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答えが違います 2

 夜会は、ナルのおかげで、なんとか乗りきることができた。

 ネイサンに気に入られたかどうかは、知らないし、気にもしていない。

 本当は、気にすべきなのだろう。

 家を追い出すという父の言葉は、ちゃんと覚えている。

 

「私が選ばれることはないと思うけど……」

「可能性があるの?」

「わからないわ……でも、万が一ということもあるじゃない……」

 

 セラフィーナは、憂鬱な気分で溜め息をつく。

 部屋で、デボラとの、いつものおしゃべり。

 どうしても、先々のことが、気にかかった。

 

「あの人と婚姻……」

 

 テーブルで話してはみたものの、心惹かれるところが、どこにもなかった。

 むしろ、言葉ばかりが上っ滑りしていて、つまらないと感じたのだ。

 ネイサンは、セラフィーナに、あれこれと聞いてきた。

 趣味だとか、男性の好みだとか。

 

「ネイサン様のこと、気に入らなかった?」

「……好きになれないっていうのは確かだわ。だって、あの人、自分のことにしか興味がないんだもの」

 

 セラフィーナに、なにかを聞いても、答えると、すぐにネイサン自身の話にすり替えてしまう。

 自分に聞いた理由はなんだったのかと思うほど、セラフィーナの言葉は、無意味なものにされていた。

 

 『釣り、という娯楽に、いっとき熱心だったことがありますね』

 『ああ、あれは、なかなか楽しいものだ。だが、娯楽と言えば狩猟がいい。私は、月に数回は行っているのだよ』

 

 『好みと言えるほどではありませんけれど、優しいかたがいいですわ』

 『女性は、男に優しさを求めるかたが多いようだね。私が、女性に求めるのは、外見的な美しさよりも……』

 

 すべて、こんな調子だった。

 最初は、セラフィーナの話であったはずなのに、いつもネイサンの話に切り替えられている。

 彼女の言葉なんてネイサンは、実質、聞いていないに等しい。

 なんとも「実り」のない会話だ。

 

「私はこうだ、私はこう思う、私は、私は、って、ウザくて聞いていられなかったわよ」

「ラフィ?」

「なに、デビー?」

 

 デボラが、薄青い瞳を、真ん丸にしている。

 セラフィーナはデボラが驚いている理由がわからず、きょとんとしていた。

 

「あなた、今、新語を使ったわね?」

「えっ?! あ!! む、無意識に出ちゃった!」

 

 ナルと「駆け引き」の勉強をしている際、新語を絡めることも少なくない。

 皮肉交じりに、面白おかしく使うのが、貴族の中での流行りなのだそうだ。

 俗な言葉を、俗物的に言うことで、スノッブな者をも皮肉るという。

 

 どんな高等技術なのかはともかく、セラフィーナは、あまり上手ではない。

 つい「面白おかしく」の部分をすっ飛ばして、字引きに書いてある意味そのままに使ってしまう。

 ナルには、いつも「カボチャ頭め」という目つきで見られるのだけれども。

 

「覚えると、意外に使い勝手がいいのよね。ひと言で、伝えられるでしょ?」

「そうね。私も、勤め人同士で話す時は、つい使ってしまうわ。もちろん伯爵様の前では気をつけているけれど」

「私も気をつけなきゃ。うっかりお父さまの前で使ったりしたら、お説教されるに決まってる」

 

 父の体裁を重視する様を思い出し、セラフィーナは顔をしかめた。

 外聞を気にするのは、なにも貴族だけではない。

 平民だって、悪い噂を流されることを、気にする。

 だが「気にする」の度合いが違うのだ。

 貴族は、下手をすれば、決闘にまで発展することがある。

 

「私に、新語を教えているなんてわかったら、ナル、馘首(クビ)にされちゃうかも」

「あら? ナルを辞めさせたいんじゃなかった?」

 

 少し、いたずらっぽく聞かれて、焦った。

 最初は、そう思っていたが、今は少し違うからだ。

 ナルは相変わらず意地悪なことしか言わないし、優しくもない。

 いけ好かない態度なのは変わりないのに、辞めさせたいとは思えずにいる。

 

「……悔しいけど、優秀なのよ」

 

 ぶすっとした口調と顔つきで、そう答えた。

 デボラが目を輝かせて、身を乗り出してくる。

 

「本当に、それだけ?」

「どういうこと?」

「ナルって、外見はいいじゃない? 魔術師だけど、ひ弱な感じもしないし」

「そりゃあ、見た目がいいのは認めるわよ? 頭もいいしね。でも、性格が悪い。これは致命的だわ」

 

 デボラは丁寧に接してもらえているから、わからないのだろう。

 ナルの「本性」を知らなければ、コロっと騙されるかもしれない。

 知り合って1ヶ月ほどだが、セラフィーナにはわかる。

 

 本当の笑顔、嫌なことを言う前置きのにっこり、そして外面の笑み。

 

 どれも見分けがつくのだ。

 ほとんど四六時中、一緒にいるのだから、わかるようにもなる。

 ナルは、セラフィーナにだけ「本性」を見せてもいるので。

 

「それに……私は……」

「あ……ああ、そうね。そうだったわ。ごめんなさい、ラフィ……」

 

 デボラが申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 実のところ、セラフィーナには、ずっと想い続けている相手がいる。

 ナルには「いない」と答えたが、それには理由があった。

 

 セラフィーナの初恋は5歳の時。

 それが本物か、と問われれば、明確に「そうだ」とは答えられない。

 今となっては、どこの誰かもわからないからだ。

 

 彼は平民で、屋敷には「冒険」をしに来たのだと言っていた。

 つまり、忍び込んだ、ということ。

 たまたま、そこにセラフィーナが居合わせた。

 彼と遊ぶのが楽しくて、また来てくれるように彼女は、毎日せがんだ。

 ひと月ほどが経った頃、彼と遊んでいるのが父に見つかって、終わり。

 彼は屋敷から叩き出されてしまった。

 

 もちろんセラフィーナも厳しく「2度と会うな」と言われた。

 いつもは甘い父が激昂した姿を、セラフィーナは初めてみたのだ。

 以来、父には不信感をいだき続けている。

 自分の父が、そんなふうに「差別」をするなんて思ってもいなかった。

 それが、セラフィーナには衝撃だったし、傷ついてもいる。

 

 差別意識は昔ほどではないと言うけれど、根深く残っているのだ。

 

 会えなくなった彼と、もう1度、会いたい。

 会って、父のしたことを謝りたかった。

 婚姻を拒み、屋敷に(とど)まっているのは、彼との再会を期待してのことでもある。

 平民である彼を、セラフィーナが探すのは、とても難しいので。

 

「いずれにしても、ナルに惹かれるなんて、ありえないわ」

 

 心の奥にいる彼と再会するまでは、誰とも恋なんてしない。

 だから、3ヶ月後、ナルは、自分の前に(ひざまず)くことになるのだ。


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