持続可能魔力 第二話
目が覚めたとき、最初に分かったのは“静かすぎる”ことだった。
馬車の揺れはない。代わりに、石の冷たさが背中に伝わっている。
天井は低い。白くも黒くもない、くすんだ灰色。光はどこからか差しているが、灯りは見えない。
起き上がろうとして、手首の重さに気づく。
鉄の枷。
短い鎖で床に繋がれている。
「……起きたか」
声。
視線を向けると、向かいの壁際に同じように繋がれた奴がいた。歳は俺より少し上か。痩せていて、目だけがやけに鋭い。
「ここ、どこだ」
「収容棟。下層」
あっさり返ってくる。
「名前は」
「……別にいいだろ」
「そうか」
興味なさそうにそいつは視線を外した。
しばらく沈黙。
やがて、遠くで足音がした。
重い扉が開く音。
規則的な靴音が近づく。
自然と背筋が固くなる。
鉄格子の向こうに、白い外套の男が現れた。
鎧じゃない。役人とも違う。無駄のない動きで、こちらを一瞥する。
「新規二名。状態確認を行う」
感情のない声。
隣の奴が、小さく舌打ちした。
「検査だ」
短く言う。
男が鍵を開ける。鎖が外される。
「立て」
言われるまま立つ。足が少しふらつく。
抵抗はしない。しても無駄だと分かっている。
廊下に出ると、同じような部屋が並んでいた。中には人影。目が合うと、すぐに逸らされる。
連れていかれた先は、広い部屋だった。
床に円が刻まれている。細かい線が幾重にも重なり、見ただけで頭が痛くなる。
「円の中へ」
従う。
足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
重い。
呼吸が、わずかに引っかかる。
「魔力量測定、適性分類、抽出耐性の確認を行う」
男が淡々と告げる。
抽出。
その言葉だけ、耳に残る。
「力を解放しろ」
「……どうやって」
「意識を向けろ。抑えるな」
一瞬、父の顔が浮かぶ。
“外ではやるな。絶対だ”
その言葉を、無視する。
目を閉じる。
内側に沈む。
いつも抑えていた“それ”に触れる。
次の瞬間――
弾けた。
空気が震える。円の線が淡く光る。
床が、低く唸るように響いた。
「……上だな」
男が呟く。
声が、わずかに変わった。初めて感情が混じる。
「分類、第一群。供給効率、高」
供給。
やはりその言葉が出る。
「次、耐性」
別の装置が持ち込まれる。円の外に細い柱が立てられ、その先端がこちらに向けられる。
「動くな」
直後、身体の奥を“何か”が引き剥がされる感覚。
痛みじゃない。
違う。
削られる。
内側から、少しずつ削り取られていく。
息が詰まる。
膝が揺れる。
だが倒れない。
「……維持」
男が低く言う。
視界が白く滲む。
それでも、踏みとどまる。
やがて、感覚が止まる。
「耐性、中上。連続運用可」
記録を取る音。
それで終わりだった。
力が抜け、その場に崩れ落ちる。
「搬送」
誰かに腕を掴まれる。
引きずられるように、部屋を出る。
廊下の天井が、やけに遠く見えた。
戻された部屋で、床に投げられる。
しばらく動けなかった。
呼吸だけが、やけに大きく響く。
「……どうだった」
向かいの奴が言う。
答える気力がない。
「初回でそれなら、長くは持つな」
「……何が」
やっと絞り出す。
そいつは少しだけ笑った。
「ここはな、“発電所”だ」
言葉の意味が、ゆっくりと沈んでくる。
「俺たちは燃料。使われて、減って、終わり」
淡々とした口調。
慣れている。
「逃げるやつもいるが、無理だ。上は全部見てる」
「上?」
「ああ。中枢。皇帝様のとこだよ」
皇帝。
あの馬車で聞いた言葉が繋がる。
「全部、そこに流れてる」
そいつは天井を顎で指した。
厚い石の向こう。
見えない場所。
だが、確実にある。
目を閉じる。
さっき削られた感覚が、まだ残っている。
あれが、続く。
繰り返される。
尽きるまで。
「……壊せると思うか」
気づけば口に出ていた。
そいつは少しだけ目を細める。
「無理だな」
即答。
間がない。
「ここにいる限りは」
だが、そこで一度区切った。
視線が、こちらに戻る。
「外に出られたら、話は別だ」
静かな声。
嘘ではない。
ただ、それがどれだけ無理かも分かる。
鉄の枷。
分厚い壁。
感情のない連中。
逃げ場はない。
それでも。
目を開ける。
天井を見る。
見えない“上”を想像する。
そこに、全部が集まっている。
なら。
壊す場所は一つでいい。
小さく息を吐く。
「……出る」
呟く。
そいつは何も言わなかった。
ただ、わずかに口の端を上げた。




