4 ざまぁルートの結末
案内してもらった客間はとても広かった。貴婦人用の部屋だろうか。
壁紙は明るいクリーム色で、大きな窓には美しい刺繍のカーテンがかかっている。
家具はどれも最高級品のようだ。テーブルの上に飾られたピンクと白のバラが甘い香りを漂わせている。
別室には寝室の他にバスとトイレ、衣装部屋まで備わっていた。
「こ、こんな豪華なお部屋……いいんですか?」
「あんな所にずっといたら気が滅入ってしまうだろう?」
あまりの待遇の変わりように戸惑うばかりだ。
殿下はにこりと微笑むと、「午後にまた話を聞きに来るから」と言って部屋を出ていった。
――パタン。
扉が閉まると同時に私は大きく息を吐き、よろよろとソファに向かい、そのまま崩れ落ちた。
卒業パーティからの出来事が目まぐるしすぎて、思った以上に疲労はたまっていた。
背もたれに体を預けているうち、私は眠気に抗えず意識を手放していた。
――お願い、一緒に来て。
――リナリエだけが頼りなんだ。
――わたしたちを助けて……。
誰かの声が聞こえたような気がして、ふと目が覚めた。ぼんやりと室内を見渡してみても誰もいない。
カーテンを少し開けて外をのぞくと、太陽はすっかり真上に昇っていた。
(夢を見ていたのかな……)
そのとき、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
慌てて応答すると、美しい所作の侍女が入室してきた。
「聖女様のお世話をさせていただきます」
優雅に微笑む三人の侍女は、私の姿に目を留めてわずかに眉をひそめた。
(やっぱりみっともないよね……)
似合わない真っ赤なドレスはしわだらけで、髪の毛はボサボサ。泣きすぎてひどい顔をしているに違いない。
恥ずかしくなってうつむいていると、一人の侍女が近づいてきて手を取られた。
「大変でしたわね。私どもにすべてお任せください」
そのままあっという間にお風呂に放り込まれ、侍女たちの華麗な連携プレーによって全身を磨かれた。
(す、すごかった……)
「大変お美しくなりましたよ」
「本当に。これなら殿下も……」
「ですわね。うふふふ……」
侍女たちは満足したようで、にっこり笑って退出していった。
私は彼女たちを見送ると、衣装部屋にある全身鏡の前に立った。
あらためて自分の姿を見つめる。
腰まであるキャラメルブラウンのストレートヘア。
大きな瞳にふさふさの睫毛。瞳の色は珍しい金色で、ご先祖様の遺伝らしい。右目の下には泣きぼくろがある。
少し丸みを帯びた小さな鼻、笑うとえくぼができる可愛い口元。
前世とは比べものにならないほど愛らしい少女がそこにいた。
用意されていたドレスは、薄い水色に控えめなレースとリボンの装飾がすごく私好みだった。
鏡の前でいろんなポーズをとってみる。何をしても可愛い。
「あなた、こんなに素敵なんだからさ……。もっと堂々とできれば良かったのにね……」
鏡の中の自分に話しかけてみる。もちろん返事はない。
もう少しだけでも自分に自信を持てていたら、断罪回避できたのかな。
それともゲームの強制力で、どうにもならなかったのかな……。
鏡に向かって小さくため息をついた。
「楽しそうだね」
「ひいぃっ!!」
心臓が止まりそうなほど驚き、慌てて後ろを振り向く。
そこには扉に寄りかかってこちらを見ている王弟殿下がいた。
「あ、え、いつ、いつからっ!」
鼓動は急激にスピードを上げ、顔がみるみる熱くなる。
「ごめん、入るときに声はかけたんだ。でも応答がないから中で倒れていたら大変だと思って。逃げられていても困るしね」
「あ……すみません……」
「踊り出すくらい気に入ってもらえて良かったよ」
ふふふ、と殿下はからかうような笑みを浮かべた。
(え……今の顔、なに? ゲームで見たことない……そういう表情もできちゃうんですか……!?)
