表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/60

ちっちゃな小鳥 1

 ナルは、夜会に出かける前の、セラフィーナを見つめている。

 白に近いベージュの、肩紐がないイブニングドレス姿は、きっと、大勢の男性を振り向かせるに違いない。

 赤い髪は品よくまとめられ、頭の上で結い上げられている。

 耳の横にかかる、ほつれ毛が、可愛らしい印象も醸し出していた。

 淡い化粧が、なおさらにセラフィーナの顔立ちを引き立たせている。

 

 勉強部屋の客室で、最後の調整、というところ。

 2人以外には、誰もいない。

 

「合格かしら?」

 

 セラフィーナらしくもない、覇気のない口調だった。

 ナルは、気づかないフリをする。

 これから「正妻選び」の夜会に、彼女は赴く。

 婚姻には後ろ向きなのだから、憂鬱になるのはしかたがないことなのだ。

 

「ひとまず、外見は」

「あなたが言うなら問題ないわね」

「デボラに感謝しなさい」

「ええ、わかっているわ。私、自分では、なにもできないもの」

 

 かなりの重症だと思う。

 ナルの、いちいちの嫌味に、セラフィーナは応じようとしない。

 反発する気力もないようだ。

 

 それほど行きたくないのか。

 

 思うと、複雑な心境になる。

 セラフィーナを送り出さなければならないのに、このまま引き()めたくもある。

 彼女に、しょんぼりした姿は似合わない。

 さりとて、引き留めることはできなかった。

 

「ナル……私……選ばれると思う?」

 

 口調に、不安が滲んでいる。

 ネイサンとの婚姻が、セラフィーナは嫌なのだ。

 それは、ナルにもわかっている。

 

「選ばれなければ、困るのではないですか?」

「……そうね。困るわね……」

 

 嫌がる彼女を送り出すことに、後ろめたさを感じた。

 胸が、ずきずきと痛んでもいる。

 できるなら、引き留めて、抱きしめたかったけれど。

 

「そろそろ出かけなければ、遅れますよ」

 

 玄関ホールには、外套を持ったトバイアスが待っている。

 見送りにと、デボラも来ているだろう。

 アルサリア伯爵は正妻と、すでにアドルーリット公爵家に向かっていた。

 あとは、セラフィーナが馬車に乗って屋敷を出るだけだ。

 

「ナル……練習をしておきたいわ」

「練習? 今夜は、それほど駆け引きは必要にならないと思いますが」

「駆け引きの練習ではないの」

 

 ナルの近くまでセラフィーナが、歩み寄ってくる。

 心臓が、どくりと音を立てた。

 肩紐がないドレスは、肩も腕も剥き出しだ。

 ぴったりとしていて、体の線も露わだった。

 穏やかな色合いが、よけいに扇情的に映る。

 

 なめらかな肌にふれたくなったが、我慢した。

 できれば視線をそらせたい。

 けれど、そらせてしまうと、意識しているのが明確になる。

 しかたなく、ナルはセラフィーナと視線を合わせ、精一杯、自制心を働かせた。

 

 セラフィーナが、ナルを見上げてくる。

 茶色い瞳が、わずかに潤んでいた。

 

「口づけの練習がしたいの」

 

 喉の奥で、なんとか呻き声を押しとどめる。

 セラフィーナは真剣で、本気なのは疑う余地もない。

 貴族令嬢がする「誘い」とは、まったく別物だとわかる。

 立ち尽くしている姿が、とても無防備だからだ。

 

「必要ありませんね」

「どうして? するかもしれないでしょう?」

「するとしても、もっと先のことになるはずです。夜会での口づけは、額か頬だけですよ」

 

 口づけなんか、絶対にできない。

 セラフィーナにふれないようにすることにも、必死になっている。

 口づけなどしようものなら、自制心は、一瞬で瓦解するはずだ。

 そのままベッドに連れて行きかねない。

 

 今だって、我慢するのが、つらくてたまらないのだから。

 

 セラフィーナが、うつむく。

 胸が、きゅっと痛んだ。

 ナルとしても、引き留めたい気持ちでいっぱいになっている。

 

「小さな小鳥が羽ばたく日が来た、というところですね」

「うまく羽ばたける気はしないけれど」

 

 かぼそい声で、セラフィーナが答えた。

 彼女が本気になれば、どんな貴族の子息でも、その愛を勝ち取ろうと、簡単に、(ひざまず)くだろうに。

 

「今日が、お約束の3ヶ月目となります。いかがでしょう? あなたは、私を跪かせられそうですか?」

 

 『あなたが誰とも恋に落ちず、3ヶ月後も先ほどと同じ言葉が言えたなら、私は、潔くあなたの前に跪きましょう』

 

 教育係に不満を持っていたセラフィーナに提示した賭け。

 その期限が、今夜なのだ。

 彼女の中で結論が出ていても、おかしくはない。

 が、しかし。

 

「ネイサン様でなくとも、夜会で、ほかの誰かと恋に落ちる可能性もあると言ったのは、あなたよ、ナル?」

「そうでしたね」

「結果は、夜会から帰ったあと教えるわ」

 

 セラフィーナは顔を上げ、ナルから視線をそらせた。

 そして、スッと、ナルの横を抜け、扉に向かう。

 ナルも見送るため、後を追おうとした。

 

「見送りはいいわ。あなたの“教育”は、ここまでよ」

 

 さっきまでの頼りなげな口調は、消えている。

 ぴしゃりと言い切り、ナルを置き去りに、セラフィーナは部屋を出て行った。

 

 ナルは、閉められた扉を見つめる。

 しばしの間のあと、自分の右手に視線を落とした。

 軽く、その手を開く。

 

「……私のちっちゃな小鳥……」

 

 セラフィーナの怒った顔、不満げに口をとがらせるさま、大口を開けての笑顔。

 それらが、手の中に見えた。

 その手を握り締める。

 

「風切り羽を切り落とすことができれば、良かったのですがね」

 

 そうすれば、小鳥は空を飛べない。

 飛べない小鳥は、ずっと自分の手の中に。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