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半妖従者と拗らせ主人の契約結婚と初恋事情  作者: 石動なつめ
騒動の正体

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23/28

23 事情と経緯と

「八森の奥様がモノノ怪?」

「ええ。と言っても、八森の人間でも気付いている者は限られています。今日同行している者たちの中でも、知っている者は少ないですね」


 意外な事実に、カエデとアズマは驚いて目を丸くした。

 八森家の当主の妻はミノリと言って、人間の女性だ。カエデも噂でしか知らないが、体が弱く、あまり外へ出たがらないらしい。それがモノノ怪とは……。


「母を名乗っている……ですか」

「はい」


 カサイは頷くと、隣に座るツバキへ目を向けた。

 ツバキは静かに頷いた。お面を被っているため、相変わらず表情は分からないが、


「八森はんの奥様なぁ、うちのおねぇさんなんや」


 声だけは穏やかにそう続けた。

 姉――つまりそのモノノ怪は鵺ということだ。姿を偽っていると言うのならば、同じ鵺であるツバキのこれまでの行動を見ても、頷ける部分はある。


 しかし、それにしてもやはり妙だ。鵺にしては、どうにも化けるのが自在過ぎるのではないだろうか。

 最初に会った時から少し疑問は抱いていたが、もともと鵺は戦いの際に、相手の不安を煽り、精神的に弱らせる手段を取るモノノ怪だ。

 しかしカエデが見た彼女の姿は、どれもそれとはほど遠い。カエデたちの前に姿を現した時だって、かわいらしい兎の姿だったのだ。


(……そう言えば、こちらから鵺と呼ぶまでは、この人たちはずっとモノノ怪としか言っていませんでしたね)


 敢えて明言を避けていたようにも思える。

 ――もしかして、と思いながらカエデは口を開く。


「お姉さんですか。つまり、ツバキさんと同じことが出来ると考えても?」

「せや。まぁ、ころころ化けるのはうちの方が得意やけどな。おねぇさんの方が持久力はあるんや」

「なるほど」


 カエデは軽く頷いて、


「もしかしてですが、お二人は半妖ではありませんか?」


 と、問いかけた。すると三人が息を吞んだ。

 ツバキの表情は見えないが、アズマとカサイは驚いた顔になっている。


「何故そうお思いに?」

「化ける頻度が高いように思えましたし、何よりお二人共、一度も()と明言していませんよね」

「……そう言えば、そうでしたね。覚えている限りではありますが、僕たちが鵺と呼んでいるだけで、君たちはずっと『モノノ怪』と言っていた」


 アズマも思い出すように目を細めて続ける。

 どうだろうかと二人揃って様子を伺っていると、ややあってカサイが微笑んだ。


「正解です」

「うちたちは狸のモノノ怪と鵺の半妖なんや。カエデはんとおんなじやな。いちいち説明するのんがめんどいさかい、鵺で通してるけど」

「そういうわけで、化けることが得意なんです」

「狸の……なるほど」


 サングラスを押し上げたアズマは、そのまま何度か軽く頷いた。

 カエデもなるほどな、と呟く。しかし彼女が言った「説明するのが面倒」という部分については、建前なのだろうとも思った。


 半妖というものは、今でこそ普通に受け入れられているものの、昔はあまり好意的には思われていなかった。

 カエデのようなモノノ怪と人間の半妖などは特にそうだったらしく、半端者だとか気味が悪いとか、それこそ酷い言葉をぶつけられていた。


 若い世代の間では忌避感はほとんどなくなったが、古い時代から生き続けているモノノ怪の中には、半妖だと知ると露骨に顔をしかめたりもする者もいる。

 昔の感覚が未だ抜けきっていないのだ。

 長年染み付いた考えはそう簡単には変えられない。長い時間を生きるモノノ怪にとっては、仕方のない話でもあった。


 ツバキたちの場合はそこまで嫌悪感を抱かれてはいないだろうけれど、それでも彼女たちが長生き(・・・)しているのならば、半妖への差別を経験していてもおかしくない。

 だからなるべく名乗らない。自分の身を守るために。


(あくまで推測だけれども)


 そんなことを考えながら、カエデは次の質問を二人に投げかける。


「ツバキさんが従属の術を掛けられそうになったということですが……失礼ですが、姉妹仲が悪かったのですか?」

「いやいや、そないなことはあらへんで。うちとキキョウおねぇさんはご近所でも有名な仲良しさんで有名やし。ただなぁ……うちがおねぇさんの悪い噂を聞いて、止めに来たのんが気に入らへんかったらしおす」


 ツバキは白い手をひらひら横に振ってそう言う。最初の方は明るかった声が、最後の方は寂しそうな響きを持っていた。


 ――つまり、こういうことだろうか。

 八森の当主の妻に化けて、何か良からぬことをしているらしい彼女の姉キキョウは、ツバキに邪魔をされないように従属の術を掛けようとした。


 それならば辻褄は一応だが合う。

 今まで何度も本当のことを話さなかった二人だから、そのままを信じることは出来ないが、ひとまずの流れとしてはそれほどおかしな部分はなかった。


 それならば重要なのは動機部分だ。

 カエデがアズマの方を見ると、彼は頷いて口を開く。


「それでは二つ確認させていただきます。何故キキョウさんは八森の奥様のフリをしているのか。八森のご当主は何故その状態を放置していたのか。今度こそちゃんと話していただけますね」


