乗っているのがキクトだとわかるとすぐにフォウの許へ連れて行った。
キクトは心の方向性が入り乱れているまま、再びあの講堂のような部屋にたどり着いた。部屋は薄暗いが、窓の方に目を向けると窓いっぱいに羽切山の様子が窺える。ラヴィッジによって山の抉れている部分が赤茶色の岩肌を見せており、山は痛々しい姿をしている。雨はだんだんと激しくなっているようで、どこからともなく雷まで聞こえてくるようだ。
キクトはただ一人、部屋の真ん中に立っている。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、今は雨音しか聞こえない。ざあざあと降りしきる雨。あれは、何か悪い夢だったのではないかと思うほどに。
「キクトさん、あなたの竜人類を庇おうとする気持ちは称賛されるに値します」
どこからともなくフォウが現れてすぐにそう言った。こちらは血や泥で赤黒く染まった酷い出で立ちなのに対し、銀色の髪が腰元まで綺麗に伸ばされ、美しい純白のワンピースを優美に身に纏うフォウの姿はあまりに対照的で無性に苛立った。全てに対する言い得ない怒り。形容しがたい憤り。キクトは声が震えないよう努めるが、やはり震えてしまう。
「ふ、ふざけないでください……。嘘ばっかりじゃないか。何が、何が三種の人類は協力すべき、だ……」
「嘘ではありません。事実、協力してラヴィッジを殺すことができたではないですか」
心外だとでも言うようにフォウは告げた。キクトは自分の中に渦巻く憤りの輪郭を掴めないままだ。ぶるぶると震える手を握りしめて、どうにか言葉を紡ぎ出す。
「……どうして、竜人類を排除するなんて。もう、絶対に戻れない。もう、共生の道は完全に閉ざされてしまった……」
嘆くキクトに、フォウはゆっくりと首を振る。
「いいえ、キクトさん。もともと旧人類及び新人類に、竜人類との共生の道という選択肢はあり得ないのです。落ち着いてください。あなたは今、酷い混乱状態にあります」
「当たり前でしょ……。さっき、僕を庇った人が目の前で死んだんだ。僕のせいで、人が死んだんだ……!」
キクトは自分の背骨が燃えているような錯覚を起こす。
「フォウさん、今すぐ竜人類への攻撃をやめさせてください。Dedを止めてください!」
キクトは叫んだ。身体中のすべてが思考することを拒んでいる。頭が痛い。先ほどB―4612にやられた頬の傷が、今になってじんじんと痛んでいる。少し乾いた血が、叫んだ時にパリっと剝がれたのがわかった。血の匂いが鼻孔を刺激している。
「残念ですが、もう遅いのです。すべては決まっていたことです。あなたが街にいるとわかってから、この状況を利用しない手はありませんでした。ラヴィッジの脅威はもちろんですが、竜人類が世界から消えて初めて、人類の抱える脅威は完全に去ったと言い切れるのです」
「どうして、恒星会はそんな選択を……!」
「キクトさんは、なぜ竜人類にあれほどの能力が備わっているとお思いですか。また、なぜその呼び名が『竜人類』という名なのか、考えたことはありますか」
キクトはハッとして口を噤んだ。それを見たフォウは銀色の長く柔らかい睫毛を伏せた。
「思い当たる節はいくつかあるけれど、それらは線としてはつながらない……そんな感じでしょうか。キクトさん、あなたには今後の人類を背負っていただきたいと考えています。あなたはすべてを知る必要があります。今から少し、お話しましょう」
フォウは有無を言わさぬ口調でそう告げた。キクトは全身の力が抜けていくのを感じた。
「先に結論から申し上げます。おそらく、竜人類の起源はラヴィッジです」
キクトは耳を両手で覆った。力強く覆って、その場でうずくまる。逃げ出したい気持ちが身体の芯を貫いて、自分を真っ黒に照らしているようだ。
もう、何も聞きたくない。知ることを心が拒んでいる。
キクトは頭を抱えたが、目の前に映る景色は決して変わってくれなかった。




