持続可能魔力 第一話
火は使うな。
それが、この家の決まりだった。
鍋の中の水が、音もなく温まっていく。薪も火打石も使っていない。ただ、じっと意識を向けるだけでいい。だが気を抜けば一気に沸騰する。
「まだか」
背後から父の声。
「もう少し」
鍋の縁がわずかに震え、細かい泡が浮く。
「……いい。そこまでで止めろ」
ぴたりと熱を止める。水面は静まり返った。
父は無言で鍋を見つめる。その目は、出来を確かめているというより、何かを恐れているようだった。
「外ではやるな。絶対だ」
「分かってる」
「分かってないから言ってる」
いつもより強い口調だった。
「いいか、これは――」
言いかけて、父は口を閉じる。言葉を飲み込む癖がある。
代わりに、低く言った。
「見つかれば終わりだ」
理由は知っている。
魔法は便利な力じゃない。資源だ。
外から馬の足音が聞こえた。
父の肩がわずかに揺れる。
「……来たな」
呟きはほとんど息だった。
父は戸口へ向かい、外を一瞬だけ確認して、すぐに扉を閉める。
その動きが妙に速い。
「家にいろ」
「見てくるだけ――」
「ダメだ」
間髪入れずに遮られる。
「絶対に出るな。声も出すな。息を潜めてろ」
そこまで言ってから、父は一瞬だけ迷うように視線を泳がせた。
そして、静かに付け足す。
「……頼む」
その一言だけ、やけに弱かった。
俺は何も言えず、奥へ下がる。
だが扉の隙間から目を離せなかった。
帝国の紋章を掲げた馬車。鎧を着た役人。
魔法管理局。
村の連中が集められている。誰も騒がない。騒げない。
「定期徴用だ。該当者は前へ」
感情のない声。
しばらくして、女が子供の手を引いて前に出た。俺と同じくらいの歳だ。
子供は泣いている。母親は泣いていない。
「お願いします、せめて――」
「規定だ」
切り捨てられる。
子供が引き離される。腕を掴まれ、無理やり馬車へ。
誰も止めない。
胸の奥がざわつく。
息が浅くなる。
やめろ、と自分に言い聞かせる。
その瞬間。
空気が歪んだ。
窓際の水差しに霜が走る。
しまった、と思ったときには遅い。
「……今の、誰だ」
役人の声。
足音が近づく。
扉が開く。
視線が、突き刺さる。
「こいつか」
身体が動かない。
逃げろ、と頭では分かっているのに。
そのとき――
衝撃。
視界が揺れる。
父の手だった。
何が起きたか理解する前に、床に倒れていた。
「……こいつです」
父の声。
「最近、様子がおかしくて」
違う、と言おうとして声が出ない。
父の靴が視界に入る。
わずかに震えていた。
「検査すれば分かります」
役人が言う。
「ええ、構いません」
父は即答した。
間がなさすぎる。
その速さが、不自然だった。
視界の端で、父と目が合う。
怒りも、悲しみもない。
ただ、押し殺した顔。
そして、ほんのわずかに顎を引いた。
謝罪でも、合図でもない。
“これしかない”という顔だった。
意識が沈む。
――気がつくと、揺れていた。
暗い箱の中。手首が縄で縛られている。
馬車だ。
向かいには、さっきの子供。目が腫れている。
外から声が聞こえる。
「今回の補充で、しばらくは保つな」
「ああ。陛下の維持も安定する」
維持。
何の話だ。
「前回は消費が激しかったからな」
「無尽とはいえ、元は人だ。限界はある」
言葉が、噛み合う。
人。
消費。
維持。
胸の奥が冷える。
向かいの子供が小さく泣く。
怖いのは当然だ。
なのに涙は出ない。
代わりに、別の感情が浮かぶ。
あいつはどうなる。
さっき連れていかれた、あの子は。
「……なあ」
隣の役人に声をかける。
「俺たち、どこに行くんだ」
返事はない。
もう一度。
「何に使われるんだ」
少しの沈黙。
役人が見下ろす。
「資源だ」
それだけ。
それで十分だった。
この世界の仕組みは、もう分かった。
逃げ場はない。
だったら――
拳を握る。
どうやって壊すかだけ、考えればいい。




