第3話
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美形エルフが、興味深そうな顔で鍋の傍へと身を屈めた。
膝をついて、目を閉じる。
すん、と静かに香りを吸い込んだ瞬間——その整った顔が、ふわりと緩んだ。
眉根のわずかな力が抜けて、唇の端がほんの少し上がる。
「‥‥‥凄く良い香り」
ハハ、照れるな——って、照れてる場合じゃない。
そうだ。この鍋。
さっき魔物が倒れた時、ちょうど煮えてたやつ。
匂いで倒れたかどうかは正直わからない。
でも‥‥可能性はゼロじゃない。
あの巨体を沈めた(かもしれない)スープを、目の前のエルフに飲ませて——大丈夫か!?
いや、ダメだ!
「ダメです! これは‥!」
俺は慌てて荷物を引っ掻き回し、鍋蓋を引っ張り出してガチャンと被せた。
それに美形エルフが、小首を傾げる。
「あら。君の非常食?」
「エルミーナ、何やってるんだ!」
先頭にいた冒険者が大股で歩み寄り、エルミーナさんの左肩をガシッと掴んだ。
鎧の手甲が鈍い音を立てる。
「確かにその鍋からは良い香りがしてたが‥っ、素性もわからん奴の飯を——」
「ふふ」
エルミーナさんは、その美貌をふわりと笑顔で彩らせた。
艶やかで、でもどこか悪戯っぽい笑み。
マックさんの言葉が、うっ、と一瞬止まった。
俺も、つられて見惚れる。
「一口くらいなら大丈夫でしょ? マックも一口もらったら?」
「いや、しかし‥っ」
マックさんは言葉に詰まる。
そうですよねー。
俺も知らない人のご飯は怖い。
何が入ってるかわからない。
「あ、一応、中身は薬草と干し肉です。でも‥」
さっきこの香りで魔物が倒れたかもしれないので——そう続けようとした瞬間。
カチャ。
エルミーナさんの細い指が、鍋の蓋を持ち上げた。
「え」
「薬草と干し肉なら安全でしょ?」
鍋からふわりと湯気が立ち上る。
湯気の向こうで、エルミーナさんの翡翠色の瞳がきらりと光った。
「一口だけ、ね?」
「ちょっ——」
この美形エルフ、食いしん坊なのか!?
止める間もなく、お玉をすくってコク、と飲むエルミーナさん。
一口。
また一口。
「……」
冒険者達も俺も、誰も声が出なかった。
エルミーナさんは一口と言わず、三口、四口と飲み続けた。
周囲の視線など意に介さず、ただ静かに、丁寧に。まるで上等なワインを味わうみたいに。
そして、お玉の中のスープが空になると——ゆっくりと顔を上げた。
そして、目を細めて、長い息を吐く。
「何て言う美味しさかしら‥」
ほう、とため息をつくその横顔が、夕暮れの木漏れ日の中で妙に絵になっていた。
と、何かに気づいたように、エルミーナさんは肩をゆっくりと回し始めた。次に腕を伸ばして、握って、開いて——。
「なにか……体が軽いわ?」
「は?」
心配そうに見守っていたマックさんが、ぴたりと固まった。
「すっごく軽い。疲れが……全部抜けてるみたい」
そう言いながら、エルミーナさんはその場でぴょんと小さくジャンプする。
信じられないものを確かめるように、一回、二回、三回。
金色の髪が跳ねるたびにふわりと舞い上がる。
「……え、なにそれ怖い」
思わず俺が呟くと——
「怖いのはこっちだ!!」
マックさんが叫んだ。
「回復薬でも全疲労回復なんて効果ありえないぞ!? お前、何を入れた!?」
「だから、薬草と干し肉‥‥」
「嘘つけ!!」
……なんで嘘つく必要があるんだよ。
「これくらい、誰でも作れるんじゃないの?」
俺が不思議そうに首傾げると、冒険者達全員の顔が驚きに固まった。
エルミーナさんが目を丸くしてこちらを見る。
マックさんは口を開けたまま固まっている。
少し離れた場所に立っていたローブ姿の老人が、杖を取り落としそうになってよろめいた。
「……できるわけあるか!」
老人が震える声で絞り出した。
皺だらけの手が、杖をぎゅっと握り直す。
「疲労がここまで一息で抜けるなど、ありえん……!」
「……そうなの?」
いや、そんなの知らないし。
気まずい沈黙の中、俺は鍋を見た。まだ残っている。
「……とりあえず、みんな飲む?」
「「「頼む!!」」」
全員が食い気味に揃えて叫んだ。
鳥がまた数羽、驚いて飛び立つ。
……そんなに?
鍋に群がる冒険者達を眺めながら、俺はまた首を傾げた。
俺の作った鍋、極々普通の鍋なんだけどな。
元のパーティメンバー達にも、味は褒められた事はある。
でも疲労が回復したとか、そんな話は一度も聞いた事がない。
うん。多分、エルミーナさんがよほど疲れてたんだろう。
「うまかった。ありがとう」
マックさんが、俺の肩に両手をどんと乗せ、爽やかな笑顔を向けてきた。
「ところで君の名前を教えてくれるかい?」
「あ、ユウです」
「ハッハッハッ、良い名だ。改めて自己紹介しよう」
マックさんは振り返り、仲間を順番に示した。
「まだ鍋の傍でもぐもぐしてるのがエルミーナ」
見ると、エルミーナさんはお玉を片手に、幸せそうな顔でまだ飲み続けていた。さっきより頬がほんのり赤い気がする。
「鍋の中身を皮で包んで持ち帰ろうとしてるのが魔法使いのジャーニ」
老魔法使いが、ちらりとこちらを見て小さく咳払いをした。気まずそうに。
「倒れてる魔物を調べてるのがレンジャーのトリポトスだ」
暗がりの中、無言で魔物に向かう小柄な人影がいた。
濃い人ばかりのパーティだな‥。
「で、だ。ユウ。見たところ武器も装備も何もない。こんな森の深い場所は危険だぞ」
「え?でも俺、これまで薬草採りで深い場所に入っても全然平気でしたよ?」
「……何!? 平気だった?」
マックさんが、ぴたりと動きを止めた。
「一度も襲われなかったのか?」
「え?はい。たまに魔物は見かけましたけど、なんか……近寄ってこない事が多くて」
その瞬間——鍋を抱えていた魔法使いジャーニさんの手が止まった。
鍋をじっと見つめたまま、顎髭をゆっくりと撫でる。そして唇が微かに動く。
「全疲労回復‥‥魔物‥‥瘴気‥‥」
ちょっ、こわいよ! ジャーニさん!




