1 断罪イベント回避?
よろしくお願いします⟡.*
*この作品には間接的にAIを使用しています。
*ストーリー、テキストの生成はしておりません。
詳細は活動報告をご確認ください。
「カレンディア・ゼレニテ! そなたとの婚約を破棄する!!」
その声を聞いた瞬間、頭の中に不思議な映像が流れ込んできた。人も、建物も、何もかもこことは違う世界――。
でも、私はその世界を覚えている。
今のは……私の前世の記憶だ。
そして――
カレンディア・ゼレニテ。
前世の私がプレイしていた、乙女ゲームの悪役令嬢の名前だ。
(もしかしてそれが、わたしの名前……?)
頭の中がふわふわしていて、足元がおぼつかない。それでもなんとか意識をつなぎ止めて、ゆっくりと顔を上げた。
視界に飛び込んできたのは広いホールだった。磨き上げられた大理石の床がシャンデリアの明かりを反射して、あたりをまばゆく照らしている。
フロアには色とりどりのドレスや夜会服に身を包んだ人たちがいて、こちらを遠巻きに見つめていた。
たしか……彼らは国内の貴族とその令息や令嬢たちだ。
そして彼らの視線の先には、ピンクブロンドの波打つ髪に澄んだ空色の瞳。人形のように整った顔立ちのとても美しい女性が立っていた。
(あの人……たしか……)
だんだんと記憶が混じり合っていく。
彼女はゲームで何度も見た――
悪役令嬢カレンディア・ゼレニテだった。
(……あれ? わたしがカレンディアじゃ……ない?)
悪役令嬢が目の前にいる。
(ということは……?)
私はそっと自分の隣、婚約破棄の宣言をした声の主へ視線を移した。
そこには美しい横顔の男性がいた。
少し癖のあるプラチナブロンドの髪に神秘的な紫の瞳。形の良い眉を寄せて、悪役令嬢を鋭くにらみつけている。
(わたし、前世でこの人を攻略した)
乙女ゲームのメイン攻略対象で、このアズロア王国の王太子、レオシード・ドルク・アズロア。
(悪役令嬢はあそこにいる。じゃあ王太子の隣にいるわたしは……)
すうっと霧が晴れていくように、ぼんやりしていた頭がはっきりしてくる。
(そうだ……)
私は、リナリエ・メルダール。
癒しの聖女として攻略対象たちと恋に落ちる、乙女ゲームのヒロインだ。
(嘘でしょ……わたし、ヒロインに転生しちゃってる!!)
そのうえ今は、エンディング直前の学園卒業パーティ――いわゆる断罪イベントの真っ最中で……。
必死に状況を整理している間にも、イベントは容赦なく進んでいく。
「カレンディア。そなたは癒しの聖女であるリナリエ嬢の才能を妬み、虐げていたようだな。暴言を浴びせ、彼女を追い詰めたと聞いている。また聖女として立派に務めを果たす彼女を、公爵家の権力をもって孤立させるように仕向けた。あげくの果てには階段から突き落とし、命を奪おうとした!!」
王太子は声高らかに悪役令嬢の罪を暴いていく。
罪を暴けば暴くほど、私の冷や汗は止まらない。
だって――
ただの一度も、そんなことをされた覚えはないのだから。
実は今世の私は、ヒロインなんてとても務まらないくらい、とんでもなく引っ込み思案な人間なのだ。
だから悪役令嬢が話しかけてくれたときも、緊張のあまり会話ができなかっただけ。
暴言どころか嫌味一つ言われたことはない。
孤立もなにも……「聖女の護衛」と称して常に攻略対象たちが近くにいて、ほかの誰かに話しかける勇気がなかっただけだ。
階段から落ちたのは、清掃直後の階段で足を滑らせたから。たまたま悪役令嬢とすれ違った直後で、運悪く階段下に王太子がいた。
つまり盛大な勘違いということで……。
(早く誤解を解かないと!)
そう思って口を開こうとした――その瞬間、唐突に思い出した。
この乙女ゲーム、ヒロインが主人公の本編とは別に、悪役令嬢がハッピーエンドを目指すルートが存在する。
そこでは悪役令嬢が『ヒロイン』となり、卒業パーティで婚約破棄を突きつけてくる王太子と偽聖女――つまり私を断罪する。
通称『ざまぁルート』だ。
ざまぁルートで悪役になった私の結末はラストで語られる。
断罪後に『呪われた地』と呼ばれる辺境の修道院に追放され、孤独のまま一生を終えることになるのだ。
(ちょっと待って……。今って……どっちのルート?)
