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お手柔らかに 3

 とんでもなく大事(おおごと)になってしまった。

 ようやく挨拶に区切りがつき、オリヴァージュは安堵している。

 

 アドルーリット公爵家は、女系とはいえ王族の血筋だ。

 オリヴァージュに招待状が来たのと同様、ほかの王族にも届いていたらしい。

 出席していたのは多くはなかったが、同伴者も含めると、それなりの数になっている。

 口々に祝福されるのは悪い気分ではなかったけれども。

 

「皆も、ナルが婚姻するとは思っておらぬようだったな」

「ナルは、良い趣味を持っているからねえ」

「その趣味、オレも楽しませてもらってる」

「助けてもらっている、の間違いではないかい、リンクス」

「ジョザイアおじさんには、筒抜けだなあ」

 

 3人は笑っているが、オリヴァージュは、笑えない。

 隣からの空気が、だんだんに厳しいものになってきているからだ。

 顔には出していないものの、セラフィーナは、すっかりご機嫌斜め。

 そろそろ、我慢の限界を感じ始めているだろう。

 

(早く、この場をおさめて、2人で話せる場所に……)

 

 考えている間に、セラフィーナが、バシッとナルの手を肩から叩き落した。

 びっくりして顔を向けたオリヴァージュを、キッと睨みつけてくる。

 それから、すぐに腰をかがめ、オリヴァージュ以外の3人に挨拶をした。

 

「今夜は楽しませていただき、感謝しておりますわ、陛下。ですが、申し訳ございません。靴が脱げてしまいそうですので、お先に失礼いたします」

 

 言うなり、身を翻す。

 国王の返事を待たずに去る令嬢なんて、セラフィーナくらいだ。

 

「早く追いかけたがいいね。彼女は、とても逃げ足が速そうだ」

 

 ジョザイアに促され、ハッとする。

 慌てて、オリヴァージュは、セラフィーナを追って駆け出した。

 

「なかなか良い娘ではないか。あれぐらいでなければ、ナルの嫁は務まらぬ」

「まー、嫁になってくれるかどーかは、わかんねーけど」

「む。そうなのか? それは、いかん。なんとしても逃すでないぞ、ナル!」

「頑張れよー」

 

 背中に聞こえてくる叔父とリンクスの声に、オリヴァージュは顔をしかめる。

 うまくいっていたものを台無しにしたのは誰だ、と言いたくなった。

 さりとて、戻って嫌味を言う時間はない。

 ジョザイアの言うように、セラフィーナは飛ぶように駆け、ホールどころか屋敷まで出てしまっている。

 

 真っ暗な庭園の中、白っぽく見えるドレスを追いかけた。

 きっと彼女は、どこに行くということもなく走っているに違いない。

 馬車を止めてある方角とは、まるきり別のほうに向かっている。

 怒りを御し切れず、ただ、あの場から離れたかっただけなのだ。

 

「ラフィ!」

 

 オリヴァージュの胸に、セラフィーナが飛び込んでくる。

 その体を受け止め、抱きすくめた。

 彼女は前を走っていたわけだが、先を見越して転移したのだ。

 結果、セラフィーナは、オリヴァージュにぶつかるようにして腕の中。

 

「離してよッ!」

「きみのほうから飛び込んできたのじゃないかな?」

 

 じたじたと暴れるセラフィーナにも、オリヴァージュは動じない。

 抱き込んで、額にキスを落とす。

 

「私が飛び込んだんじゃないわ! 転移を使うなんて……卑怯者っ!」

「この先には池があるのでね。落ちるのを止めただけだよ、私の可愛い小鳥」

 

 セラフィーナが、またも、キッとオリヴァージュを睨み上げてきた。

 ナルとしてアルサリアの屋敷を訪ねた時以上に、瞳には怒りの炎が宿っている。

 ナルが教えた「表情」も作れてはいない。

 

「人を射殺すような目つきは感心しない、と言っただろう?」

「それを言ったのは、ナルよ。あなたじゃない!」

「どちらも私さ」

「違うわ! ナルは、いなかった! 作り物……偽物だったんでしょ!」

「いいや。作り物でも偽物でもないよ」

 

 セラフィーナが、オリヴァージュの胸をバシバシと叩いていた。

 離れようと、一生懸命に、体をねじっている。

 もちろん「本気で」嫌われているなら、無理強いをする気はなかった。

 さりとて、彼女は自分を嫌ってはいない、と感じる。

 

 怒っていて、そして、傷ついているのだ。

 

 傷ついているのは、オリヴァージュに対する、というより、ナルに対する想いがあるからだと、わかっていた。

 当然、セラフィーナを傷つけているのがいいことだとは思っていないけれど。

 

「ラフィ、私のちっちゃな可愛い小鳥。私の話を聞……」

「やめてよ! なんなの、その甘ったるい台詞! 吐きそうだわ!!」

「吐いてもかまわないが、私の話を聞くまでは、介抱してあげないよ? ドレスも汚してしまうだろうしねえ」

「あなた、殿下になっても嫌味しか言えないのね!」

「そうとも。きみが皮肉しか言えないのと同じさ」

 

 セラフィーナに「にっこり」してみせる。

 とたん、嫌な顔をされた。

 ナルに見せていたのと同じ顔だ。

 ほんのちょっぴり、セラフィーナの感情が落ち着いたらしい。

 不貞腐れたように口をとがらせている。

 

 ちゅ。

 

 その唇に軽くキスをした。

 ぶわっと、セラフィーナの顔が、一瞬で真っ赤になる。

 

「な、な、な、なに、なにするのっ?!」

「したいと思っていたことを」

「ゆ、ゆ、ゆる、ゆる……っ……」

「なにかな? 聞こえないなあ。ああ、そうか。許すと言いたいのだね」

 

 わなわなっと、セラフィーナの唇が震えていた。

 怒りと羞恥からだと察しているが、あえて、言わずにいる。

 代わりに、目を、すうっと細めて、セラフィーナを見つめた。

 

「私の話を、ちゃんと聞くかい?」

 

 聞かないという選択肢はない。

 そんなことを言えばどうなるかわかっているだろう、という目をしてみせる。

 セラフィーナは「ナル」で、1度、経験しているはずだ。

 思い出しているらしく、彼女の瞳が揺らぐ。

 それでも、うなずかないのが、とてもセラフィーナらしかった。

 

「私はオリヴァージュ・ガルベリーだと名乗らなかったが、それは、それほど重要かな? ナルというのは、私の愛称でね。近しい者しか愛称だと知らないのだよ。とはいえ偽名ではない。そもそも私はガルベリーの名を出すことを好まないしね」

 

 オリヴァージュは貴族嫌いだ。

 王族の名を出したとたん、態度を豹変させる貴族は、もっと嫌いだ。

 だから、ほとんどの場合、正式名を名乗ったりはしない。

 

「私が魔術師だというのも本当のことだ。さっきリンクスが言っていた、“趣味”というのが、それさ」

 

 公務をいっさいせず、公の場に姿を現すこともなく、オリヴァージュは、趣味にかまけている。

 魔術師として、新しい魔術を開発したり、魔術の腕を磨いたりしていた。

 その一環で、サロンにも、よく出入りしている。

 サロンは、噂の宝庫であり、情報の宝庫でもあった。

 

「それからね。きみが許婚(いいなずけ)だ、というのも本当のことだよ、私の可愛い小鳥」


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