第十九話 評価発表
三日目の朝。
研修の最終日が、静かにやってきた。
あっという間だった気もするし、もう何週間もここにいたような気もする。
今、自分がどこに向かっているのか——はっきりとした実感は、まだつかめていない。
最終日の研修室は、まるで誰かが音を封じ込めたかのように静まり返っていた。
空調の微かな風すら耳に触れるようで、壁面のスクリーンだけが淡々と、合格者の名前を順に映し出していく。
川原美弥。春日押人。そして、演習を共にした間宮の名前。
白い光の中にひとつひとつ、見覚えのある名前が浮かび上がる。
研修室内では、名前が増えるたびに小さな歓声がそこかしこで弾け、いくつもの笑顔が綻んでいった。
(……やっぱり、そうなるか)
神崎イサナは、自分の名前が出てこないことに気づき、ごくわずかに視線を落とした。
「やった……!」
隣で美弥が押人の腕をぱしりと叩き、弾んだ声をあげる。
押人も満足げに頷き、ふたりは軽く拳を合わせた。
「神崎さんも……」
美弥がふと振り返る。その目が、スクリーンの新たな行に吸い寄せられ、そこで止まった。
《神崎イサナ──保留》
その二文字は、白い画面の中でひときわ目を引いた。
合格でも、不合格でもない。
それは、あの演習後に上層部によって正式に下された最終判断だった。
他の名前には明確な評価が並ぶ中、神崎だけは曖昧で特異な扱いが記されていた。
(……やっぱり、そうなるんだ)
どこかで予感していたはずなのに、胸の奥が静かに凍った。
スクリーンの光が、まぶしすぎた。
一歩後ろに引いて、視線を落とす。声も、感情も、なぜかうまく出てこない。
小さく、美弥の声が漏れる。
「あっ……」
「え、ちょ、マジで? なんで……」
普段ならすぐに茶化すだろう押人の口調に、笑いな気配はなかった。美弥も、どう言葉をかければいいか分からず、目線を泳がせている。
「ふたりとも、おめでとう」
神崎は、口角をわずかに持ち上げた。
唇に、力を込めるようにして微笑んだ。
「合格、すごいよ。ほんと、良かったね」
その一言が、かえって痛みを引き寄せる。
美弥も押人も、何も言えなくなった。
祝福の言葉ににじむ悔しさ。
胸の奥で膨らむ“置き去りにされたような感覚”。
——それは、神崎自身にも制御しきれない感情だった。
「……ごめん。ちょっと、外の空気、吸ってくる」
そう言って歩き出す神崎の背に、美弥が手を伸ばしかける。
「神崎さん……!」
その声を背中で受け止めながら、彼は何も言わずに軽く手を振った。
◇
足元に伸びる廊下は人気がなく、しんと冷たい。
まるで世界が、今日の出来事ごと自分を押し黙らせているようだった。
胸の奥で、ずっと掴まれたままの何かがあった。吐く息さえ、どこかよそよそしい。
神崎は、ひと気のない場所を求めて、当てもなく歩き続ける。
——そんなときだった。
「やーっと見つけた」
背後からかけられた声に、足が止まった。
振り向くと、初江大志課長が穏やかな笑みをたたえて立っていた。
その眼差しの奥には、静かながらも確かな意図がある。
そして神崎には、なぜか直感的にわかってしまった。
──いま、自分は「何か」を告げられるのだと。
逃げ場のない現実が、すぐそこまで近づいていた。




