第11話 消えた「聖剣」と、理の崩壊
王都は、未曾有の混乱に陥っていた。
一〇〇名の精鋭魔導師団が、白昼堂々、噴水の前に全裸で突然現れたいう怪事件。それは瞬く間に国中を駆け巡り、王宮の威信は文字通り、一糸纏わぬ姿で地に墜ちた。
王城の謁見の間では、バレット伯爵が震える手でシーツを身体に巻き付け、国王の前で額を床に擦り付けていた。
「も、申し訳ございません、陛下! ですが、あれはもはや魔法ではありません! 術式も、魔力変換も、すべてが……すべてが、あの男の指先一つで書き換えられてしまったのです!」
「黙れ! 一〇〇人で挑んで一人も傷つけられず、挙句に全裸で送り返されるなど、前代未聞の不祥事だ!」
王の怒声が響く中、騎士団長や賢者たちは沈黙を守っていた。
バレットの報告が事実ならば、死の森にいる『カイル』という男は、個人の武力という枠を超えている。
世界の法則そのものに直接干渉する存在。
それは、この国が数百年かけて築き上げてきた魔導文明という名の歴史を、覆す大事件だった。
◇◇◇
一方、王都のギルド『黄金の翼』。
かつて栄華を極めたSランクパーティの部室は、今や湿った絶望の匂いが充満していた。
「……なぁ、ミレーヌ。なんでだ。なんで斬れないんだよ」
勇者ゼクスは、机の上に置かれた『聖剣グラム』を、血走った眼で見つめていた。
かつては、触れるだけで鉄をも裂き、眩い神聖な光を放っていた王国の至宝。
だが今、その刀身は薄汚れ、まるで数十年放置された廃材のように鈍く光を失っている。
「ゼクス様……。鑑定士に見せたのですが、その……『高品質な鉄の棒』という結果しか出なくて……」
「ふざけるな! これは聖剣だぞ! 伝説の勇者が、魔王を倒すために授かった、選ばれし者の武器なんだ!」
ゼクスが叫び、聖剣を掴んで壁に叩きつける。
キンッ、という、安っぽい金属音が部屋に虚しく響いた。壁に傷一つ付かず、逆に刀身が微かにしなったようにさえ見えた。
ゼクスたちはまだ、残酷な真実を理解していなかった。
この『聖剣』を聖剣たらしめていたのは、神の加護でも、ゼクスの才能でもない。
カイルが毎日、彼らが寝静まった後に帳簿を開き、
【定義:聖剣グラムの硬度、鋭利さ、および神聖属性を、現時点の最高値で維持する】
という、裏方の「メンテナンス」を行っていたからに過ぎない。
カイルという管理者が去り、その「定義」を無効にした瞬間、聖剣はただの古い鉄塊へと戻っていた。
魔法の鎧も、MPを回復する首飾りも、すべてはカイルが「そう定義していた」からで、本来は只のガラクタだったのだ。
「カイル……あいつだ。あいつが俺の剣に呪いをかけたんだ! 無能な事務員のくせに、俺たちを妬んで……っ!」
ゼクスの咆哮は、もはや負け犬の遠吠えですらなかった。
彼は、自分が今立っているステージが、誰の「事務作業」によって支えられていたのかを、最後まで認めようとはしなかった。
◇◇◇
同じ頃、死の森。
カイルの『庭』では、新たな効率化プロジェクトが進行していた。
「カイル様、これは……空飛ぶ荷車、ですか?」
フィオナが空を仰ぎ、呆然とした声を出す。
そこには、半透明のレールのような光の帯が、森の奥からヴィラの倉庫へと伸びていた。その上を、木製のコンテナが、重力など存在しないかのような速度で滑るように運ばれてくる。
「ああ。ルナが森で採取した素材を、いちいち背負って運ぶのは時間の無駄だ。移動距離に対するエネルギー消費を計算した結果、空間に一定のベクトルを固定した方が早いという結論に達した」
カイルは手元のノートに、流れるような動作で新しい術式(という名の事務フロー)を書き込んでいく。
「【定義:この光の帯『物流レール《ロジスティクス・ライン》』の上を移動する物体は、摩擦係数および空気抵抗を無視し、目的地まで最短時間で到達する】」
ガコン、と音を立ててコンテナが倉庫の定位置に収まる。
ルナがそのコンテナから飛び降り、尻尾を満足げに揺らした。
「ご主人様、これ、すごく楽。森の端からここまで、瞬き三回で着く」
「それは重畳だ。これで採取効率が四〇〇%向上したな。余った時間は、訓練や休息に充てるといい。過重労働は精神の磨耗を招き、最終的なアウトプットを低下させる」
「……カイル様の仰ることは、時折、神託のように聞こえますわ」
聖女リリィが、いつの間にやら用意していた専用の椅子に深く腰掛け、うっとりと俺を見ていた。
彼女は今や、王国の聖女としての法衣を脱ぎ捨て、俺が定義した『防汚・調温・精神安定機能付き』の動きやすい事務服に身を包んでいる。
「リリィ。君もいつまでもここにいては、王国の教会の事務が滞るんじゃないか?」
「問題ありませんわ。教皇様には『真の奇跡の管理方法を習得中である』と手紙を出しておきました。それに……あんな、祈りの時間を削って寄付金の計算ばかりしている場所に、戻る価値などありません」
リリィの瞳は本気だった。
どうやら彼女にとって、俺が行っている「世界の最適化」は、教会のどの教典よりも崇高な儀式に見えているらしい。
「カイル様、次は……あちらの湖の浄化ですか?」
エルナが、湖のほとりで魔法陣を広げようとしていた。彼女もまた、俺の「定義改変」を目の当たりにしてからというもの、従来の魔法学という枠組みを捨て、より根源的な「理の整理」に没頭している。
「いや、湖はそのままでいい。それよりも、この拠点の『防衛概念』を一段階引き上げる必要がある。王国が諦めたとは思えない。次に来るのは、おそらく……『対話』の皮を被った『略奪』だ」
カイルは、森の境界線を見据えた。
彼には見えていた。王国が送り込もうとしている、英雄達や、隠居していた『元勇者』たちの動向が。
だが、カイルにとっては、それらもすべて「整理すべきタスク」に過ぎない。
「エルナ、フィオナ。新しいマニュアルを作っておく。次回の侵入者に関しては、物理的なダメージを与えるのではなく、彼らの『戦意』と『魔力』そのものを、我が国の『自動発電システム』の燃料に変換するように定義する」
「……戦おうとするだけで、この国の電気がつく……ということですか?」
フィオナが、引き攣った笑みを浮かべた。
「ああ。それが一番効率的だ。敵の攻撃が、我々の生活を豊かにする。これ以上の平和的な防衛策はないだろう?」
カイルは平然と言ってのけ、冷めたコーヒーを一口啜った。
◇◇◇
その日の夕暮れ。
王都ギルドの片隅で、ゼクスは一人、折れた聖剣(ただの鉄の棒)を抱えて泣いていた。
「あんな低級モンスターに俺の聖剣が……カイル……頼む、戻ってきてくれ……。お前がいないと、俺は……俺たちは……」
だが、その声が死の森に届くことはない。
カイルが「整理」したのは、森の木々や魔法だけではない。
自分を蔑んだ過去の人間関係という名の「不要な書類」もまた、彼はとっくにシュレッダーにかけていたのだ。
カイルの新しい帳簿には、もう彼らの名前は一行も残っていない。
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