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集合住宅サーガ  作者: 九木十郎
第七話 鮮血マンション
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7-1 ほくそ笑む気配が返るばかり

 深山しんざんは真っ赤な夢を見た。


 エントランスから出て振り返ったマンションが、赤く染め上げられている夢だ。


 あざやかな赤だった。

 鮮やかすぎて怖くなるほどに。圧倒されてじっと見上げる内に、誰かに見られているという感覚が在った。

 何処から?と視線の在りかを探した。そして直ぐに気が付いた。出て来たばかりのエントランスに人影が在る。随分と小柄な姿だ。


 何者だろう。


 見極めようとして目を凝らしたところで目が覚めた。




「予知夢というヤツかも知れませんねぇ」


 仕事帰りにエントラントでの邪魔者を排除したトコロで、ちょうど帰宅した灘さんと出会した。一緒にエレベータに乗り、今朝から頭の端に引っ掛かってきた夢の違和感を話して、返ってきた感想がそれだった。


「予知夢、ねぇ」


 俺はそういうスピリチュアルな話、あんまり信じて居ないんですけれど。っていうか、そういう体験そのものも先ず無いし。


「今までがそうだったからと言って、コレからもそうとは限らないでしょう」


 それは確かにそうですけど。


「普通なら『へー。あっそう』で終わりかも知れません。でもこのマンションのコトですからね。用心に越した事はないのではありませんか」


 そう言われると返事に困る。


「ちなみにエントランスに居た人影は、どの様な感じの方でした?髪が長くて眼鏡をかけた女性だったのではありませんか」


「ボンヤリとしたシルエットでしかなかったから、そこまでくわしくは。でもきっと大人ではないと思います。小学生くらいの背丈で、男か女かも分からなかったですね」


「・・・・あ、そうですか」


 急に素っ気なくなった灘さんは「お仕事お疲れ様でした」と素っ気ない返事をして、素っ気なく自分の部屋のドアの向こう側に消えて行った。相変わらずご機嫌が分かり難いヒトだ。

 でも彼女の言った予知夢という言葉は、俺の頭の隅にしばらくこびりつくコトになった。




 霊感なんてものは、信じる信じない以前に興味が無かった。


 同じ会社の女性社員たちが日々繰り広げている本日の運勢だの幸運を呼ぶグッズだの、その手の他愛の無い話はよく小耳に挟む。でもそれだけ。ソレ以上の何かが俺の記憶に残ることはない。


 でもこのマンションに住むようになってからはちょっと違う。


 ひょっとしてもしかしてひょっとしたりなんかすると、この世界の何処どこかに得体の知れない因縁とか運不運とやらが在って、虎視眈々(こしたんたん)と出張ってくる機会をうかがっているのではないか。

 通勤路の電柱の陰あたりに隠れて舌舐めずりして、俺の私生活に関わって来ようと待ち構えて居るのではないか。そんな風に思うようになった。


 信じて居ないのは今も変わらない。けれど、目の当たりにしたら認めるのもやぶさかじゃあなかった。断固拒否したい現実だって、目の前に突き付けられれば飲み込まざるを得ないからだ。


 以前の俺ならこのマンションのアレコレだって絶対に信じなかっただろう。因縁とやらだってそうだ。でも今は昔ほどかたくなじゃあない。大人になったとでも言えば、多少は聞こえがいいだろうか。


 ちょうど身近な人の葬式に出てそこで初めて、ヒトってやっぱり死ぬものなのだなと実感するのに似ている。

 ホントに情けない話ではあるけれど、俺たちヒトってヤツは、自分の身に何かが起きた後じゃないと世の中を理解出来ない生き物なのだ。




 昼休憩の最中、事務所の一角で談笑している女子社員の脇で足を止めた。

 机の上に雑誌が在って、広げられたページにはポップな書体で「夢占い」なんてテロップが踊っている。そこでふと、「やっぱりこういうモノって気になるの」と訊ねてしまった。


 あの朝以来、真っ赤な夢がずっと脳裏にこびりついていたからだ。


「え。深山さん、こういうのに興味が在るんですか」


「あ、いや。最近見た夢がずっと気になって居てね」


 意外~という声とは裏腹に、興味津々といった複数の眼差しが俺を見上げていた。


「この本の占いって結構当たるんですよ」


 そう言うと「先ずはその気になる夢の内容を教えてもらえませんか」と身を乗り出して来た。

 ドコをどう見てもワクワク感があふれて居る。キラキラと目を輝かせニンマリと口角を上げる様は、まるで面白そうな玩具を見つけた幼稚園児か、獲物を捕らえたネコみたいだ。


 ちょっとシクったかなと思った。


 はぁ、赤い夢ですか。しかも住んでいるマンションが真っ赤っかと。

 赤という色は情熱、愛情、そして血を連想させますね。赤ずきんちゃんの赤は生娘を暗示しているのだそうですよ。

 あと日本の国旗は日輪の赤ですが、太陽が赤いというのは世界でもマイノリティで、大抵オレンジか黄色か、もしくは白です。

 でも日本人だったらやっぱり赤ですよね。太陽の比喩ってのもアリです。


 情熱とか生命力とかを暗示すると同時に、危険とか警告の意味もあります。

 夢判断で色ってのは重要なんですよ。深山さんはカラーで夢を見るんですね。ストレス多い人や現実逃避な方はモノクロの夢が多いんだそうです。

 あるいは自分を突き放して見つめる、ロジカルな方とか。


 この本だと色つきの夢は潜在意識からのメッセージってありますね。情緒豊かな創造性を暗示しているんだそうです。


「ザックリ言えば深山さんはマンション、自分のご自宅に強い愛着を抱いて居る、情熱を傾ける伴侶の方と住みたいという希望、あるいは一緒に暮らして居る方への愛情、そんな解釈も出来ますね。

