第1話
初投稿です。
拙過ぎる文章ですが、楽しんで頂けると嬉しいです。
「お前は、もういらねぇ。出てけや」
パーティーリーダーのその一言が、夕暮れの野営地に静かに落ちた。
……いやいやいや、ちょっと待て。
一瞬、耳がおかしくなったのかと思った。
今、なんて言われた?
出てけ??
「え? なんで?」
思わず聞き返すと、リーダーは鼻先で笑って、腕を組んだ。
侮蔑を込めた視線が俺の頭のてっぺんから爪先までを一舐めする。
「お前は戦えないだろ。ただの雑用係なんて、うちにはもう必要ないんだよ」
へ?
いや、雑用係って戦わなくて良いんだよね?
サポートする為の職業だよね!?
リーダーは何か言いたげな俺を見、見下すように笑った。
「普通、雑用係ってのは、最低でも自分の身は自分で守るんだ。だが、お前はただ俺達に守られるだけの役立たずだったじゃねぇか」
なるほど。
……うん、確かに俺は前線で戦ったことはない。剣を抜いたこともなければ、防御魔法だって使えない。
でもだからって——
「いきなり追放はひどくない!?」
思わず声が出た。
焚き火の傍らに放置されたままの鍋が目に入る。今朝、夜明け前から仕込んだスープだ。洗い物も、全員分の装備の手入れも、昨日の探索で泥まみれになった外套を叩いたのも、全部俺だった。
「ハッ、てめぇの代わりはいくらでもいるんだよ」
リーダーはそう言い切って、背を向けた。それ以上の言葉はなかった。
……そうか‥。
俺はどの雑用係よりも役立たずだったんだな‥。
虚しさと悔しさが胸の中に去来する。
しかし、いつまでもここに居ても邪魔になるだけだ。
俺は、とぼとぼと街の外縁キャンプ地を去った。
俺の名前はユウ。
先程までAランクパーティの一員だった、雑用係だ。
歩いて街に帰って来た俺は深くため息を付く。
荷物一つ抱えてひとりになった俺。
手の中には、わずかな銅貨。
行く当ては、特にない。
残照が山際に沈んでいくのを眺めながら、俺は沈んだ気持ちのまま地面に腰を下ろした。
胸の奥が、重い。
悔しいのか、情けないのか、自分でもよくわからない。
でも立ち止まっていても腹は減るし、夜は来る。
「……追い出されたのはもう仕方無いよな。さて、どうしようか」
俺は顔を上げ空を見上げる。
とりあえず近くの森に入ってみるか。
この時期なら薬草の一つや二つ、食材くらいはなんとかなるだろう。
——そう思ったのが、運の尽きだった。
森に足を踏み入れ30分後、空気が変わった。
鳥の声が止む。
風も、止んだ。
俺は周りを見回す。
「なんだ?」
こんなに静かな森、体験した事が無い。
背中に、ひやりと冷たいものが走った。
と、木々の隙間から差し込んでいた光が、何かに遮られ、辺りが暗くなる。
「……え?」
振り仰いだ先にいたのは、明らかにヤバいやつだった。
木だ——と、最初は思った。
巨大な、古い木。苔の絨毯をまとった幹が、うねるように天へと伸びている。
でも違った。
それは動いていた。
太い根が地面を割って持ち上がり、枝がゆっくりと広がる。樹皮の割れ目が裂けるように開いて——そこから、橙色の光を持つ二つの眼がこちらを見据えた。
森そのものが、目を覚ましたみたいだった。
腐った木の香りと、何か甘ったるい瘴気が、鼻の奥に張り付く。
足元に伸びる根の一本が、じわりじわりと俺の方へ這い寄っていた。
……どう見ても、初心者が出会っていい相手じゃない。
「いやいやいやいや待て待て待て」
反射的に俺は後ずさった。
と、踵が露出した根に引っかかる。体が傾く。
「うわぁっ!」
ドスンッと尻餅を付く。
やられる!!
俺は顔の前で腕を交差させ、目をきつく閉じた。
‥‥‥
‥‥‥‥
‥‥‥?
何も、衝撃が来ない‥?
薄目を開け、交差させた腕の隙間から、魔物を見ると魔物は動きを止めていた。
橙の眼が、じっとこちらを見ている。
敵意とも好奇とも取れない、ただの視線。
‥‥?
……え、なに? なんで動かないんだ?
橙の眼が、じっとこちらを見ている。
俺も、交差した腕の合間から、恐る恐る見返す。
が、不気味な巨体の圧迫感に恐怖が更に大きくなる。
……襲ってこなくても今のうちに逃げなきゃ、とは思う。思うんだけど、尻が地面に根を張ったみたいに動かない。
それに突然動き出して、殺されるかもしれない‥!
動け!尻!!
恐怖で体が震える中、俺は自分の体を叱咤する。
でも魔物は——動かない。
一秒。
五秒。
十秒。
殺されると思っていたのに、何も起きない。
その「何も起きない」という事実が、かえって不気味で、怖い。
でも同時に、ずっと張り詰めていた何かが、少しずつ緩んでいった。
……なんで動かないんだ?
恐怖の輪郭が、ぼんやりしてくる。
そのとき。
ぐぅ〜〜……。
……静寂の中に、間抜けな音が響いた。
俺の腹だった。
「…………」
橙の眼が、微動だにしない。
「…………」
俺も、動けない。
数秒の沈黙の後——なぜか、笑いそうになった。
今にも死ぬかもしれない状況で、腹が減っている。体というのはつくづく正直で、間抜けで、どうしようもない。泣くに泣けない可笑しさが、胸の奥でじわっと広がった。
そういえば。
追放騒ぎで、朝から何も食べていない。
(……まあ、いいか。)
どうせ今日は最悪の日だ。パーティーを追い出されて、行く当てもなくて、気づいたら化け物と森で向かい合っている。これ以上悪くなりようが、たぶんない。
恐怖が、いつの間にか「怖がるのも疲れた」に変わっていた。
それに、こいつはずっと動かない。
怖いはずなのに、目の前のそれが、ただ腹を空かせてこちらを見ているようにも思えてしまった。
「あー……とりあえず、ご飯いる?」
気づいたら口から出ていた。
自分でも何を言っているんだとは思う。でも手は既に荷物を漁っていて、鍋を引っ張り出していて、薬草を刻み始めていた。追放される前から染み付いた、体に馴染んだ動き。
腹を空かせた相手を見ると手が動く。
それだけは、昔から変わらなかった。
沢の水を汲んで、火を起こす。
ぐつぐつと、湯気が立ち上った。
薬草と干し肉の香りが、静かな森にゆっくりと広がっていく——
「こんなもんでいいか」
その瞬間。
ドンッ!!
枯れ木が折れるような轟音とともに、古木の魔物がゆっくりと傾いた。根が地面から引き抜かれ、苔の欠片を撒き散らしながら、巨体が横倒しになる。枝が地面を叩き、周囲の木々が揺れた。橙の光が、ゆっくりと消えていった。
鍋を見る。魔物を見る。鍋を見る。
え、もしかして——匂いで倒れた?
「……そんなわけないよな?」
倒れた魔物の鼻先からは、かすかに湯気が漂っていた。
俺は戸惑いながら、倒れた魔物を見る。
……いや、本当に何が起きたんだ?




