表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/60

特効薬の効き目 4

 ぐさっと、胸を刺された気持ちになる。

 オリヴァージュが、未だ自分をどう思っているのか、わからずにいたけれど。

 

 ともかくも、数日間。

 

 その言葉が、彼の心を示しているように思えた。

 許婚(いいなずけ)だ、婚姻だ、と言っていたのは、「彼」だと気づかせるために過ぎなかったのだろう。

 本気ではなかったのだ。

 

 オリヴァージュは、数日と言っている。

 一生でも、生涯でもなく。

 

 その数日が過ぎたら、どうなるのか。

 たぶん、別れが待っている。

 オリヴァージュには、長くつきあいを続けるつもりはないのだ。

 どんな感情からかはともかく、手に入れたいとの思いはあるらしく、いっときのつきあいは望んでいる。

 とはいえ、それと愛とが別物だということくらいは、わかる。

 

 だから、帰りたかった。

 セラフィーナは、オリヴァージュに恋をしている。

 いっとき彼と親密になれたとしても、それだけでは足りない。

 むしろ、親密になればなるほど、離れがたくなるはずだ。

 その時になって、彼を困らせたくなかった。

 

(オリヴァージュ……ナルは、私に恋をしているわけじゃないもの……)

 

 ここに至るまでの間、オリヴァージュは、ただの1度もセラフィーナに「愛」を告げていない。

 嫉妬や執着は、恋心がなくてもいだける。

 手に入れたいものが、手に入らない時やなんかには、とくに生じうる感情だ。

 

「また、よからぬことを考えているね」

「……帰りたい、と思っているだけよ……」

 

 たとえば、今夜、オリヴァージュとベッドをともにすれば、解放してもらえるのかもしれない。

 彼は納得をして、自分に執着しなくなるかもしれない。

 そういう選択もあるのではなかろうか。

 

 セラフィーナだって同じ気持ちを返してくれない相手に、いつまでも執着されるのは苦痛でしかないのだ。

 もちろんオリヴァージュが素直に帰してくれるのなら、それに越したことはないのだが、今のところ、見込みは薄かった。

 

「私から、それほど離れたい理由がわからないな」

 

 きみは私に恋をしているのだろう。

 

 オリヴァージュは、言外に、そう言っている。

 セラフィーナも、自分の気持ちを否定はしない。

 が、だからこそ、彼といるのがつらいのだとは、言えずにいる。

 

 (すが)りつけば抱きしめてもらえるのは、わかっていた。

 きっと、口づけも、今度は撥ねつけられたりしない。

 間違いなく、オリヴァージュには、受け入れてもらえる。

 

 いっときだけ。

 

 それが、セラフィーナを悲しくさせていた。

 オリヴァージュから離れたい理由でもある。

 数日間だけの「恋人」なんて嫌だったからだ。

 

 洗練され、物慣れた貴族令嬢なら、駄々をこねたりしないのだろう。

 彼の望みを叶えられたことに満足し、黙って去るに違いない。

 けれど、セラフィーナは、そんなふうにはなれないのだ。

 割りきったつきあいなど、とても、できそうになかった。

 

「私が、令嬢失格だからよ」

 

 セラフィーナは、勝気で負けず嫌い。

 頑固でもあり、父に反抗してでも、貴族に馴染めない自分であり続けてきた。

 だから、意思という面では、強いと思っていたのだけれど。

 

 オリヴァージュの前では、自分をひどく脆く感じる。

 彼のひと言で、こんなにもあっさり傷ついてしまう。

 

 正直、傷つきたくない。

 さりとて、オリヴァージュには、彼女を傷つける力があった。

 彼に恋をして、セラフィーナは、初めて「逃げる」道を、選びたくなっている。

 真っ向勝負しても傷つくだけだからだ。

 

「ラフィ」

 

 オリヴァージュが、イスから立ち上がる。

 カウチに座っているセラフィーナのほうに、歩み寄ってきた。

 わずかに引いた体が、こわばっている。

 オリヴァージュに、ふれられたくなかったのだ。

 彼の気持ちがどうであれ、ぬくもりが伝わってきてしまうから。

 

「ずいぶんと大人しくなってしまったね」

 

 オリヴァージュが、隣に座ってくる気配がした。

 セラフィーナはうつむいたまま、そちらは見ずにいる。

 

「……本当に、もう……やめて……」

「なにをだい?」

「こんなふうに、近づいてこないで」

「それは無理だよ。私は、きみにふれたい」

 

 セラフィーナの手が、オリヴァージュに握られていた。

 咄嗟に手を引いたものの、離してはもらえない。

 

「私は、きみに、ちゃんと見せただろう? 今までのことも、話した」

「そうね……私も、理解したわ……」

「本当に? それなら、なぜ、そんな顔をしているのかな」

 

 顎をつかまれ、くいっと持ち上げられる。

 オリヴァージュの視線に捕まりたくなくて、目をそらせた。

 

「私の手札は、あと1枚しか残っていない」

 

 まだ何かあるのか、と思う。

 これまでの経緯(いきさつ)や彼の考えは聞いた。

 そして、理解もしている。

 これ以上、傷つくような「何か」など聞きたくなかった。

 

「きみには、今の私に恋をしてほしかった。かつての私ではなく、ね」

 

 顎から手が離れ、頬を撫でてくる。

 やっぱり暖かかった。

 

「今のきみに、私は恋をしている。(ひざまず)いてもかまわないと思うほどに」

 

 セラフィーナは、ゆっくりと視線をオリヴァージュに向ける。

 とても真剣なまなざしに、胸が痛くなった。

 彼が、ふっと表情を変える。

 にっこりされて、もっと胸が苦しくなった。

 

「おや? チョコレートが溶けそうになっているね。泣くかい?」

 

 ぱたぱたっと、セラフィーナの瞳から涙がこぼれ落ちる。

 ぼやけた視界の中、オリヴァージュが微笑んでいた。

 意地悪でも、嫌味でもない笑みだ。

 今は、素直に彼の言葉を信じられる。

 

「これは、私の特権だから、ほかの誰にも、見せてはいけないよ。いいね? 私のちっちゃな可愛い小鳥」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