特効薬の効き目 1
当時、彼女は5歳。
オリヴァージュは14歳だった。
ロズウェルド王国では、大人とされる歳だ。
その歳になると、オリヴァージュに、貴族がまとわりついてくるようになった。
たいていは、己の娘との婚姻が目当て。
夜の相手をさせる、と言ってくる者も少なくなかった。
いくら断っても、貴族たちは諦めない。
眉をひそめずにはいられないような「条件」を、次々と出してくる。
いいかげん、オリヴァージュは、貴族たちの身勝手さに嫌気がさした。
そして、つくづくと思い知ったのだ。
自分は王族で、王位継承第3位という立場。
オリヴァージュ自身がどう思おうと、そこからは逃げられない。
周囲は、彼を「身分」で判断する。
そのことにも、うんざりした。
だから、オリヴァージュは、夜会にも顔を出さなくなったし、公務も放棄。
姿を見せずにいれば、貴族たちの興味も薄れるだろうと思ったからだ。
実際、オリヴァージュの考えは、大きく外れてはいなかった。
突然に、王宮にあるオリヴァージュの私邸を訪れる者はいたが、ヴィクトロスが対処している。
誰も中には入れず、すべて遮断。
それが何年も続くうち、ようやく貴族たちも諦めたのだ。
が、彼らが諦めても、オリヴァージュの中の貴族嫌いは直らなかった。
今も、残り続けている。
オリヴァージュが、セラフィーナと会ったのは、貴族たちから逃げ、ジョザイアの屋敷を訪れた帰り。
ローエルハイドの屋敷に行っていると知られるのは困るので、民服を着て変装。
当時、すでに使えるようなっていた転移で、王宮に戻ってもよかった。
けれど、その日は、なんとなく、ぶらぶらと歩いていた。
「私と鉢合わせをした夜、きみは、あの場所に行こうとしていたのだろう?」
オリヴァージュが、アルサリア伯爵家だとも知らず、悪戯心で入りこんだ屋敷。
塀が少し低くなっていて、飛び越えるのは簡単だったのだ。
そこで、彼は、セラフィーナと出会った。
目を丸くして、オリヴァージュを、じっと見ていたセラフィーナを思い出す。
まずいと慌てた彼の前で、セラフィーナは騒ぎもせず、首をかしげた。
そして、なんとも「普通」に話しかけてきて、彼を驚かせている。
なにをしているのか、誰なのか、そういったことは聞かれなかった。
『ここは、私の秘密の場所なの。でも、今日からは、2人の秘密ね』
あまりに驚いたものだから、今でも一言一句、覚えている。
そのあと、セラフィーナが、花のように笑ったことも。
5歳にしては、彼女は少しませていて、なのに、無邪気だった。
貴族に辟易していたオリヴァージュにとって、セラフィーナの無邪気さは、心にとても気持ちが良かったのだ。
屋敷の娘であることは、着ているものから想像がついた。
さりとて、セラフィーナは、今と同じく、およそ貴族らしくなくて、どれほど、ホッとしたことだろう。
貴族にも、無垢な時があるのだと。
王宮にいると、どうしても貴族を意識する。
当時の彼は、大人とされる歳であっても、まだ14歳。
癇癪を起こしそうになるのを抑えるため、しょっちゅう王宮を抜け出していた。
そして、毎日、セラフィーナに会いに行き、一緒に遊んだ。
彼女といると、自分が「王族」だと思わずにいられたし、気持ちが軽くなる。
セラフィーナの笑った顔に、気軽な会話に、救われていた。
もちろん、彼女は、その頃、5歳だったので、恋心というようなものではない。
ただ、セラフィーナの純真さに癒されていたと言える。
「これは、きみからもらったものだ」
オリヴァージュは、左手を開き、手のひらをセラフィーナに向けた。
鈍い銀色をしているのは、それが高価でないことを表している。
小さなセラフィーナは、彼に言った。
『私、お小遣いをためていたの』
『それで買ったのかい?』
『買ってきてもらったのよ、トビーに』
セラフィーナが、どの程度、小遣いをもらっていたかは知らない。
とはいえ、全財産をはたいたのは間違いなかった。
彼女が、とても誇らしそうにしていたからだ。
『あなたにあげる』
『いいのかな? こんなに高価なものをもらっても?』
『いいのよ。だって……』
セラフィーナは頬を少し赤くして、少し言いにくそうに、もじもじしていた。
その様は、貴族令嬢の「駆け引き」とはまるで違っていて、オリヴァージュの瞳には、とても可愛らしく映った。
精一杯、背伸びをしている小さな雛。
まだ巣の中にいるくせに、外に出たそうに顔を出している。
そんなふうだったのだ。
『だって、あなたは、将来、私と婚姻するんだもの』
『それは知らなかったな』
オリヴァージュは、くすくすと笑いながら、言ったのだけれど。
セラフィーナが真面目な顔をしていたので、笑うのをやめた。
その彼に向かって言ったのが、さっきの台詞。
『待っていてね。私、すぐに大きくなるから』
その後、オリヴァージュは伯爵に見つかり、屋敷を叩き出されることになる。
以来、アルサリア伯爵家には近づかないようにしていた。
5歳の少女のことは気になったが、やはり貴族は嫌いだと思ったからだ。
彼を平民だと思った伯爵に、容赦のない罵声を浴びせられている。
それでも、オリヴァージュは、彼女を気にかけていた。
14歳で社交界にデビューした際には、姿を消して見にも行っている。
大きくなった姿に驚きはしたが、恋にはならなかった。
元気で過ごしているとわかり、安心しただけだ。
にもかかわらず、忘れることもできずにいた。
婚姻を意識すると、声が聞こえる。
幼いセラフィーナの声だ。
すると、どうにも居心地が悪くなり、婚姻の話を進められなくなってしまう。
そこで思った。
彼女は、まだ自分を想っているだろうか。
ロズウェルドの貴族令嬢の多くが16歳で婚姻する。
だから、16歳を過ぎるまで待つことにした。
もし、彼女が誰とも婚姻しなかったら、それは自分への想いを持ち続けてくれているからかもしれない。
果たして、彼女は17歳を迎えても、婚姻することはなかったのだ。
そこに、ネイサンとの正妻選びの話が、オリヴァージュの耳に入った。
サロンに出入りをしている際、あの「見栄っ張りなスチュー」が、周囲に、自慢しているのを聞いている。
「私に求婚したのは、きみだよ、ラフィ。私は、もうずっと、きみの許婚だった。そうだろう?」




