ご冗談を 1
セラフィーナが、腕の中で暴れまくっていた。
オリヴァージュは、かまわず彼女を強く抱きしめている。
体は、とっくに治癒していた。
「離してよッ!! あなたなんか大嫌いッ! 大っ嫌いッ!!」
「それは、さっき聞いた。別のこともね」
「あんなの本心じゃなかったわッ!」
烈火のごとく怒っているセラフィーナは、本当に炎の精のようだ。
耳まで赤くして、怒りをぶちまけている。
追い詰められても、まだじたばたしている姿が、とても愛らしい。
「きみが、あの状況で嘘をつけるほど器用だったら、私は教育係として苦労はしなかったよ」
「黙りなさい、オリヴァージュ・ガルベリー!! 言いかたを変えるから!」
「往生際が悪いねえ」
セラフィーナを抱きしめたまま、オリヴァージュは、くすくすと笑った。
いくら彼女が否定しても、それは、まかり通らない。
通す気もない。
「たった今、あなたのことが大嫌いになったのよッ!」
「さっきまでは、そうではなかったのに?」
「誰にだって、気の迷いってことはあるでしょッ!」
「きみは、それほど器用ではないと言っているじゃないか」
一瞬で気持ちが変えられるなら、感情に振り回されずにすむ。
できないからこそ、否応なく振り回されてしまうのだ。
オリヴァージュ自身、セラフィーナを前に、何度となく経験している。
彼女の鼻っ柱をへし折り、膝を屈させるまでは自制をしようとした。
なのに、抑制しきれず、失敗を繰り返したのだから。
「もう帰るわ! だから、離してちょうだいっ!」
「ご冗談を」
わざと、大袈裟に驚いたような声を出す。
とはいえ、本当にセラフィーナを帰す気もなかった。
せっかく捕まえたのに、手放すなんてできるわけがない。
「冗談を言える気分じゃないわよッ! いいから、離してっ!」
「きみの気分がどうであれ、離すつもりはないよ、私の可愛い小鳥」
腕の中で暴れているセラフィーナの体を、くるっと反転させる。
怒りの炎が燃え盛る瞳を見つめ、にっこりした。
セラフィーナが、ものすごく嫌な顔をする。
「私の勝ちだ。負けを認めたまえ」
「殴ってもいい?」
「どうぞ、お好きに」
言った、瞬間だ。
パンッ!!
オリヴァージュの頬が鳴った。
セラフィーナに平手打ちを食らわされたのだ。
彼女は、自分で殴っておいて、びっくりした顔をしている。
オリヴァージュは、痛む頬を手で撫でた。
「どうして避けないのっ?!」
「きみが殴りたいと言ったからさ」
「だって……」
セラフィーナは、オリヴァージュが避けると思っていたらしい。
もしくは、彼女の手を掴むとか。
「防御の魔術、とか……」
「かける間もなかったよ」
「だって……私……」
戸惑い顔の彼女の中に、心配する表情が読み取れる。
オリヴァージュは、そっとセラフィーナの手を取った。
「きみの手は痛んでないかい?」
さっきの平手は、かなり強かったのだ。
避けると思い込んでいたせいで、力いっぱい振り下ろしたに違いない。
殴られたオリヴァージュも痛くないとは言えないが、殴ったセラフィーナの手のほうが気になっている。
少し赤くなっていた。
オリヴァージュは、すぐに治癒を使う。
「私より……自分を治せば……」
「きみに初めて嘘をついたからね。その代償だと思っているよ」
きゅっと、セラフィーナが唇を引き結んだ。
この3ヶ月の特訓は、役に立っていない。
彼女は、ちっとも表情を作れていなかった。
「どれが、初めてなのか、わからないわ……」
セラフィーナは、まだオリヴァージュに「騙された」と思っている。
ナルとして言ったことや、したことも、嘘だと思っているのだろう。
が、それらに関して、オリヴァージュは嘘をついていない。
騙したつもりもない。
「私は、たいして強くない、と言ったことだね」
「……そこなの?」
「そうとも。実はね。私は、王宮にいる上級魔術師より強いのさ」
オリヴァージュの趣味は「魔術師」だ。
新しい魔術を開発するには、それなりの腕がいる。
そのため、常に腕を磨く努力をしていた。
技術がなければ、試したくても試せないので。
セラフィーナが、不審そうに目を細める。
オリヴァージュの言葉に納得していないのだろう。
「殿下」
不意に、声をかけられたが、振り向きはしなかった。
誰だか、わかっていたからだ。
なぜ、ここに来たのかも、察している。
(ジョザイアおじさんか)
ジョザイアは、特別な力を持っていた。
通常の魔術師が使う魔力感知では、個までは特定できない。
が、ジョザイアにとっては、簡単なことなのだ。
オリヴァージュを特定し、ヴィクトロスに場所を伝えたに違いない。
「後片付けを頼めるかい?」
「そのつもりでまいりました、殿下」
オリヴァージュは、かなり気の毒に思う。
ジョザイアが動いたとなれば、あの女性魔術師に指示した者は、大層な目に合うだろうから。
「ああ、そうだ。きみの言うように、私は婚姻することにしたよ、ヴィッキー」
「それは、なによりでございます」
ヴィクトロスも、なにかしら気づいてはいたようだ。
そのせいだろう、ちっとも驚いていない。
もしかすると、故意に、婚姻という言葉を出したのかもしれない。
自分の未熟さを、少しばかり恥じる。
さりとて。
(私の周りには、過保護な者が多過ぎる。いつまで子供扱いする気なのだろうね)
同じくらい不満も感じた。
女性を口説く方法も知らない子供のように扱われるのは不本意だったのだ。
思う、オリヴァージュの前で、セラフィーナが身を翻そうとする。
すぐさま腕をつかみ、その体を抱き上げた。
2度も逃げられるなんて思ってもらっては困る。
「離さない、と言ったはずだがね。耳はついているかい?」




