素敵な高等馬車と…。
いつも遊びにきてくださりありがとうございます!
背中を伸ばし大きく深呼吸をして、ホノカは今日自分が乗る事になった侯爵家の馬車を覗いた。
まるで一つの部屋みたいな内装は感嘆の溜息を漏らしてしまうくらい素敵で、ふかふかのクッションがしかれた座席は快適そうだ。
「わぁ。素敵!」
素の鈴木ほのかに戻ったホノカは令嬢らしからぬ声を上げてしまい、誰かに聞かれてやしないかとキョロキョロ周りを見渡した。
(良かった…。この世界に来てまだ2日。慣れてなくてもジェイルやユリウスに違和感を与えてはいけないわ)
いつもの癖でクイッと眼鏡を上げそうになったが、ホノカのスキルで視力矯正の薬を飲めばよく見えるようにされていたから、昨日の様にぼんやりと見えない視界で困る事はなかった。
ただ、行商人や商会で買う必要があり、一日一回必ず服用という決まりがある。
便利ではあるが、やや面倒くささが、ズボラなホノカにはやや不満があるらしい。
「ホノカ様、おはようございます」
声のした方を振り向くと、少しラフな普段着でニコニコ笑うジェイルがいた。
白地に薄水色のストライプのシャツと濃紺の膝丈のパンツがよく似合う。
「ジェイル、おはようございます」
「あの、本当にこんなに素晴らしい馬車をお借りしても良いの?」
「勿論です。昨日、ユリウス父様に許可もいただいたので、大丈夫です」
「さあ」、と小さな手を差し出しホノカを馬車にエスコートしたジェイルは8歳ながら、マナーの教育を厳しくつけられていた事が分かる。
「ありがとう」
ゲームの世界に入って初めてのエスコートにドキドキしたが、ホノカ·ベルツリーの身体が憶えていたようで、スムーズに乗車出来た。
お淑やかに、お淑やかにと慎重に着席。
(ふぁ。やっぱりクッションも最高!ふかふかして眠ってしまうかも…)
両手でクッションを何度も押して弾力を確かめる。
「ホノカ様、どうかされたんですか?」
小首を傾げて尋ねるジェイルと目があい、ホノカは大慌てで背筋を真っ直ぐに伸ばして取り作った笑顔で、
「なんでもないわ」
と返答したが、嬉しさのあまり顔の緩みが止まらない。
普段はつんとして冷たい顔は人を寄せ付けないが、ふとした拍子に溢れる笑顔は幼い子供みたいで可愛い。
しかし、その笑顔を見られる者はレアなので、綺麗すぎる顔から怖がられているのが残念だ。
「お気に召しませんでしたか?」
ホノカの考えを汲み取れないジェイルは肩を落とししょんぼりとした。
「まさか!ワインレッドに統一された車内がとても素晴らしいわ!」
推しのしょんぼり顔に慌てて両手を振り否定したが、焦れば焦る程空回りしてる様で、なおのこと嘘くさくなるのは何故だろう?
言い方が悪かったのか…。
「違うの!この馬車がとても素敵過ぎて顔が緩んでしまうの。でも、大人だからそんな姿は見せたくないでしょ?」
「では、ホノカ様はこの馬車好き?」
「ええ!高等乗り合い馬車よりもお尻が痛くないし、内装も素敵!まるでお姫様になったみたいですわ!」
両頬を包み込みうっとりとする。
「高等乗り合い馬車?ベルツリー子爵家は専用の馬車を使わないのですか?」
「あ…ええ。勿論我が家にも馬車はあるけど、こんなに立派な物ではないし、私はあまり使わせていただけなかったの」
子供にしては思慮深いジェイルだったが、これは深く聞いては駄目だと判断したが、何分こういった経験が浅く彼の周りに近づいて来る貴族は上級貴族と呼ばれている人間が多かったので、生活には恵まれていた。
比べる対象がないのである。
だが、ジェイルは疑問に思う。
彼女は贅沢をする事になれていない。
むしろ、贅沢を好まない。
昨日一日見てきたが、目下の者に気を使う。それが、使用人でもだ。
彼女には貴族特有の傲慢さや思い上がりはない。
傲慢とは真逆で必要以上に自分を下に見ている。
まるで普段からそうされていたように。
(あれ?…もしかして、この人は実家で虐げられているのか?)
彼女の噂は聞いた事がある。
鼻持ち高く、傲慢で自分に自信があり、目下の者を見下し鼻で笑う。
(でも、目の前に座るホノカ様は噂とは全く逆だ)
そう、噂で聞くホノカ·ベルツリーと実物のホノカは一致しないのだ。
今までの自分の経験と照らし合わせる事も出来ず、ジェイルの脳内はゴチャゴチャと色々な欠片が散らばり混乱する。
思わずじっと凝視したジェイルにホノカはニッコリと笑い、
「ねぇ、ジェイル。今日はね、サンドイッチとかスコーンとか沢山作ってきたわ。お昼になったら、食べましょうね!」
「ホノカ様が作ってくれたんですか?」
「ええ。お口に合うと良いんだけど…」
気まず気なジェイルを気遣い話を変えた。
「ありがとうございます!お昼楽しみにしていますね。さぁ、ホノカ様。そろそろ、向かいましょう。もし、気分が悪くなったら仰ってくださいね」
「ええ。ジェイルも気持ち悪くなったりしたら、直ぐに教えてね」
完全に子供扱いだな。
何故だか少し不愉快で溜息が溢れた。
その理由に辿り着けず、モヤモヤと気にはなるが、多分…今はこのままで良い。
いや、このままが良い。
ジェイルは逸らしていた視線をホノカへ戻し、笑顔を作って頷いた。
「はい」
ジェイルは「出してくれ」と声を掛けるとホノカの席の対極に座った。
馬車は二人を乗せてゆっくり動きだした。
窓から見える景色と柔らかな日差しがホノカの緊張を解していく。
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