 まさか血まみれの家に住みたいとか、惨劇さんげきの予感を感じているとかそーゆーコトはないと思いますけど」


「血まみれの家」


「あ、ヤダ。そこに引っ掛かんないで下さいよぉ。ふつーに生活していてそんな願望やスプラッタな展開、在る訳ないじゃないですか」


 安物のB級ホラーじゃあるまいし、とその女子社員はころころと笑って居る。

 うん確かにその通り。普通この現代の日本じゃあそんな場面は在り得ない。でも俺の住んでいるマンションは全然普通じゃないンですよ。


 血まみれのマンションって言うのも、あながち的外れな暗示じゃない気がするんだよなぁ。


「まぁ、トーシロのわたしの意見なんであまり気にしないで下さい。悪い占い結果でも、『事前に不運を予兆出来たから気を付けよう』ってポジティブにとらえていれば良いんですから」


「ほう、不運に備える」


 それは悪くない考え方だ。


 そして、「黒猫が目の前を通って縁起が悪いってヤツも、事前に教えてくれてありがとうって言うのが本来なので」と付け加えてくれた。なるほどと感心する。


 まぁ、俺の夢が予兆だと決まった訳じゃないのだけれど。


 ソレでも、ちょっとダケ気持ちが楽になった気がした。




 漆黒の夜陰の奥に声があった。


「確かなのか」


「間違いない」


「入るは容易く出るのは至難。良い塩梅の吹きだまりだ」


「ソコを『るつぼ』にすると」


「問題か?」


「術はモチロン、それを施した者が何者かも知れぬというに。いささか早計ではないか」


「我ら一族の者では無い。それだけで充分だろう」


しかり。取るに足らぬ者たちのしゅ、ドコに躊躇う必要が在る。稚拙な論理に浅い見識。上辺だけの知識に浸り、穴だらけの知恵ともえぬ知恵を振り回す。

 真理の破片すら見いだせぬまま、世界を総べたとふれ回る愚鈍な俗物どもよ。一顧の価値すら無い」


「そう言えば、貴公の娘は離落したのだったな」


「娘などではない。アレは世に生まれ落ちた時点で、既に愚劣な『けがれモノ』だったに過ぎぬ。永代からの系譜からも削除された。我が家とはもう縁もゆかりもないのだ。二度と口にしないでもらいたい」


「それは失敬」


「では敷設の場所は決まったというコトで良いかな」


「良い」


「条件付きで賛同する」


「随分と慎重だ」


「手をこまねいていては機をいっするぞ」


「し損ずるよりはマシであろう」


「条件を聞こう」


「件の三人がソコに在る。それを排してからだ」


「なに?」


「初耳だぞ」


「だからキチンと調べておけと云っているのだ」


「何時知った」


「つい先日。小物を何匹か誘って探ってみた。その時にな。それで、誰がおもむく?」


「・・・・」


「・・・・わたしが行こう」


「良いのか?何ならわたしが手を汚しても構わんが。キレイ好きなのだろう」


「見くびるな。後始末する節度くらい在る」


 闇の中で気配が動き、靴音は遠ざかって行った。会話は途絶え、しばしの沈黙の後に溜息にも似た声が漏れた。


何故なぜヤツと反目する。我らの間でいさかいがあれば、また下々の者に足元をすくわれるぞ」


「それだよ。我らはすべからく危機感が足りぬ。自らの足で立つ大地が、何故に不動であると信じられるのだ。外からの血の流入も拒み自浄作用も試みぬまま、ただ自堕落に刻を刻むばかり。

 我らの一族は我らの世代で完結と、そう考えて居るのかな」


「嗚呼、貴公は交雑主義であったな」


「そこでかさに掛かるのが、そなた等の悪癖よ」


「そういうつもりで云うては居らん」


「不測の事態に備えて予備は必要と、そう考えて居るだけだ。家や血筋を大切にするのも結構だが、子を成さぬまま存続が可能と考えるほど楽観して居ない。先行きは見渡せぬが故に『未だ来ず(みらい)』と云う」


「杞憂だ。中世の頃ならかく、現状に至って一族を害せる者など居らぬ」


「彼の御仁もそうだが、貴公ももう少し世間に揉まれた方が良い。下々の者は貴公らが考えるほど愚かでもないし、無力な羊でもない。我らに老いて枯れるとがは失せているが、不滅と言うにはほど遠いぞ。

 同胞はらからがことごとく冥界に旅立った仕儀、よもや忘れては居まいな?」


「・・・・」


取敢とりあえずは、彼の御仁のお手並みを拝見といこう。ひょっとするとしゅの施術者も名前くらいは暴いて下さるのではないか?」


「人ごとのように云う。彼をあおったのも、端からそのつもりであったのだろうが」


 再び溜息のような反問であったのだが、闇の中からはほくそ笑む気配が返るばかりであった。

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