混乱の中、自分の着ているドレスが目に入った。
そうだ……卒業パーティで私が着るドレスの色。
本編では白、ざまぁルートでは赤を着るんだった。
そう、私が今着ているのは――
赤。
(終わった)
ここはざまぁルートの世界だ。
このままだと、このあと私はざまぁされて辺境の修道院に追放される。なんとかしてこの断罪イベントを止めなければ。
震える手でドレスのスカートを握りしめ、王太子に向き直った。
「あのっ! 王太子殿下!」
「平気で人を害するような者を、将来国を背負って立つ私の伴侶とすることはできない!」
(……だめだ。聞こえてない)
声が小さかったかもしれない。
もう一度、今度は腕を掴んで声をかけた。
「この国の王妃となるのは、リナリエ嬢のような才能を持った慈悲深い者こそがふさわしい!!」
「待って、ください! ちょっと、お願いですから……!」
まるで私の存在なんて見えていないかのように、王太子の腕を揺すっても引っ張っても止まらない。
(なんで止まってくれないの……!?)
どうしよう……どうしたらいい?
早く止めなきゃ――!!
追い詰められていく思考の中、私は右手を大きく振り上げた。
「この場をもってカレンディア・ゼレニテとの婚約を破棄し、聖女リナリエ・メルダールを私の婚約者と――」
「だから、待ってって……言ってるでしょぉぉぉお!」
――ばっっちーーーーん!!!
こうして私は、断罪イベントを止めることに成功した――――
(……って、まずいでしょ。これは)
会場は水を打ったように静まり返っていた。何百人もいるはずの参加者たちが、誰ひとり物音を立てない。
王太子は尻もちをつき、呆然と私を見上げている。押さえた頬がじわじわ赤くなっていく。
静寂に耐えきれず、私は思わず頭を抱えた。
「や、やっちゃった……。さすがに王太子にビンタはだめでしょ……。これじゃ結局断罪されて、辺境の修道院行きじゃ……」
私の呟きは沈黙のホールの中に消えていく。
次に静寂を破ったのは王太子だった。彼は尻もちをついて頬を押さえたまま、顔を真っ赤に染めて叫んだ。
「な、な、何をする!! 血迷ったか!? 王族に危害を加える者は反逆者だ! 護衛兵! この者を捕らえ、地下牢に連れていけ!!」
「ですよねぇ……」
護衛兵が慌てて駆け寄り私に縄をかける。私はされるがまま、手首を縄で縛られた。
兵に連行されながら、最後にもう一度ホールを見渡した。
パーティの参加者たちは、目の前で起きたことをいまだに理解できていないようだった。言葉を発する人は誰もいない。
王太子はまだ座ったまま、息を荒くして頬をさすっている。
そしてこの世界のヒロインとなった、「元」悪役令嬢のカレンディア様。
彼女はこちらを見て、何か言いたげに口を開きかけて――そのまま私を見送った。
◇
徐々に薄暗くなっていく廊下を歩いていると、護衛兵が話しかけてきた。
「聖女様もなかなか大胆なことをしますね……しかしあんなに感情的な王太子殿下は初めて見ました。人が変わったみたいだ」
私は口を閉ざしたまま、ぼんやりと考えた。
たしかに、ゲームの王太子は冷静に立ち回るキャラクターだったはずだ。現実では好感度が上がるようなことをした覚えがまったくないから、本来なら執着される理由がない。
(なんでこんなことに……)
私の気を紛らわせようとしてくれているのか、護衛兵は軽い口調で話し続けた。
「あんなに聖女様に夢中になるなんて、もしかして聖女様のお力で、殿下を唆してたりしませんよねぇ……」
護衛兵は「ははっ、冗談ですよ」と笑った。
冗談にしては笑えなすぎて、私は無言のまま重い足を引きずって歩いた。
「ま、婚約破棄を唆してたとしたら、あそこであんな一発は出ないよな。ちょっとゾクゾクしちゃいましたよ、ははは。さ、中に入ってください。足元に気をつけて」
そう言って護衛兵は地下牢につながる扉を開けた。
重い扉が鈍く軋んだ音を立てる。
男性が一人通れる程度の幅しかない狭い階段は、暗くて先が見えない。
――カツン……カツン……
ヒールの音が石造りの階段に響き渡る。
階段を下りきると、牢が並ぶ通路に出た。
牢の中は灯りが点々とあるだけで、ついてくる護衛兵の顔もよく見えない。牢は通路に対して両側に十部屋は並んでいそうだ。
(誰もいないみたい。当たり前か。王城で捕まる人間なんてそういないよね……)
護衛兵は一番手前の扉を開け、縛っていた縄を解いて中に入るように促した。
「つらいでしょうが、指示があるまで我慢してくださいね。食事と着替えは明日の朝届くと思いますんで」
――ガチャン
扉を閉めて護衛兵が去っていく。
こうして私は――
断罪回避に失敗した。




