答えが違います 4
まったくもって、腹が立つ。
いきなり訪ねてきたネイサンにも、だけれど。
(私が会いたがってないって、わかってたくせに!)
なにも言わなかったナルに腹を立てている。
自分でも、なぜこんなに腹が立つのかは、わからない。
ナルは教育係であって「世話係」ではないのだ。
来客に対してまで口を挟む権利はないと、頭では理解している。
が、同じくらい、助けてくれてもいいはずだと、思ってしまう。
ナルが、セラフィーナを助ける理由なんてないのに。
2人の間に、男女の親密さはなかった。
ナルは嫌味や皮肉ばかり言うし、セラフィーナも反発してばかりだ。
とても馬が合うとか相性がいいとか思える相手ではない。
ナルは、セラフィーナの「恋人」でもないし。
(夜会の時は……助けてくれたじゃない……)
女性言葉を使い、セラフィーナに笑われながらも、助けてくれた。
そのせいか、困った時にはナルが助けてくれる、との印象を持っている。
期待があった、と言ってもいいかもしれない。
その期待が砕かれたので、セラフィーナは腹を立てていた。
八つ当たりだとわかっていても、落胆が大き過ぎたのだ。
セラフィーナは、すうっと息を吸い込み、扉を開く。
ネイサンは、ティーカップを手に、のんびりした様子で、彼女を見ていた。
近づくと、カップをわずかに持ち上げつつ、笑みを浮かべる。
当然に、貴族然とした文句のつけようのない笑みだ。
ナルの、本当の笑みとは違う。
反射的に、ナルと比較してしまった。
ナルは、あれっきり本当の笑顔を見せていない。
たいていは外面用か、セラフィーナを怒らせる「にっこり」だ。
だとしても、それだってネイサンの貴族的な笑みより、ずっとマシに思えた。
「やあ、セラフィーナ。突然、すまない」
ネイサンは、さして、すまなさそうにはしていない。
広い客室の長ソファに腰かけ、足を組んでいた。
両手を膝に、ゆるく重ねて置いている。
己の外見が、女性にとって魅力的だと知っている者の仕草だ。
セラフィーナにとっては、ちっとも魅力的ではないけれど、それはともかく。
「いいえ。いらしてくださって、嬉しく思っておりますわ」
セラフィーナは、内心を隠し、表情を作る。
ナルに啖呵を切ってしまった手前、表情作りを「忘れていました」は、通じないからだ。
さっきまでの、大口を開けて笑っていた姿は封印する。
貴族令嬢というのは、本当に窮屈なものだと、痛感していた。
快活そうに見せて、かつ、笑ってはいけない。
はっきり言って、未だに意味がわからずにいる。
笑うなら笑うでいいではないか、と思うのだ。
ひどく面倒な気分になっているセラフィーナに、ネイサンが微笑みかけてくる。
「きみを、驚かせたくてね」
セラフィーナが、喜ぶと信じているらしかった。
彼女の、というより、ナルの作った偽りの「思わせぶり」を真に受けている。
セラフィーナは、ただの1度も本音で話していない。
今もそうだ。
確かに、驚きはしたが、セラフィーナは、喜んでいなかった。
ネイサンの「正妻候補」である身の上を、嘆いている。
本心を言えば、ネイサンとは2度と会いたくなかった。
降りられるものならば、とっくに降りている。
蹴っ飛ばしている。
「こんなに気にかけていただいて、ほかの女性に恨まれてしまいそう」
ある意味では、それは本音だった。
恨まれたくもないのに、恨まれる可能性がある。
婚姻に後ろ向きなセラフィーナにとっては、いい迷惑だ。
なのに、ネイサンは口元を緩めている。
ネイサンに対しての「称賛」と受け止めたのだろう。
セラフィーナは、ネイサンを正しく評価していた。
ネイサンは、基本的に、ネイサン自身にしか興味を持っていない。
人に、己がどう見られているかが、大事なのだ。
父の持つ「体裁意識」よりタチが悪い。
言葉は薄っぺらで、誠意や愛情など、少しも感じられなかった。
貴族令嬢を口説く手法なのだとしても、話せば話すほど不快感が増していく。
(こんな人の正妻……ゾッとしちゃうわ……)
本気で、万が一を、心配する必要があるかもしれない。
名を連ねている以上、仮に選ばれてしまったら、逃げることはできないのだ。
もちろん、絶対に逃げられない、ということはなかった。
屋敷の塀を乗り越え、文字通り、逃亡という、実力行使をすることはできる。
(でも、そんなことをすれば、お父さまの立場がなくなって……肩身の狭い思いをさせるもの……)
アドルーリット公爵家は、女系王族の血筋を持っていた。
王宮の重臣も務めており、力のある貴族なのだ。
一介の伯爵家の娘に足蹴にされたとなれば、面目丸潰れ。
ただですませるはずがない。
きっと報復される。
父は、勝手に正妻候補の列に、セラフィーナをねじ込んだ。
家を出る覚悟さえあれば、いつでも逃げ出せた。
が、覚悟がなかったという以上に、そんな父でも、ないがしろにはできなかったのだ。
今は不信感でいっぱいだが、可愛がってもらっていた頃の記憶もある。
父が落ちぶれていく姿を、見たいとは思えずにいた。
「きみを恨むような真似は、私がさせやしないさ」
「まあ……私を守ってくださるなんて、ネイサン様は、騎士道精神も、お持ちなのですね」
「もちろんだとも。貴族にも本物の騎士がいることを、きみに証明してあげよう」
セラフィーナは、急に居心地の悪さを感じる。
すぐにもネイサンの前から姿を消したい気分だ。
もともとネイサンとの会話は気分がいいものではないけれど、それはともかく。
ねっとりとした視線が、セラフィーナの体にまとわりついている。
普通に「見られている」のとは、明らかに違う視線を感じた。
背筋が、ぞくりと震えた。
突然の来訪ではあったが、急いで着替えをしている。
いつものゆったりとしたシンプルなドレスではない。
夜会の時ほどではないが、貴族令嬢らしく体の線に沿った服を身につけていた。
ものすごく嫌な予感がする。
理屈抜きであれ、セラフィーナは直感力に優れていた。
それを証するように、ネイサンが、にこやかに言う。
「当家で、明日の夕食を一緒にどうかな? もちろん来てくれるだろうね」
断定的な言いかたに、セラフィーナは失敗したことを悟った。
自分は、駆け引きに負け、逃げ道もふさがれてしまったのだ。




