手並拝見 2
女性の目が、オリヴァージュの後ろにいるセラフィーナに向けられていた。
なぜ彼女に狙われているのか、心当たりがない。
(ラフィ、ひとまず休戦してくれるかい?)
(あの人は誰? どうして、私なの?)
頭の中でのやりとりが始まる。
もはや、慣れた。
オリヴァージュの「休戦」の提案もスルーしているほどだ。
実際、喧嘩をしている場合でもないし。
(さぁね。ネイサンの熱狂的な支持者かもしれないな)
(彼、モテるらしいものね)
(きみ、ずいぶんと新語に慣れてきたようじゃないか)
(デボラと話す時、使うようになったからじゃない?)
オリヴァージュの話しかたは、ナルと違い、砕けている。
なのに、ナルと話しているのと同じ気軽さがあった。
話しているだけで、緊張が少しほどける。
会話に危機感がないせいかもしれない。
怒っていたのも、傷ついていたのも、後回し。
セラフィーナには、これが、どの程度、危険なのかがわからないので。
(少し面倒な相手だな)
(そうなの? あなたより強い?)
(私は、たいして強くないからね。逃げることを考えているよ)
オリヴァージュの返事に、セラフィーナは驚いていた。
なぜかは不明だが、魔術師としてナルは優秀だと思っていたからだ。
優秀さにも「向き」があるのだろうか。
癒すことには向いているが、攻撃することには向いていない、とか。
(逃げるって、どうするの? 転移?)
(それは……まぁ、なんとかするさ)
転移で、パッと逃げることはできないらしい。
魔術については門外漢のセラフィーナに、その理由は不明。
とにかく、オリヴァージュの指示に従っていればいいとだけ思う。
ナルからの指示を、自然に受け入れていたように。
(私の手を取って)
オリヴァージュが、そっと左手を後ろに差し出してきた。
少しだけ体を寄せ、女性に見つからないように握り返す。
手から伝わってくるぬくもりに、安心した。
感触は、ナルのものと同じだ。
同一人物なのだから当然だが、セラフィーナは安心している。
無意識に、オリヴァージュはナルなのだ、と感じていた。
初めて見た時には「誰?!」と思ったのに。
(私が、気をそらせて、そのあと走る。いいね?)
(わかった! 転ばないように気をつけるわ!)
(転んでみちゃあどうだい? 私に、かかえられたければね)
(……本当に、嫌味しか言えない口ね)
(ぜひとも、きみに、私の嫌味しか言えない口を、ふさいでほしいなあ)
カッと、一瞬、顔が熱くなる。
オリヴァージュにされた、小さなキスを思い出したからだ。
「夜会は、まだ終わっていないようね。面倒だけれど、大きな音を立てないように気をつけることにするわ」
女性が、屋敷のほうに、少し視線を向けている。
それでも、彼女が2人に注意をはらっているのは、わかっていた。
わざと隙を与えているとも考えられる。
セラフィーナは、魔術師同士の戦いなんて知らないのだ。
「ラフィは、ネイサンの妻になりたがってはいないよ? 無理に候補にさせられただけでね。だから、彼女を狙うのは、お門違いというものだ」
「彼女の意思は、どうでもいいのよね」
「きみに指図しているのが誰か、俄然、興味が出てきたよ」
オリヴァージュは、まったく興味なさげに言う。
女性の気をそらせようとしているに違いない。
セラフィーナの手が、強く握られている。
いつまでもは、会話を続けるつもりはないようだ。
セラフィーナも「その時」を意識して、身構える。
「それも、どうでもいいことでしょう?」
「魔術師は、口が堅くなくちゃあね」
「そうよ」
オリヴァージュが、ちらっと視線を屋敷のほうに投げた。
小さな拍手の音が聞こえている。
「夜会が終わったのかな。ネイサンは誰を選んだのだろうね」
たぶん、彼女はホールでのことを知らない。
でなければ、オリヴァージュの言葉に欺瞞があると気づいたはずだ。
さっきも、正妻選びの結果について、彼が明確にはせずにいたのを思い出す。
ホールで口にしていた「私の許婚」といった言葉もなかった。
むしろ、未だセラフィーナが正妻候補であるかのような口ぶりだったのだ。
ぱんっ!
突然、魔術師の女性の後ろで、なにかの弾けるような音がする。
ハッとしたように振り向く女性の姿を目にしたとたん、手が引っ張られた。
セラフィーナは、慌てて駆け出す。
「逃げ足が速いのを、賞賛すべきかい?」
「嫌味を言うしか能がない舌なんて、噛めばいいのに」
オリヴァージュが、くすくす笑いながら走っていた。
そんな顔は、ナルの時にも見たことがない。
初めてのことに、胸が、どきどきする。
「私に言いたいことはないかな?」
「……ないわ。私たち、逃げている最中なのよ?」
見透かされているとわかっていても、オリヴァージュに自分の気持ちを言いたくなかった。
今は、休戦しているだけだからだ。
すべてを納得してからでなければ、口に出したくない。
そもそも。
オリヴァージュ自身が、どう思っているのかもわからないし。
彼は、セラフィーナに「騙していない」と言い、「婚姻も本当」だと言った。
さりとて、ナルから、そんな話をされたことはないのだ。
ナルだったオリヴァージュは、セラフィーナを突き放してばかりいた。
最後の頼みの綱としていた「口づけ」さえも拒んでおいて、今さら、と思う。
「きみのピーマンが詰まった頭に、またよからぬことが浮かんでいそうだ」
「しかたがないでしょ。ピーマンって、たいていは苦いと決まっているもの」
「もしかして、私の小鳥は、ピーマンが嫌いなのかな?」
「ええ。あなたを嫌いなのと、同じくらいにね」
本当に悔しかった。
どうしてもオリヴァージュとの会話を楽しんでしまう。
そして、言葉を交わすたびに、オリヴァージュとナルが重なってくる。
休戦中だからという理由とは別に、繋がれた手を振りほどけずにいた。
彼と手を繋いでいたいと、感じている。
本当に、とても悔しくて腹立たしいのだけれども。
口にはしないが、彼が王族でも魔術師でも、どうでもいい気分。
いずれにせよ、こんなふうに連れて逃げてくれるなら、どこまでも一緒に駆けて行くには違いない。




