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6 聖女との出会い【ハルジュ】

<ハルジュ視点>


 パーティのあと、私は王城の兄の私室へと向かった。仕事中毒の兄も、今日はもう仕事をする気にはならないだろう。


 扉の前にいる護衛兵に声をかけると、やはり兄は部屋にいた。来訪を告げて部屋に入る。

 兄は空のウイスキーグラスを手に、応接間の革張りのソファに座っていた。

 国王の威厳はすっかり消え失せ、今はただの疲れた中年男性になり果てている。


 私は向かいに座り、兄のグラスにウイスキーを注いだ。


「お前も飲むか?」

「私はいいよ。兄上、大変だったね」


 兄は自分の息子と同じ色の髪を雑にかき上げ、大きなため息をついた。


「はあ……あそこまで愚かなまねをするとは……。子どものころから少々傲慢なところは気になっていたが、それでも王族としてのあり方は教えてきたはずだ。俺はどこかで育て方を間違えていたのか……」


 私が三歳のとき、父親である前国王が病で(はかな)くなった。

 当時兄は十九歳。学園卒業後、そのまま国王に即位したが、慣れない政務の(かたわ)らで幼い私の面倒をみてくれた。


 私にとって兄であり父でもある彼は、普段は決して弱った姿を見せることがない。

 今回の件には相当参っているようだ。


「それなんだけどさ、おかしいと思わなかった? レオシードはたしかにやり過ぎたけど……。精神的にまともじゃない状態に見えた」


 私が感じた違和感を伝えると、兄は片眉を上げて怪訝(けげん)そうな顔をした。


「まさかレオシードが言ったとおり、本当に聖女に操られていたということか?」

「いや、それは絶対にない。()()に言われた。違うって」


 私は兄の言葉をきっぱりと否定し、パーティ会場での様子を説明した。


「なるほど……だがそれでは国民には説明できないな……。それにしても彼らは聖女と顔見知りだったのか?」

「うーん、それがよくわからない。彼らも教えてはくれなかった。結局彼女を牢に?」


 まるでこうなることを知っていたかのような、諦めの色を宿した金色の瞳を思い出す。


「ああ。一応騒動の中心人物であるし、王族に手を上げてしまったからには無罪放免とはいかず……。かわいそうだが一晩だけ牢で過ごしてもらうことにした」


 兄は申し訳なさそうに言い、グラスに口をつけた。


「そうか……。でも明日の朝には客間に移動させて私が話を聞く。それでいい?」

「ああ、頼んだ」


 兄がうなずく。私は座り直して両手を膝の上で組んだ。


 ここからが本題だ。


「これは提案なんだけど……彼女を私に預けてくれない? 辺境に連れていく。彼らが連れていきたがるんだ」


 私の申し出に、兄は目を見開いた。


「ほお? ……まあでも、お前に任せるのは悪くないかもしれん」


 少しの間、手を(あご)に添えて思案していたが、すぐに了承してくれた。


「彼女はしばらく王都から離れていた方がいいだろう。おそらく明日の新聞は今夜のことで大騒ぎだろうからな……」


 兄がふっと自虐気味に笑った。

 今日のことはあっという間に王都中の知るところとなるだろう。これから王家は対応に追われることになる。


「レオシードは?」

「まだ眠ったままだ。医師の診断では特に異常はないようだから、朝になれば目を覚ますだろう」


 兄は父親の顔をして長い息を吐いた。しかしすぐに為政者の目つきに戻る。


「……あいつも王族として、けじめをつけなくてはならん。王太子の地位は弟に譲ると、目が覚めたらきちんと話をするよ」


 この国を治める者として、すでに心を決めているようだった。レオシードには酷だが、それが国を守る者の覚悟なのだろう。


 私は深くうなずいて立ち上がった。


「兄上が悩んで決めたのなら、きっとレオシードも理解するさ。さあ、まだ明日も後始末があるんだから早めに休んだ方がいい」

「ああ……公爵と会うのが怖いな」


 身震いをするそぶりを見せた兄に軽く笑って、私は部屋を後にした。




 ◇




 一夜明け、朝から地下にある牢へ向かった。

 扉の前にいる牢番の兵士に声をかけ、昨夜の聖女の様子を聞く。


「特に暴れることもなく、長い時間すすり泣く声が聞こえていました。深夜を回るころには物音も聞こえなくなりましたが……」


 牢番の兵士から鍵を受け取り、薄暗く冷たい牢の中に足を踏み入れた。

 牢の中は日の光がほとんど入らない。申し訳程度の小さな窓と、ぼんやりとした灯りが所々にあるだけだ。


 聖女のいる牢の前にたどり着くと、彼女はすでに起き上がっていた。


 私の気配にびくりと体を揺らすと、寝台の上からじっとこちらをうかがっているようだった。

 中は暗くてこちらから彼女の顔は見えない。向こうからもこちらの姿は見えていないのだろう。


 私は明かりをともした。天井近くに周辺をまぶしく照らす光の玉が現れる。

 突然の光に目がくらんだのか、ぎゅっと目を閉じていた彼女は、しばらくしてからゆっくりと目を開いた。


 聖女――リナリエ嬢は金色の瞳を丸くして私の顔を見つめていた。

 こんな場所に兵士以外の者が来るとは思わなかったのだろう。


 冷たい牢の中に浮かぶその鮮やかな瞳の色が、私の心をざわつかせる。


 真紅のドレスはしわだらけで、乱れた髪は本来の(つや)やかさを失っている。

 誰が見ても、何かの間違いで迷い込んでしまったと思うだろう。そのくらい、彼女はこの空間から浮いた存在だった。


 私は牢の扉を開け、彼女の座っている寝台へ近づいた。

 

 彼女の顔には疲労が色濃く浮かんでいる。

 思わず手を取って立ち上がらせたが、その手は驚くほど冷え切っていた。

 牢番の報告どおりずっと泣いていたのか、目は赤く、頬には涙の跡が幾筋も残っていた。


(やはりこんな場所に入れるべきじゃなかった)


 私はとっさにハンカチを取り出し、頬に残る涙の跡をそっと拭った。

 そのまま目元に当てる。

 彼女は一瞬身じろいだが、されるがままになっていた。


 しばらくそのままでいると、「もう大丈夫です」と声がかかった。


 ハンカチを外して顔をのぞきこむと、彼女は息を詰まらせて顔を両手で覆った。

 そしてみっともない姿を見せたこととハンカチを汚したことを謝り始めた。


 彼女の反応が新鮮で興味深い。

 私が何者か知っているのに、真っ先に助けを求めることも、すり寄ることもしてこない。

 もう少し様子を見ていたい気もしたが、こんな場所からは早く移動した方がいいと思い直した。


 彼女をなだめ、昨夜の話を聞くために客間へ移動することを伝えた。

 どうやらそのまま修道院へ連れていかれると思っていたようだ。


 なぜか彼女は最初から、自分が辺境の修道院に行くことは決まっているかのように考えていた。

 あいかわらず彼らはリナリエ嬢を辺境に連れていけと訴えている。


(この二つを結ぶものはなんだ……?)


 彼女が何者なのか、これからじっくり観察することにしよう。

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