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手並拝見 4

 オリヴァージュ、いや、ナルが死んでしまうかもしれない。

 思うと、怖くてたまらなくなる。

 騙されたとも思ったし、傷つけられたとも感じていた。

 腹が立って、悲しかった。

 

 それでも、セラフィーナは、ナルに恋をしている。

 

 ナルは、オリヴァージュだったわけだが、気持ちは変えられずにいた。

 その彼が、いなくなってしまうかもしれないのだ。

 2度と嫌味を言われることもなく、皮肉を返すこともなくなる。

 ダンスだって、できない。

 

 たったの3ヶ月で、彼はセラフィーナの心に大きな影響を与えていた。

 追い出したくても、追い出せない。

 ずっと居座り続けている。

 初恋の相手すらも押しのけて。

 

「彼は、関係ないんでしょ?!」

 

 セラフィーナは、オリヴァージュに庇われたまま、声を上げた。

 その言葉に反応したのか、攻撃が止まる。

 女性は、セラフィーナに用事がある、と言ったのだ。

 セラフィーナを庇うオリヴァージュを攻撃しているのは、目的を達成するのに、邪魔だからだろう。

 

「あなたが……殺したいのは、私なんじゃないの?」

「そうね。彼を殺したいとは思っていないわ」

 

 口ぶりから「邪魔をし続けるなら殺す」との意味を察した。

 つまり、自分を庇うことで彼は危険に(さら)されている、ということ。

 

「ラフィ……いけないよ」

 

 傷ついた手で、なおもオリヴァージュがセラフィーナを庇おうとする。

 振り向かない彼の髪から血の滴が落ちていた。

 真っ白でパリッとしていたシャツにも血が滲み、皺になっている。

 このままでは、彼が危ない。

 

「あなたが、私の“用事”をすませてくれるなら、彼は無事に帰してあげるわよ」

 

 オリヴァージュは王族だ。

 殺したりしたら、ただではすまない。

 だから、できれば殺したくないと思っている。

 相手も命を懸けずにすむのなら、そのほうがいいのだろうし。

 

「……わかったわ。私が“用事”を引き受ける」

「ラフィ、駄目だと言っているだろう」

「このままじゃ、あなたが殺されちゃうじゃない」

「いいさ。きみを失うくらいなら……」

「やめて。甘ったるい台詞を聞くと、吐きそうになるって言ったでしょ」

 

 さっきとは逆に、セラフィーナが指先ひとつでオリヴァージュを制した。

 オリヴァージュの瞳を、まっすぐに見つめる。

 

(やっぱりナルなのよね。こうして見ると……瞳の色が、ナルだって、わかる)

 

 話しかたが変わっても、オリヴァージュはナルなのだ。

 本質は、なにも変わらない。

 意地悪で嫌味ばかり言って、なのに、いつだって助けてくれた。

 腹を立てさせられることも多いが、何気ない会話ですら楽しく思わせてくれる。

 彼から貴族令嬢の教育を受けていたにもかかわらず、気取らずにいられた。

 

 誰といるより「しっくり」くると感じてもいたし、いつしか(そば)にいるのがあたり前にもなっていたのだ。

 彼が傍にいないと、とたんに寂しくなる。

 図々しくも、彼女の心に入り込んできた男性だった。

 

 そして、セラフィーナが、本気で恋をした人。

 

「別れの挨拶くらいはさせてあげる」

「それは、どうも」

 

 皮肉っぽく応じてから、セラフィーナはオリヴァージュの頬に手をあてた。

 ぬくもりが手のひらに広がっていく。

 これから殺されるというのに、不思議と恐怖はなかった。

 怖いのは、彼を失うことだったからだ。

 

「大丈夫よ。このくらい、あなたなら治せるでしょ?」

「ラフィ……」

「私を庇わなければ、こんな怪我をしなくてすんだのに。馬鹿ね」

 

 オリヴァージュは、ナルの時、毎日、セラフィーナを治癒している。

 魔術や魔力については、よく知らないが、おそらくオリヴァージュ1人だけなら傷を癒やすこともできるに違いない。

 たぶん、転移を使えば、セラフィーナを置いて逃げることだってできたのだ。

 

 なのに、オリヴァージュは逃げなかった。

 セラフィーナのために戦ってくれた。

 それだけで、十分に思える。

 

「あなたのことが、大嫌いよ、オリヴァージュ・ガルベリー」

 

 言って、セラフィーナは、そっと唇を重ねた。

 それから、そのぬくもりを惜しみながら、ゆっくりと唇を離す。

 オリヴァージュのダークグリーンの瞳を見つめた。

 

「結果を教えるわね。あなたが、私に(ひざまず)く必要はないわ」

 

 セラフィーナは立ち上がり、彼の前に立つ。

 振り向かずに、言った。

 

「だって、私は、あなたに恋をしているもの。大好きよ、ナル」

 

 最期の時を迎えるべく、セラフィーナが目を閉じる。

 命が尽きる前に見ていたいのは、彼の瞳の色だったからだ。

 瞼の裏で、それを思い出す。

 

 が、しかし。

 

「ようやく言ってくれたね! 私のちっちゃな可愛い小鳥!」

 

 ぎゅっと、後ろから抱きしめられていた。

 息も絶え絶えになっていたオリヴァージュの声とも思えない。

 さりとて、間違いなく彼の声だ。

 

「ああ、まったく! きみときたら! まさか、私が今際(いまわ)(きわ)になるまで言わないなんて、思わないじゃないか!」

 

 ぎゅうぎゅう、すりすり。

 

 セラフィーナの頭は、ハテナだらけ。

 なにがなんだか、わからずにいる。

 オリヴァージュに抱きしめられ、頬をすりつけられているのは、わかるけれど。

 

「いいわ。2人まとめて、殺し……っ……」

 

 目の前で、音もなく、魔術師の女性が吹っ飛ばされた。

 高く飛んだ体が地面に落ち、今度は大きな音を立てる。

 落ちた彼女は、あたり前だが、動かない。

 いや、動けない。

 呻き声は聞こえていたので、死んではいなさそうだ。

 

 もしや、まさか。

 

 ものすごく嫌な感じがする。

 これは勘でなくとも、わかった。

 混乱から立ち直ったセラフィーナの体が、ワナワナっと震える。

 

「また騙したのねッ! この大嘘つきッ! ペテン師ッ! 詐欺師ッ!!」


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