特効薬の効き目 4
ぐさっと、胸を刺された気持ちになる。
オリヴァージュが、未だ自分をどう思っているのか、わからずにいたけれど。
ともかくも、数日間。
その言葉が、彼の心を示しているように思えた。
許婚だ、婚姻だ、と言っていたのは、「彼」だと気づかせるために過ぎなかったのだろう。
本気ではなかったのだ。
オリヴァージュは、数日と言っている。
一生でも、生涯でもなく。
その数日が過ぎたら、どうなるのか。
たぶん、別れが待っている。
オリヴァージュには、長くつきあいを続けるつもりはないのだ。
どんな感情からかはともかく、手に入れたいとの思いはあるらしく、いっときのつきあいは望んでいる。
とはいえ、それと愛とが別物だということくらいは、わかる。
だから、帰りたかった。
セラフィーナは、オリヴァージュに恋をしている。
いっとき彼と親密になれたとしても、それだけでは足りない。
むしろ、親密になればなるほど、離れがたくなるはずだ。
その時になって、彼を困らせたくなかった。
(オリヴァージュ……ナルは、私に恋をしているわけじゃないもの……)
ここに至るまでの間、オリヴァージュは、ただの1度もセラフィーナに「愛」を告げていない。
嫉妬や執着は、恋心がなくてもいだける。
手に入れたいものが、手に入らない時やなんかには、とくに生じうる感情だ。
「また、よからぬことを考えているね」
「……帰りたい、と思っているだけよ……」
たとえば、今夜、オリヴァージュとベッドをともにすれば、解放してもらえるのかもしれない。
彼は納得をして、自分に執着しなくなるかもしれない。
そういう選択もあるのではなかろうか。
セラフィーナだって同じ気持ちを返してくれない相手に、いつまでも執着されるのは苦痛でしかないのだ。
もちろんオリヴァージュが素直に帰してくれるのなら、それに越したことはないのだが、今のところ、見込みは薄かった。
「私から、それほど離れたい理由がわからないな」
きみは私に恋をしているのだろう。
オリヴァージュは、言外に、そう言っている。
セラフィーナも、自分の気持ちを否定はしない。
が、だからこそ、彼といるのがつらいのだとは、言えずにいる。
縋りつけば抱きしめてもらえるのは、わかっていた。
きっと、口づけも、今度は撥ねつけられたりしない。
間違いなく、オリヴァージュには、受け入れてもらえる。
いっときだけ。
それが、セラフィーナを悲しくさせていた。
オリヴァージュから離れたい理由でもある。
数日間だけの「恋人」なんて嫌だったからだ。
洗練され、物慣れた貴族令嬢なら、駄々をこねたりしないのだろう。
彼の望みを叶えられたことに満足し、黙って去るに違いない。
けれど、セラフィーナは、そんなふうにはなれないのだ。
割りきったつきあいなど、とても、できそうになかった。
「私が、令嬢失格だからよ」
セラフィーナは、勝気で負けず嫌い。
頑固でもあり、父に反抗してでも、貴族に馴染めない自分であり続けてきた。
だから、意思という面では、強いと思っていたのだけれど。
オリヴァージュの前では、自分をひどく脆く感じる。
彼のひと言で、こんなにもあっさり傷ついてしまう。
正直、傷つきたくない。
さりとて、オリヴァージュには、彼女を傷つける力があった。
彼に恋をして、セラフィーナは、初めて「逃げる」道を、選びたくなっている。
真っ向勝負しても傷つくだけだからだ。
「ラフィ」
オリヴァージュが、イスから立ち上がる。
カウチに座っているセラフィーナのほうに、歩み寄ってきた。
わずかに引いた体が、こわばっている。
オリヴァージュに、ふれられたくなかったのだ。
彼の気持ちがどうであれ、ぬくもりが伝わってきてしまうから。
「ずいぶんと大人しくなってしまったね」
オリヴァージュが、隣に座ってくる気配がした。
セラフィーナはうつむいたまま、そちらは見ずにいる。
「……本当に、もう……やめて……」
「なにをだい?」
「こんなふうに、近づいてこないで」
「それは無理だよ。私は、きみにふれたい」
セラフィーナの手が、オリヴァージュに握られていた。
咄嗟に手を引いたものの、離してはもらえない。
「私は、きみに、ちゃんと見せただろう? 今までのことも、話した」
「そうね……私も、理解したわ……」
「本当に? それなら、なぜ、そんな顔をしているのかな」
顎をつかまれ、くいっと持ち上げられる。
オリヴァージュの視線に捕まりたくなくて、目をそらせた。
「私の手札は、あと1枚しか残っていない」
まだ何かあるのか、と思う。
これまでの経緯や彼の考えは聞いた。
そして、理解もしている。
これ以上、傷つくような「何か」など聞きたくなかった。
「きみには、今の私に恋をしてほしかった。かつての私ではなく、ね」
顎から手が離れ、頬を撫でてくる。
やっぱり暖かかった。
「今のきみに、私は恋をしている。跪いてもかまわないと思うほどに」
セラフィーナは、ゆっくりと視線をオリヴァージュに向ける。
とても真剣なまなざしに、胸が痛くなった。
彼が、ふっと表情を変える。
にっこりされて、もっと胸が苦しくなった。
「おや? チョコレートが溶けそうになっているね。泣くかい?」
ぱたぱたっと、セラフィーナの瞳から涙がこぼれ落ちる。
ぼやけた視界の中、オリヴァージュが微笑んでいた。
意地悪でも、嫌味でもない笑みだ。
今は、素直に彼の言葉を信じられる。
「これは、私の特権だから、ほかの誰にも、見せてはいけないよ。いいね? 私のちっちゃな可愛い小鳥」