「お腹は空いていない? 昼食を持ってきたから食べよう」
ついていくと、応接間のテーブルの上に並んでいたのは、見た目も鮮やかな食事だった。
ピンに刺さったひと口サイズの野菜、ハムとレタスを挟んだ小ぶりのサンドイッチ。
ガラスの器に盛られた真っ赤な苺にクリームたっぷりのスコーン。
昨日から何も食べていなかった私は、殿下に勧められるがまま、お腹いっぱい頂いてしまった。
食事を終えたあと、殿下から昨夜の出来事についての質問があり、私は覚えている限りの事実を正直に答えた。
普段から言われたままに癒しの力を使ってしまっていたこと。
王太子に突然卒業パーティのパートナーに指名されたこと。
婚約破棄宣言に驚き、事実無根の断罪劇を止めようとした結果が今だということ。
そして……
「弁明があれば聞くよ」と言う殿下に、私は必死に訴えた。
追放回避ができるとしたら、おそらく今しかない。
「べ、弁明といいますか……わたし、王太子殿下のことはお慕いどころかむしろ嫌……じゃなくて! 尊敬はしていますけど! わたしにはおそれ多い方ですので、婚約者になれ、と言われても困りまして……」
彼は質問中ずっと私を凝視していた。
どことなく居心地の悪さを感じながら、私は目を合わせないように懸命にしゃべり続けた。
「なのであの状況は、望んでいませんでした……。叩いてしまったことは本当に反省しています。すみませんでした……」
殿下は私から視線を外さないまま、しばらく何も言わなかった。
(沈黙が怖い……)
殿下の言葉を待っていると、彼はひとつ息をついて口を開いた。
「なるほど。では最後の質問だが、君はどうしてあのとき『辺境の修道院行きだ』と言い出したの?」
「えっ?」
「実はあのとき、私も会場にいたんだ。君が王太子を殴ったあと、『辺境の修道院行きだ』って呟いていたように聞こえたんだけど……ほかにも修道院はあるのに、どうして辺境の修道院だったのか、気になって」
殿下はにっこり笑って首をかしげた。
(言えない……悪役ヒロインが追放される場所だからなんて)
「えっと、えーっとですねぇ……そう! 辺境の修道院にはこの国で最も古い聖堂があると聞いて、行くなら辺境しかないとピンときたんです!」
(……待って。これじゃ辺境へ行きたがってるように聞こえない? また失敗した?)
とっさに出たおかしな言い訳を思い返して青ざめていると、殿下が新聞をテーブルの上に広げた。
それは今朝の新聞だった。
一面の見出しは『王太子の乱心! 黒幕は聖女!?』や『聖女の魔女疑惑』など、どの新聞も昨夜のパーティの様子を報道していた。
魔女となった聖女が王太子を操って婚約破棄をさせた。計画が失敗した魔女は王太子に危害を加えようとして捕まった。
どれもそんな内容が書かれていた。
(なに、これ……)
「君には酷だが……こうなった以上はいくら真実を公表しても、完全に噂を消すには時間が必要だ。君が遠い辺境の修道院で誠実に祈りを捧げているという話が王都に伝われば、君に対する悪い印象も薄らぐだろう」
「はい……」
やっぱりざまぁルートは進んでいる。
転生者が断罪の運命を変えるなんて奇跡は、この世界では起こらないんだ。
私はもう何も言うことができなかった。
「君の話はわかった。反対に聞きたいことはあるかい?」
王弟殿下の言葉に、ひとつだけ質問した。
「あの、あれから王太子殿下とカレンディア様は……」
「そうだね。君にも知る権利はある。まず二人の婚約は破棄された。公爵家側からの申し出でね」
公爵令嬢が申し出たのなら、攻略対象とのハッピーエンドに向けて物語は進んでいるんだ。
……そのエンディングを私が見ることは、もうないだろうけれど。
「君の話どおり、王太子は癒しの力を私的に利用していたことを告白した。次期国王の資質を問われ、王位継承権を返上することになったよ。彼は療養のため、王都を離れることになっている」
「そうですか……」
半分は彼の自業自得だ。でも、もし私がしっかり断っていれば何か変わったのだろうか。
それとも彼も、こうなる運命だったのだろうか。
考えても答えは見つからない。すでに断罪は終わってしまったのだから……。
「……あの、家族に手紙を書かせてもらえないでしょうか」
私は王弟殿下にたずねた。せめて家族にはお別れを伝えたい。
「いいよ。ただし辺境に着いてからでもいいかな? 出発は急だが明日の朝だ。騒ぎが広がる前に速やかに出発したい」
「わかりました。ありがとうございます……」
殿下は立ち上がると、「今日はゆっくり体を休めて」と言い部屋を後にした。
結局ざまぁルートの結末を変えることはできなかった。
辺境の修道院はどんな場所なのだろうか。
『呪われた地』と呼ばれるくらいだ……さっきまでいた牢のような、暗く冷たい場所を想像してしまう。
温かい王城のベッドの中でも、体の震えはしばらく止まらなかった。