 アズマは淡々とそう告げた。

 この場にカエデたちを呼んだということは、カサイたちの計画に協力してほしいということだろう。

 するかしないかはともかく、詳しい話を聞かないことにはどうにもならない。

 カエデとアズマが真っ直ぐにカサイを見つめていると、彼は少しだけ表情を引き締めて、


「私の本当の母は、ずっと昔に亡くなっているのです」


 と話し始めた。



 * * *



 カサイの話によると、彼の母である八森ミノリは、ナデシコが産まれて三年後に亡くなっていたらしい。


「らしい、ですか?」

「ええ。正確な日付は知らないのです。私が気付いたのは、それから数年後のことでしたから」


 カサイはどこか寂しげに目を伏せた。

 何でも、彼は生まれつきミノリと同じく体が弱かった。そのことで周囲からは八森の跡継ぎとして不安視されていたのだが、ナデシコが産まれたことで、それはより強くなった。

 八森の当主は健康な体を持つ妹のナデシコの方が良いのではないか――。

 あちこちで、そうささやかれていたという。


(酷いですね)


 カエデは思わず顔をしかめそうになった。

 ナデシコが産まれた頃ならばカサイだって子供だ。そんな悪意のある言葉を、子供の耳に入るように言うなんて、あまりにも残酷な話だ。


 カサイが母の死に遅れて気が付いたのも、そのことでミノリから距離を置かれていたかららしい。

 自分と同じく体の弱いカサイに罪悪感と落胆を感じていた彼女は、健康なナデシコを産んだことで、カサイから目を逸らしてナデシコだけを見るようになったそうだ。


 どれだけ近付こうとしても、ミノリの興味は決して自分へは向かない。

 だからカサイもミノリから離れ、そのせいで彼女が亡くなっていることに気付けなかった。


「母が亡くなってすぐに、キキョウさんは入れ替わっていたそうです」

「……なるほど。ですがいくら化けるのが上手かったとしても、全員は騙せないのではありませんか?」

「その通りです。父や、ごく一部の者たちには気付いたし、そもそも知らされていたそうです。……私とナデシコはそれには含まれていませんでしたが」


 カサイは膝に置いた手に、ぐっ、と力を込めた。やるせなさや悔しさを滲ませた目が、手の甲に向けられる。


「子供たちを不安にさせたくない。子供たちのため……だそうで。それが母の最期の願いだったそうです」

「…………」


 都合の良い言葉だとカエデは思った。

 すると同時にアズマが、


「子供のためと言えば何でも許されるなんて、ただの大人の傲慢です」


 と、怒った口調でそう言った。

 弾かれたようにカサイが顔を上げる。


「少なくとも八森のご当主は、ちゃんと知らせるべきだったと僕は思います。後からそれを聞いた時に、自分の子供がどう思うかを想像出来ない人ではないはずでしょう。そんな大事なことを時間が経ってから聞かされたら、子供は、一体どうやって悲しめば良いのですか」


 アズマはそう言い切った。

 それを聞いたカサイは目を見開く。アズマが自分のために怒るのが予想外だったのだろう。

 しかし、それには理由がある。

 アズマも幼い頃に両親を亡くしているからだ。


 それはカエデが篠塚家へやって来る前の話だった。

 アズマの両親は、怪域の治安維持の仕事の最中に、モノノ怪同士のトラブルに巻き込まれ命を落とした。

 その話を聞かされた時にアズマは取り乱したし、長い時間落ち込んでいたという。

 祖母のユキメがそばにいて、ずっと支えてくれたから立ち直れたのだと、アズマはカエデに話してくれた。

 同じ境遇だったカエデにアズマが寄り添ってくれたのも、きっと自分の経験からだったのだろう。


 近しい者が亡くなった時に、悲しむ人にどう接するか。それは人それぞれとしか言いようがない。

 ただ、アズマの場合はそうだった。

 だから隠すことを選択した八森家の者たちに、個人的な怒りを感じているのだ。


「……ま、まぁ、これは僕の意見ですが」


 しん、と室内が静まり返ったことに、アズマはハッと気が付いて、少し慌てた様子でそう付け足す。

 そんなアズマに対して、


「いえ。ありがとうございます。……そう言っていただけて、少し救われました」


 カサイはそう頭を下げる。そこには安堵と戸惑いがあるようにカエデには感じられた。

 それから、また沈黙が落ちる。

 空気を変えるように、カエデは「はい」と軽く手を叩いた。


「入れ替わりの経緯と、八森家のご当主が放置していた理由については納得しました。ちなみにキキョウさんはずっと昔から、八森家で働いていたのですか?」

「いえ、母が嫁ぐ時に連れて来たそうです。幼い頃からの付き合いらしく。ツバキさんとも離れて暮らしていたそうなので」

「なるほど。それだけ長い時間一緒に暮らしていれば、細かい仕草や癖を真似ることは出来そうですね」


 同じ時間を過ごせば過ごすほど、行動や口癖はうつってしまうものだ。意識的に再現しようとしなくても、するりと出てしまうくらいに。

 実際にカエデもそうだ。たまにアズマと同じことをしてしまうことがある。特に会話の際にそれが出た時には「アズマに似てきたな」なんて言われたりする。


(口の悪さはちょっと気を付けないとですけどね!)


