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ゼロ点満点 4

 セラフィーナは、馬車に乗っている。

 隣には、しっかりオリヴァージュが座っていた。

 彼は、あたり前のごとく肩を抱いている。

 

「どうかしたかい?」

「あなたを、どう呼ぶべきか考えていたの」

「どうって?」

「わからないけど……殿下、とか?」

 

 とたん、オリヴァージュが苦い顔をした。

 やはり王族扱いは嫌いらしい。

 さりとて。

 

「お父さまの前なのよ?」

「きみが気にするのなら、どう呼んでくれてもかまわない」

「どうしてかしら。あなたが怒っている気がするわ」

「怒ってはいないさ。ただ、機嫌がいいとは言えないだけだよ」

 

 2人は、馬車でアルサリア伯爵家に向かっている。

 セラフィーナは、結局、3日間をオリヴァージュの私室で過ごした。

 その間、彼女が「勘違い」したようなことは起きていない。

 

 オリヴァージュは、夜になると、私室を出て行く。

 初日は幼馴染みのところに、朝までいたそうだ。

 そして、次の日は、従兄弟のところに泊まったという。

 昨日は、ついに王宮から出てローエルハイドの屋敷に行ったと聞いている。

 

(本当に屋敷から出て行くなんて……あれって、本気だったのね)

 

 オリヴァージュは、セラフィーナに「我慢するのが大変」だと言っていた。

 同じ私邸にいると耐えられそうにない、とも言った。

 言われた時、セラフィーナは、またいつもの軽口だとばかり思っていたのだ。

 が、どうやら本気だったらしい。

 

「一緒に来なくてもよかったのに」

「それじゃあ、3日も我慢した甲斐がない」

 

 ふう…と、オリヴァージュが溜め息をつく。

 それから、苦笑いをもらした。

 

「少しピリピリし過ぎだな。きみの父親だからね。礼儀正しく振る舞うよ」

「そういうのが、嫌なんでしょ?」

 

 オリヴァージュは、セラフィーナの父に対して良い感情は持っていないだろう。

 なにしろ、父は、彼に罵声を浴びせ、屋敷から叩き出したのだ。

 魔術師のナルとも交流する気はなかったらしく、雇い入れの時に、1度、会ったきりだった。

 セラフィーナの教育中、様子を見に来ることさえしなかった。

 

「確かに、あまりいい気分ではないが……挨拶をしておく必要はある」

「案外、真面目なのね」

「知らなかったような口ぶりじゃないか」

「知らなかったわ」

 

 セラフィーナの言葉に、ようやくオリヴァージュが、少しだけ笑う。

 そのことに、ホッとした。

 彼は、自分のために嫌なことをしてくれようとしている。

 それだけ真剣だということだ。

 

「私が、古き習慣を重んじていることは、きみも、よく知っているはずだよ?」

 

 そっと、オリヴァージュが体を寄せてくる。

 そして、セラフィーナの耳に、唇でふれてきた。

 心臓が、どきんと弾み、馬車が揺れているのか、自分が揺れているのか、わからなくなる。

 

「この3日、昼は羊のように大人しくしていたし、夜はフクロウ並みに、あちこち飛び回っていたって、知っているだろう?」

 

 さらに、オリヴァージュが、小声で囁いた。

 とっておきの秘密を打ち明けるように。

 

「きみがベッドに誘ってくれるのを待っていたのに」

 

 きゅっと手を握られ、焦る。

 馬車の中は狭くて、体を離すことはできないからだ。

 オリヴァージュのことは好きだが、いきなりは困る。

 心の準備というものができていない。

 

 自分の屋敷に帰る道中だということも忘れかけていた。

 が、しかし。

 

 耳元で、くすくすと笑われる。

 オリヴァージュが、肩を震わせていた。

 その姿に、イラっとする。

 

「あなたの、その性根の悪さには、本当に腹が立つわ!」

「私が嘘をついているとでも?」

「嘘かどうかはともかく、私を面白がっているじゃない!」

「怒っているきみは可愛げがないのに、可愛らしいね」

(けな)されてるって気づかないほど、馬鹿だと思ってるのっ?」

 

 腹が立って、手を引こうとするほど、オリヴァージュが強く握ってくる。

 それにも、腹が立った。

 

「あなたを、また嫌いになりそうだわ」

「それは、いけないな」

「本気にしていないようね?」

「きみが、私を嫌いになっても、また好きにさせるだけだ」

 

 ぐいっと手を引っ張られ、オリヴァージュに抱き込まれる。

 悔しいけれど、押し返すことができない。

 どうにも、居心地が良かったからだ。

 

「お行儀良くすると約束するよ」

 

 額に、軽くキスが落とされる。

 それだけで、簡単に(なだ)められてしまう。

 

「だから、嫌いだなんて言わないでおくれ。私のちっちゃな可愛い小鳥」

 

 セラフィーナは、オリヴァージュの胸に顔をうずめた。

 皮肉が、頭に浮かばなかったからだ。

 甘ったるい台詞なんて、好きではなかったはずなのに。

 

「やっぱり、ナルって、呼ぶことにするわね」

「お父さまの前でも、かい?」

「そうよ」

 

 愛称だからというのもあるが、なんとなく「ナル」のほうが、しっくりくる。

 殿下と呼んだほうが、父には効果があるだろう。

 とはいえ、心に沁みこんだ印象は変えられない。

 ナルは、ナルなのだ。

 

「私が、あなたを蹴飛ばさないのは、王族だからじゃないもの」

 

 オリヴァージュが、セラフィーナの頭を撫でてくる。

 ひどく優しい仕草に感じられた。

 

「時間を早回しする魔術がないのを、残念に思っているよ」

 

 心の準備は必要だとしても、時間を早回しできないのが残念だと思うのは、セラフィーナも同じだ。

 厄介なことは、さっさと片づけて、早くオリヴァージュと一緒にいられるようになれるといい。

 無意識に、オリヴァージュの胸に頬をすりつける。

 そのセラフィーナに、オリヴァージュが言った。

 

「私は、いつまでフクロウをやっていられるかな」


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