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今更尚更 4

 明日は、いよいよ正妻選び当日。

 着ていくドレスも決まっていたし、身につける宝飾品も靴も準備済み。

 どれも、ナルが用意している。

 見栄えはするが、品のいいものばかりだ。

 いかにもナルらしい、と感じる。

 

 そんな「ナル好み」の格好で、ほかの男性の正妻候補として夜会に出席。

 セラフィーナの心情は、とても複雑。

 

 ナルへの気持ちを自覚しているので、なおさら、憂鬱になった。

 夜会を前に、強気な気持ちではいられなくなっている。

 というより、ひどく悲しい。

 

「ねえ、大丈夫?」

 

 デボラが、心配そうに声をかけてきた。

 セラフィーナは、ソファに腰かけている。

 いつもは体を投げ出し、バタバタしていたけれど、そんな気分ではなかった。

 なにしろ、落ち込み過ぎている。

 

「大丈夫じゃない、かも」

 

 深夜の散歩。

 あてもなく歩いていたのではない。

 気持ちを落ち着けたくて、庭の奥まで行くつもりだったのだ。

 婚姻なんてしたくないと、反抗していられた自分を取り戻したかった。

 もとより、セラフィーナは、平民出の彼と再会するまで婚姻する気はなかったのだから。

 

 庭の奥も奥、塀に近い場所。

 そこに、一ヶ所だけ塀が低くなっているところがあった。

 蔦と花で隠されていて、普通に歩いていると気づかない。

 そこから、彼は忍び込んできたのだ。

 

 さりとて、着く前に、ナルと会ってしまった。

 偶然だったのは間違いない。

 ナルにも言ったが、尾行()られていたとは思っていないのだ。

 

 確かに、ナルは転移で、簡単に姿を現したり、消えたりできる。

 だとしても、四六時中、見張ってはいないだろう。

 そこまでの興味を持たれているだなんて、うぬぼれてはいないし。

 むしろ、興味を持たれていないのを寂しいと感じる。

 

(駆け引きなんて、私には無理。したとしても、ナルには通用しない)

 

 あの夜の会話で、セラフィーナは、駆け引きをしたつもりはなかった。

 あからさまな「誘い」を口にできなかっただけだ。

 仮に、ナルをただの「教育係」だと思っていたら、言えたかもしれない。

 友人を誘うように「部屋でお茶でもどう?」なんてふうに。

 

 けれど、ナルに対しては特別な想いがある。

 そのせいで、はっきりとは言えなかったのだ。

 結果、遠回しな言いかたをしてみたものの、ナルには一蹴されている。

 あげく、置き去りにされた。

 いくら屋敷の領域内だとは言え、深夜だ。

 部屋に送るくらいのことはしてくれてもいいのに。

 

「なにかの間違いで、選ばれたら、どうしよう」

「……夕食に招かれたってことは、可能性があるってことよね」

「……口だけだと思うけど……帰り際に、私を選ぶって言われたの……」

 

 セラフィーナは、しょんぼりと肩を落とす。

 どこにも逃げ場がなかった。

 

 選ばれてしまえば婚姻するしかない。

 選ばれないように失態をしでかすこともできない。

 

 ましてや、候補を降りることだって、できはしないのだ。

 なにしろ夜会は明日なのだから。

 

 ネイサンの視線を思い出す。

 また背筋がゾッとした。

 ふれられることに我慢などできそうにない。

 腕に手をかけるのだって嫌だったのだ。

 

「私……ナルを好きになっちゃったみたい……」

「え……?」

「ナルは、私をなんとも思ってないってわかってるけどね」

「でも、彼のことは、もういいの……?」

 

 デボラには、初恋の彼について話している。

 父がどういう態度を取ったか、ということやなんかも。

 

「会って謝りたいって気持ちはあるし、会いたい気持ちもあるけど……」

 

 12年も前のことなのだ。

 今、会ったとして同じ気持ちになるかは、わからない。

 セラフィーナは、ずっと屋敷に居続けている。

 こちらから探すのは難しくても、向こうは探す必要さえなかった。

 なのに、この12年間、彼は会いには来なかったのだ。

 

 もちろん、来たとしても会えなかったかもしれない。

 出入りの商人でもなければ貴族の屋敷には入れないし、入れたとしても、会えるのは勤め人だけだった。

 主とされる者に会えるのは、対等、もしくは、それ以上の立場の者に限られる。

 ネイサンが、すんなりセラフィーナに会えたのは、伯爵家より公爵家のほうが、格上だからだ。

 

 それでも、彼が会いには来なかった、とセラフィーナにはわかっている。

 彼女は、しばしば商人とも隠れて話したりしていた。

 もしかしたらとの期待もあり、外との繋がりを完全には断たずにいたのだ。

 が、結局のところ、彼らしき人の気配は、まったくなかった。

 

 自分がどう思っていようと、相手が同じとは限らない。

 そんな簡単なことにも思い至らずにいた。

 勝手に、彼のほうも「いつか」会いに来てくれると思い込んでいた。

 ただでさえ彼は年上だったのだし、すでにほかの誰かがいるかもしれないのに。

 

 ナルへの気持ちを自覚して、ようやく気づいている。

 自分の想いだけが、すべてではない。

 相手にも相手の想いがある。

 お互いの想いが通じ合わないことも、また。

 

「……ナルのほうが、大きくなっちゃったって感じ」

 

 デボラが、深刻そうにうなずいてくれた。

 わかっているのだろう。

 セラフィーナの気持ちは受け入れてもらえないのだ。

 以前も考えたことだが、仮に受け入れてもらえたとしても、うまくはいかない。

 

「ナルは……魔術師だものね」

「そうよ。ナルは、魔術師だから……」

 

 魔術師は、爵位を持たないというより、持てないらしかった。

 王宮の制度により、魔術師になる際、爵位を捨てなければならないのだという。

 どのような理屈なのか、セラフィーナはわからずにいる。

 そもそも、ナルが、元は爵位を持っていたのかも知らない。

 聞いたこともないし、聞いたって答えるとは思えなかった。

 

「魔術師を辞めてまで、っていうのは、ないと思うわ」

 

 セラフィーナは、自分自身を慰めるためにも、軽い口調で言って肩をすくめる。

 ナルが、魔術師を辞めてまで自分を選ぶはずがない。

 

「ラフィも家を捨てられないし……ナルが貴族だったらよかったのに」

 

 デボラのつぶやきに、セラフィーナの心臓が、ばくっと波打った。

 ナルは魔術師で、魔術師を辞めることはできない。

 けれど、自分は?

 ナルにばかり望むのではなく、自分にできることを考えるべきではなかろうか。

 

 さりとて、問題は、夜会が明日、ということだった。


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