ちっちゃな小鳥 2
夕食に招かれた際にも訪れた、アドルーリット公爵家。
今夜は、一段と華やかだった。
けれど、集まっている貴族は「公爵家」ばかりだ。
爵位が公爵より下なのは、アルサリア伯爵家の者だけらしい。
セラフィーナが正妻候補なので「特別」に招かれたのだろう。
父は、誇らしそうでもあり、恐縮しているようでもあり。
落ち着かなげに、周囲の人たちに挨拶をして回っていた。
挨拶をされている側の反応は、まちまちだ。
さりとて、父を馬鹿にしているのは、共通している。
情けないかな、父は、そのことに気づいていないようだけれども。
セラフィーナは、そっと溜め息をついた。
夜会のことより、ナルを気にしている。
突き放されたと感じてはいても、思い切ることもできない。
帰ったら、どう答えようか、などと考えていた。
恋などしていない。
嘘をついて、ナルを跪かせるべきだろうか。
そうすれば、しばらくは家に留まることだって、できる。
ナルは、父に、とりなしてくれると約束した。
意地悪で性根も悪いが、約束は守るはずだ。
(そう言えば……どうして、ナルは、あんな賭けを言い出したのかしら……?)
セラフィーナを奮起させるため、というのは有り得る。
貴族教育を投げ出させないためだったのかもしれない。
が、それにしては度が過ぎている気もした。
ナルには、ほとんど、なんの利もないからだ。
(あれだけ優秀なら、どこの屋敷のおかかえ魔術師にだって、なれるはずよね)
ならば、金に困っているので辞めたくなかった、ということはない。
伯爵家より良い給金で雇い入れてくれる家は、いくらでもある。
セラフィーナは、貴族教育の中で、魔術師について学んではいたが、詳しいとは言えなかった。
それでも、ナルが優秀なのは、わかるのだ。
勤め先に困るとも思えずにいる。
(……理由を考えても無駄だわ。どうせ答えてくれっこないもの……)
言葉では「練習」と言ったものの、セラフィーナは、ナルに口づけをねだったも同然だった。
好きでもない男性と婚姻するはめになるかもしれない。
そう思うと、初めての口づけくらい好きな人と交わしたかった。
ナルにも、感づかれていたと思う。
(ええと……新語では、こういうことを“ふられた”と言うのだったわね)
ナルは、あっさりと、セラフィーナの申し出を断った。
表情ひとつ変えず、平然と「必要ない」と言い放っている。
つまり、ナルにとって、自分は「出来の悪い生徒」のままだった、ということ。
3ヶ月前と同じく、特別な相手ではないのだ。
(このくだらない夜会からも、ナルからも逃げられたらいいのに……)
正妻選びが、どう転ぼうと、いったん屋敷には帰ることになる。
帰ったら、ナルに、賭けの結果を伝えなくてはならない。
嘘をつくのは嫌だが、本心を伝え、同じ相手に2度ふられるのも嫌だった。
口づけを跳ねつけられる以上に、傷つくことになる。
(いっそ、夜会の前に、言ってしまえば良かったかしら……そうすれば……正妻に選ばれるのも悪くないって思えたかもしれないし……)
ネイサンは好きではないし、好きになれそうにもない。
だとしても、ネイサンとの婚姻は「家」のためには喜ばしいことなのだ。
今後のアルサリア伯爵家は安泰となり、父の体裁も保たれる。
兄たちも、セラフィーナに拍手喝采をおくるだろう。
(ナルが口づけてくれたら……家を捨ててもいいって思っていたけど……それは、幻想に過ぎなかったってことよ)
肝心のナルの心は、自分には向けられていない。
当然、セラフィーナを連れて逃げようなんて考えるはずもなかった。
(意地悪で……いけ好かなくて……嫌味ばっかり言って……でも、見捨てずにいてくれた……根気がいいってことは、認めるわ、ナル……)
せめて、ナルが「ちゃんと」教育したというところを、父に見せなくては。
そんなふうに思う。
自分がしくじれば、ナルが責められるのだ。
セラフィーナの初恋の彼と同じく、父に無給で叩き出されるかもしれない。
金に困っていないとしても、正当な報酬は与えられるべきだろう。
セラフィーナは、スッと背筋を伸ばした。
いかにも洗練された貴族令嬢といったふうに、顔を上げる。
ナルに乗馬鞭でしごかれた、完璧な姿勢だった。
周囲の男性たちから向けられる視線も軽く受け流す。
教育を受けた貴族令嬢は、大きな舞台でも臆さず、怯まない。
あるかなしかの笑みを浮かべ、胸を張る。
自信に満ちた態度と仕草で、優雅に周囲を圧倒するのだ。
3ヶ月間、みっちり教え込まれた振る舞いを、セラフィーナは見事に再現する。
彼女は、もう野暮な伯爵令嬢ではなかった。
「お集まりの皆様、よろしいですかな」
会場となっている大ホールに、緊張が走る。
誰もが、おしゃべりをやめ、現当主スチュアート・アドルーリット公爵に視線をそそいでいた。
公爵は、己が人々の注目を浴びていることに満足げだ。
隣には、ネイサンが立っている。
いよいよ発表が迫っていた。
「次期当主となる我が息子、ネイサンの正妻となる女性は……」
「ああ、ちょっと!」
声に、その場にいた全員が振り向く。
セラフィーナも同様に振り向いたのだけれども。
「ナルっ?!」
大声を上げてしまったセラフィーナのほうに、今度は視線が集まった。
さりとて、彼女は、気づけずにいる。
視線の先にいる人物に、混乱し過ぎていたからだ。
ダークグレイの髪に、ダークグリーンの瞳。
ローブ姿でなくとも、見間違えるはずがない。
ただし、見間違いかと思うほど、あまりにナルの様子が、いつもと違った。
拝絹が付いた、尖った襟の黒いテイルコートに、ウィングカラーの白いシャツ。
白のウエストコートと、同色のボウタイにポケットチーフ。
モーニングカットされたシングル裾の黒いスラックスには側章が2本。
仕立ても良く、パッと見だけで、恐ろしく値の張る代物だとわかる。
不思議なことに、それらは、ナルに、とてもよく似合っていた。
おそらく、ナルは、こういうものを着慣れている。
セラフィーナの「勘」が、そう告げていた。
この3ヶ月、ローブ姿しか見たことがないのに。
セラフィーナに見せていた皮肉っぽい表情も、浮かべていない。
にこやかで陽気、といった雰囲気を漂わせている。
ナルだとわかっていても、セラフィーナは、ナルだと思えずにいた。
(どういう、こと……?? ナルだけど……誰……っ……???)