 アズマの口の悪さについてどうこう言っている自分が、同じ言葉を放っていてはどうしようもない。

 本当に気を付けよう……と思いながら、カエデは会話に思考を戻す。


「実際にはどうだったんですか?」

「昨年までは、彼女は見事に母を演じていましたね。しかし……」

「急に様子が変わった、と」


 カサイは弱々しく、はい、と頷いた。

 彼が言うには、一年前から突然、キキョウはナデシコを唆しておかしな行動を取らせるようになったそうだ。

 それ以前も頭の痛い行動はしていたものの、輪を掛けて酷くなったらしい。


 モノノ怪たちに従属の術を掛けて従えようとしたり、怪域側へナデシコの縁談を幾つも持ちかけたり。

 アズマへのお見合いの打診も、その内の一つだったようだ。


「たぶん、次期当主について頻繁に話されるようになったことが理由や思う」

「……ん? それはおかしくありませんか? キキョウさんはミノリさんと同じように、ナデシコさんを溺愛しているわけですよね? それなのにどうして評判を落とすような真似をさせるんです」


 ツバキの言葉に引っ掛かりを覚えて、アズマが怪訝な顔で聞き返す。

 確かにそれはそうだ。ミノリのフリを続けているのだとしたら、溺愛しているナデシコに当主を継がせたいと考えるのが普通だろう。

 しかし行動を見てみれば、どれもこれも彼女を当主の座から遠ざけるものばかりだ。あれでは当主にしたくないと言っているようなものだろう。

 カエデとアズマが疑問を抱いていると、


「ナデシコはんが当主に向いてへんさかい、周りを諦めさすためやろうと思う」


 ツバキは苦笑交じりにそう答えてくれた。

 カエデたちの目が点になった。まぁ、それもこれまでの言動を見れば、とてもよく分かる。もしも今のままのナデシコが当主になろうものなら、その時点で八森家はお役目から外されるだろうと予想も出来る。


「当主については納得ですが、それだとお見合い話も消えるのでは?」

「そうなんやけどなぁ……」


 この辺りはツバキも断言出来ないらしく、首を傾げていた。


(まだ分からない部分もあるけれど、大体は理解出来た)


 カエデは心のなかでそう呟く。

 八森家の内部は、思ったよりも複雑な状態だったようだ。そして一枚岩ではない。

 こんな回りくどい方法を取ったのも、八森家の中で意見が割れているからだろう。

 何せカサイにまで術を掛けるくらいだ。相当に切羽詰まっている。


 ただ、それぞれの行動の根底は『八森家のため』であるのは理解出来た。

 カサイやツバキに邪魔をされたくないというのは、肯定的に取ればカサイを八森の当主にしたいということだろうから。

 逆にカサイに協力している者たちは、ナデシコを落ち着かせて彼女を当主にと考えているかもしれない。

 あくまでカエデの想像だが、とんでもないねじれ具合である。他人事だが胃が痛くなってきて、カエデは思わずその辺りを手で押えた。


「二人の行動を止められずにいた私たちの怠慢が、先日の表の世で起きたモノノ怪たちの騒動に繋がった。だから何とかしなければと考え、今回のことを計画しました。勘づかれて術を掛けられてしまいましたけどね」

「……もしかして僕たちを巻き込んだのも、先ほど言ったようにカエデさんの感覚目当てで、急遽決まった感じだったり?」

「はい」


 アズマが頬を引き攣らせながら訊くと、カサイはしっかりと頷いた。

 つまりカエデが犬のモノノ怪の血を引いていなかったら、巻き込まれたりはしなかったということだ。カエデとアズマは頭を抱える。


(ま、まぁ、先日のことがありましたから、無関係のままというわけにはいかなかったでしょうけれど……)


 二人揃って渋面を浮かべていると、カサイが申し訳なさそうな顔をして、


「というわけで……手伝っていただけませんか?」


 と訊いてきた。


「……ここまで関わって、お断りしますは言い辛いのが分かっています?」


 アズマがじとりと軽く睨むと、カサイはにっこりと笑うことで返事をした。

 ここでこの態度が出来るなんて、見た目の儚げな雰囲気と違って、案外図太いのかもしれない。

 このやろう、とアズマの口が動く。


「ええ、もう、仕方ありません。このまま放っておくと治安の悪化も懸念されますし。僕たちも協力しますよ」 

「ありがとうございます!」

「いやぁ、アズマはんはええ男やなぁ」

「褒められているのにちっとも嬉しくない」


 半眼になるアズマに、カエデもまた「そうですね」と苦笑しつつ、


「それでは、私たちは何をすれば良いのですか?」


 と訊ねたのだった。


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